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「どうぶつの森を起点にしたら激変した」ブックデザイナー・井上新八さんに圧倒的な仕事量をこなす働き方の秘密を聞いてみた

毎日1冊の本を読み、映画館に足を運び、最新のドラマやアニメをほぼ押さえながら、ランニングや筋トレも欠かさずに驚異的な仕事量をこなすブックデザイナー・井上新八さんの仕事術と生き方に迫る3回連載。第2回は井上さんが新刊『時間のデザイン』(サンクチュアリ出版)で明かした、強く、楽しく、規則正しく働き続けるための仕事術について聞きました。

時間との向き合い方、1本のゲームから学んだ習慣の力、そして70以上もの日課を組み立てるまでに至った独自の思考——。デザイナーならではの視点で時間を設計し、創造的な仕事を生み出し続ける井上流「時間のデザイン」の核心に迫ります。

(取材・構成:武政秀明/SUNMARK WEB編集長)

◎前編はこちら


体を壊したことから「時間のデザイン」が始まった

武政秀明/SUNMARK WEB編集長:井上さんがブックデザインを手がける本は、多い時で年間200冊にも及ぶと伺いました。常時30~50件ほどの仕事を並行させながら、クオリティも保ち続けるのは驚異的で、時間をどうやって作っていらっしゃるのかと思います。

井上新八/ブックデザイナー、習慣家(以下、井上):そもそものきっかけは、体を壊したことなんです。フリーランスで仕事を始めて7年くらいたったときだと思います。忙しくなりすぎて、体調を崩してしまって。突然、じんましんが出始めたんです。頭の先から足の裏まで全身が腫れ上がって、痒くてたまらなくて。病院で一晩中点滴を打ってもらうことになりました。

武政:相当追い詰められていたんですね。

井上:そうですね。肉体的な疲労もあったと思うんですが、多分、精神的なものも大きかった。このままじゃいけないと。でも、仕事だけやっているのではなく、他にもやりたいことがあって。生活を立て直さないと、と。

当時はまだガッツリとゲームをやっていた時期で。特にドラゴンクエストの新作が発売されたら、発売日からクリアするまでは絶対に仕事はしない、って決めていたり(笑)。仕事の時間も大切だけど、遊びの時間も作りたかった。

仕事は順調に増え始めた頃で、遊ぶために仕事は減らしたくはないし…。
体を壊したのがきっかけで、何とかどっちも両立させる方法を考えないといけないと思って。今思えば、それが転機だったんですね。

「どうぶつの森」から学んだ習慣の力

武政:どうやって打開されたんでしょうか?

井上:後で振り返ると「習慣」の力を使って「時間をデザイン」しようとしたのですが、その概念に気づかせてくれたのが1本のゲームでした。その頃、毎朝、ニンテンドーDSの「おいでよ どうぶつの森」をプレイすることが日課になっていました。発売日の2005年11月23日に手に入れて以来、おそらく9年間は続けていました。

実は、この習慣が思わぬ発見につながったんです。どうぶつの森をプレイしたら日記を書く、日記を書いたら仕事を始める——というように、自然とリズムができていったんです。面白いことに、一度このリズムが確立されると、仕事を始めるのにやる気もモチベーションも必要なくなった。まるで自然な流れの中で、すんなりと仕事ができるようになっていったんです。

武政:その習慣をさらに発展させていった。

井上:どうぶつの森をプレイ→日記を書く→仕事に入る、という単純な流れでしたが、そのルーティンに「Wii Fit」(2007年12月に任天堂から発売されたWii専用の「バランスボード」を使って、自宅で手軽にフィットネスを楽しめるゲーム)を加えてみたら、もっとスムーズになることに気がついて。「あ、運動を入れるといいかも」という発見があったんです。

その後、仕事が終わったら少しジョギングに行ってみようとか。そうやって少しずつ習慣が連鎖していって、気づいたら相当な数になっていました。

武政:今では70個以上の習慣があるとか。

井上:そうなんです。本当に細かいものまで入れたら、もっとたくさんあるかもしれません。でも、最初から多くの習慣を意識的に作ろうとしたわけではなくて。1個2個の小さな習慣から始まって、それが自然と連鎖していって、今の形になった。振り返ってみると、その連鎖こそが「時間のデザイン」の本質だったのかもしれません。

武政:逆に「どうぶつの森」はなぜ続けられていたんでしょう?

井上:不思議なことに、特別な動機はなかったんです。ただ、森の中で花に水をやるのを怠ると、何か運気が逃げる気がしていて。ちょうど仕事がうまくいき始めた頃にどうぶつの森を始めたので、毎朝の挨拶や水やりが、まるで神社でお参りするような儀式になっていったんです。

武政:儀式というと?

井上:これを続けているから仕事がうまくいってるし、というちょっとスピリチュアル的な感覚があって。それがあって9年も続いたんです。だから、やめるときは本当に勇気がいりました。これをやめて大丈夫かな、仕事がなくなったりしないかなって(笑)。

最後は、ソフトの不具合で。恐らく経年劣化でフリーズするようになって、「リセットさん」に怒られる。フリーズすると花が枯れるんです。水やりにやたら時間がかかるようになって。もうあまりにも時間かかるんで、これはちょっととてもじゃないけど物理的に続けられないなと思って。逆にそれでやめることになったんです。

朝と午後の「時間のデザイン」

武政:1日を2倍にするように時間の使い方を工夫されているそうですね。

井上:1日の大事な事はすべて朝終わらせる生活にしています。完全な朝型の生活になってから、自然と時間の区切りができてきました。早起きした方が静かなんです。編集者からの連絡も来ないし、朝のうちに全部片付けちゃえば楽だと気づいて。それで基本的には午前4時起きなんですが、忙しい時はそれより早く起きることも。必要な分、早起きすればいいというのが考え方なんです。

午前中は「生み出す時間」。創造的な仕事をする時間です。午後はもう1日という感覚で「対応の時間」。ひたすら来たものを打ち返していく。それが終われば映画を見に行くとか、自由な時間。そういうふうに意識的に分けています。

武政:朝4時起きは、かなり早いですね。最初から?

井上:最初は6時か7時くらいだったんですが、やることが増えてどんどん早くなりました。寝るのは23時くらい。目覚ましは使わないんです。目覚ましで起きると本当に気分が悪くなるんで。起きられなかったらそれはそれでいいやと思ってるんです。使命感があれば意外と起きられるんですよ。

武政:30件、50件と仕事を抱えているとき、優先順位はどうつけているんですか?

井上:実は、優先順位はつけないんです。先に来たものから順番に片付けていく。例えば午後3時くらいにメールをチェックして、午前中からのメールが溜まっていたら、早い時間に来ていたメールから、その順番で返していく。

武政:案件による作業時間の違いをどうコントロールされるのか気になります。

井上:1時間以上かかりそうなものは飛ばします。その場合は「明日の朝やって送ります」というメールを送って、やることリストに載せる。でも1時間以内で終わりそうなものなら、その場で作っちゃう。返信を書く時間をとるくらいなら、作業自体を終わらせちゃったほうが楽なんです。1時間かかると思ったら、なるべく30分で終わらせるように。生み出す作業には時間をかけますが、対応は早くしたほうがいい。

すべてを1人でやることの意味

武政:アシスタントを入れず、お1人でほとんどの作業をされているそうですね。

井上:なぜ1人なのかって、自分でもまだよくわからないんです。でも、全ての作業に意味があるので、手放さなくて済むなら手放さなくてもいいかなって思ってます。手放さないとやれないぐらいのキャパになってきたら、そのとき考えりゃいいかと。

意外とでも、時間をデザインしてるとできちゃうんですよ。パーツに分けて、これはこの作業する時間、こういう時間こういう時間って分ければ、雑用だってどんな作業だって意外と割り振れちゃう。できちゃうんです。全部に意味があるって思えるから、だから続けられる。

エンジンを止めない働き方

武政:仕事中に休憩を入れていらっしゃるんですか?

井上:「ポモドーロ・テクニック」という1980年代にイタリアの大学生が考案したという時間管理術があるんです。トマト型のキッチンタイマーを使っていたことから「ポモドーロ(イタリア語でトマト)」と名付けられたこの方法は、25分働いて5分休むことを繰り返すんですが、わたしはあまりそういう休み方はしてない。

意識的な休憩を入れちゃうと、1回クールダウンしちゃう。できるだけ時間は意識しないで、続く限りはひらすら作業を続けます。合間に、休憩の代わりに請求書の処理とか、確認して送るだけのメールとか、そういう単純な作業を息抜きとして挟んでいます。

武政:それって、自動車のエンジンの回転数みたいなものですよね。完全に止めてしまうと、また回し始めて回転数が上がってくるのに時間がかかる。

井上:そうなんです。エンジンの回転を落とさないようなイメージで、スピードを保ったまま。小さな作業に切り分けて、タイミングを見つけてやりやすいように配置する。やれることがあったら一緒にやる。そうやって、自分のリズムを作っていく感じです。本当に疲れてきたら、勝手にインターネットやSNSを見たりしているので、そういう時間は別にそれでいいと思っています。気が散っちゃったときは散っちゃったほうがいい。

武政:集中と分散が自然に切り替わる感じですね。これだけの仕事量と生活リズムを保つ上で、体調管理で特に気をつけていることは?

井上:特に意識はしていないんですが、筋トレ、ジョギング、ストレッチは毎日欠かさないようにしています。ジョギングはもう20年以上続いていて、これを続けているおかげか、体が全然悲鳴を上げないですね。医学的な根拠はないんですけど(笑)。

武政:相当疲れている日でも走るんですか?

井上:はい。むしろすごく疲れている日こそ、走ると調子が良くなったりする。体を動かさないでだらっとしている方が、逆に疲れが溜まっちゃうんです。

武政:そういった習慣は、意識的に始められた?

井上:面白いことに、ほとんど勝手に始めているんです。何か本を読んで「これをやろう」というわけではなく、ポンと思いついて始める。やってみると意外とこれが良かったんだって。多分、無意識が何かを求めていて、それに応えているんじゃないかと。

武政:後から意味が見えてくる?

井上:そうなんです。数年経って「あ、これが欲しかったんだ」と気づく。体力が欲しかったのか、柔軟性が欲しかったのか。最初は意味がわからなくても、続けているうちに、自分に必要なものだったことがわかってくる。

「無駄」が教えてくれたこと

武政:こうした考え方の原点は、どこに?

井上:子供の頃の経験かもしれません。祖母と暮らしていた頃、ゲームやアニメを見ていると「無駄なことばかりやっている」と散々言われました。うちは完全放任だったので、本当にゲームと映画ばかりで過ごしてきて。でも考えてみたら、社会人になって役に立ったのは、実はその「無駄」だと思われていたものばかりだったんです。

武政:だから今も、いろんなことに挑戦する?

井上:そうです。本も目的を決めずに、とにかく何でも読む。そうすると、全然バラバラのジャンルなのに、ゲームとも映画とも繋がってくる。10個くらいのバラバラの作品がよく考えたら全部一つのことを言っているような瞬間があって、そういうとき少し怖くなるくらいです(笑)。すべては結局繋がるんだろうなと思っています。

武政:70個以上の習慣も、その延長線上にある?

井上:はい。どうぶつの森から始まった朝のルーティーンも、最初は意味がわからないまま始めたことでした。でも続けていくうちに、自然とリズムができて。そして後から「あ、こういう意味があったんだ」と気づく。毎日コツコツ続けることで、思いがけない発見がある。時間も、人生も、そうやってデザインされていくのかもしれません。

(撮影:矢口 亨/フォトグラファー、編集:サンマーク出版 SUNMARK WEB編集部)

◎後編はこちら

【プロフィール】
井上新八(いのうえ・しんぱち)
ブックデザイナー・習慣家
1973年東京生まれ。
和光大学在学中に飲み屋で知り合ったサンクチュアリ出版の元社長・高橋歩氏に「本のデザインしてみない?」と声をかけられたのをきっかけに、独学でブックデザイン業をはじめる。大学卒業後、新聞社で編集者を務めたのち、2001年に独立してフリーランスのデザイナーに。自宅でアシスタントもなくひとりで年間200冊近くの本をデザインする。趣味は継続。それから映画と酒とドラマとアニメとちょっぴりゲームとマンガ。あと掃除とダンスと納豆と短歌。年に一度、新宿ゴールデン街で写真展を開催している。2013年に初の著書『「やりたいこと」も「やるべきこと」も全部できる! 続ける思考』を出版。本作が2作目の著書となる。

デザインした主な書籍に『夜回り先生』『覚悟の磨き方』『カメラはじめます!』『学びを結果に変えるアウトプット大全』『ぜったいにおしちゃダメ?』『虚無レシピ』『自分とか、ないから。』(サンクチュアリ出版)、『機嫌のデザイン』(ダイヤモンド社)、『SHOーTIME大谷翔平メジャー120年の歴史を変えた男』(徳間書店)、『はじめる習慣』(日経BP)、『こうやって、考える。』(PHP研究所)、『運動脳』『糖質疲労』(サンマーク出版)など、ベストセラー多数。

書籍の帯を広くしてたくさん文字を掲載する、棒人間(ピクトグラム)を使う、カバーに海外の子どもの写真を使う、和書も翻訳書のように見せる、どんなジャンルの本もビジネス書風に見せるなど、主にビジネス書のデザインという小さな世界で流行をつくってきた。

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