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「趣味、継続」ブックデザイナー・井上新八さんに物事を続けるための秘訣を聞いてみた

アシスタントなしで常時30件ほどの仕事を並行させながら、多い時には年間200冊もの本のデザインを手がけるなど、驚異的な仕事量をこなすブックデザイナー・井上新八さんの仕事術と生き方に迫る3回連載。

最終回となる今回は井上さんが著者デビュー作『「やりたいこと」も「やるべきこと」も全部できる! 続ける思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023年11月発売)で明かした秘訣についてとことん聞きました。

さまざまな活動を重ねる中で見えてきた、意外にもシンプルな継続の本質とは——。井上流「続ける思考」の核心に迫ります。

(取材・構成:武政秀明/SUNMARK WEB編集長)

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「ちゃんとしよう」としないことから始まる継続

武政秀明/SUNMARK WEB編集長(以下、武政):井上さんは毎日欠かさず1冊の本を読み、映画館に足を運んで、ランニング・筋トレを行なって、最新のドラマとアニメもほぼ押さえて、ドラクエもどうぶつの森もポケモンもプレイして、独学でダンスを習得して、ブログの原稿も書いて、飲みにも出かけられる。これ以外にも日記を書いたり、写真を撮ったりなど70以上の習慣を毎日ずっと続けておられます。

これは驚異的です。というのも普通の人は始めた物事をなかなか続けられないからです。そもそもなぜ人は物事を続けられないのでしょうか。

井上新八/ブックデザイナー(以下、井上):単純に、毎日やらないからだと思います。続けようと思ったら「毎日やる」しかない。でも、始めるときに重要なのは、むしろ目的意識を持たないことなんです。

武政:目的意識を持たない、というのは意外です。

井上:目的意識を持っちゃうと、ちゃんとしようと思ってしまう。それがすごく大きな障害になる気がしています。まずやる前にいろいろ調べちゃう。そうすると最初から型にはまっちゃって、もうすでに修行が始まっているような状態になる。そういうやり方だと、意外と続かないんです。

上手くなりたいことがあるなら、それはそれで効率的なやり方をしたほうがいいと思うんですけど、わたしの場合は全然違っていて。上手くならなきゃいけないとか、いつまでにこうなりたいとか、そういう目標を考えない。だいたい「何となく」で始める。効率より、のんびり楽しんでやれればいいかなと思うことのほうが多いんです。

武政:効率を求めないことで、かえって続けられる?

井上:効率を求めると、確かにある程度のところまではすぐ上手くなれる気がするんです。でも、すぐ上手くなるとすぐ飽きるし、つまらなくなる。伸び悩むというか。時間をかけないとそれ以上には行けなかったりする。それが、やめてしまうことの大きな要因なんじゃないかなと思うんです。

地味にじわじわと。何だかよくわからないけど、上手くなってるのか下手になってるのかもわからないけど、ずっとやっていて。そしたらある日「あれ、なんか結構面白いところまで来てるな」って思える瞬間があって、自分的にはそれがめちゃくちゃ楽しいんですよ。

短歌作りから見えてきた継続の意味

武政:その「じわじわと」という具体的な経験はありますか?

井上:毎日1つ短歌を作るということを、もう2年くらい続けています。上手くなろうという気持ちも、発表しようという気持ちも持ってないんです。ただ、毎日淡々と作っていると、ものすごくいろんな発見がある。なぜか書ける時期と書けない時期の波があって、それ自体が面白い。

その時々で書いてくるものも変わってくる。自己啓発みたいな短歌を書いているときがあったんですが、そのときはもうそういう言葉しか出てこないくらい、自分も多分精神が疲弊してたんですね。面白いことが考えられない時期だったんだなって。それが連続してるときとかあって。やっぱり自分の状態を推し量るバロメーターになってるんです。

武政:書けないときも続ける?

井上:やれないときも淡々と続けておくと、何となくそのときに作ったものが、そのときは、クズみたいなものなんですけど、意外と次のきっかけになったりする。「何だろう、これなんかよくわかんないけど不格好だけど、こんな面白いこと書いてたな」と。

「こんな当たり前のことを短歌にして馬鹿みたいだな」って思うものももちろんあるんですけど、でもその「馬鹿みたいなことしか書けない時期だったんだな」ってことがわかるだけでも一つの価値がある。それがわかるだけでも意味があると思ってます。

ルールを設定する

武政:具体的にどのように継続を実践しているんですか?

井上:すべてを習慣化しています。習慣化って「ルール化」なんです。だから全部にルールを決めているんです。「何を」「いつ」「どれだけやるか」というルールを決めれば、自然と実行できると思ってます。

無理なルールは考えない。無理せず実行できるサイズでルール化する。これが大事です。

毎日やっても負担にならない「ルール」を考える。わたしの場合は「5分でできること」を基準にだいたい考えるようにしてます。

例えば、英語の学習は今年の頭から始めたんですが、最初は30分くらいかかっていたものを、5分の習慣に落とし込みました。そうやって自分でカスタマイズしていくと、「これは5分のサイズ」「これは15分のサイズ」というように、大体時間配分が見えてくるんです。

武政:時間はきっちり区切る?

井上:いえ、タイマーは絶対に使わないんです。もし20分かかったら20分でもいいし、10分なら10分。一瞬で終わるなら1分でも構わない。面白いのは、逆に長くなっていく習慣もあって。例えばスマホでつける日記は、最初は本当に1、2分で終わらせる習慣だったのが、今では30分くらいかけて1500字から2000字くらい書いています。

実はこれ、すごくいい方法だと気づいたんです。その日の出来事を書きながら、ついでに本の感想とか映画の感想も混ぜていく。書こうと思って書くより、ずっと素直な言葉が出てくる。この「ついで」の効果がすごく高くて。

今では日記を書いた後、その中から1箇所だけ英語に訳すということもやっています。自分に関係のある英語なので、「この単語は知りたい」という気持ちが自然と湧いてくる。そうやって、1つの習慣から次の習慣が自然に生まれていくんです。

武政:毎日、本を1冊読んで、映画も観て、と聞くと驚異的な時間管理に思えます。

井上:決めれば、時間は「ある」んです。例えば本なら、40分しか読む時間がなければ40分で読めそうな本を選ぶ。時間があるときは400ページの本を3時間かけてじっくり読む。

これはストイックすぎる考え方かもしれませんが、でも「1日1冊読む」と決めてから4年間、本当に毎日1日も欠かさず本を読んでいる。「1日1冊読む」と「決めた」から時間を作れてる。ずっとマンガを読む時間がなくて何年もマンガが読めてなかったけど「1日1話だけ必ず読む」と決めてから月に5冊ほどマンガが読めるようになった。

マンガを読む時間は「ない」と思ってたけど、1日1話なら読む時間は「ある」ことに気がついた。映画も、朝のうちにチケットを買って「この時間に行く」と決めてしまえば、それまでにフルスロットルで仕事を進められる。

続けることだけを楽しむ

武政:でも毎日続けるのは大変では?

井上:いえ、大変だと思わないで続けているので。それに、やれない日は別にやらなくていいんじゃないかと思っています。ただ「やる」ということだけ決めておけば、翌日もできる。むしろ「昨日できなかったから今日は取り返そう」と思うと、それが負担になってしまう。そういうリカバーはしない方がいいんです。

武政:これだけの習慣が自然と続く?

井上:きっちりルーティーンを決めているので、最初の1個を始めたら、抜けることなく最後まで全部いけますね。繰り返しているといつのまにかそれが自然の流れになる。本当にひたすら繰り返していると、やらないことが気持ち悪いとかではなく、簡単なことも多少困難なことも自然に続くようになってきます。

ひとつひとつの続けていること自体には何の意味もないんです。でも、いつかわかるんですよ。「このためだったんだ」っていうのが後でわかる。

意味も考えずに始めたダンスとか短歌とか、続けていくうちに意味が分かってくる。ああ、仕事に大事なことはダンスにあったとか、短歌はデザインに通じているなとか。

noteを書くことも意味は考えてなかったけど、人生を変えてしまうくらいインパクトのあることだったと何年も続けて実感した。

だからえり好みしないで、何でも吸収しているほうが面白い。大したことなくても、その偶然の発見が本当に楽しい。それが、続けることの本当の魅力なんじゃないかと思います。

自分の趣味は「継続」だった

武政:井上さんの人生を変えた発見があったそうですね。

井上:2022年11月22日12時37分、火曜日でした。突然、頭にポンと「趣味、継続」というフレーズが降りてきたんです。電流が走りましたね。だから正確な時間も書き留めたんです。スマホのメモに急いで打ち込んで。

実は、わたしには結構コンプレックスがありました。映画は好きで、ものすごく見ているんですが、映画が好きで映画が趣味ですっていう人に比べると、そんなに深くないんです。ゲームも趣味だけど、何年もやってないじゃん、といったような。そういう自分が誇れる趣味はあるのかなって考えたとき、全然「趣味」って言えるものがないんじゃないかって。

武政:それが思わぬ発見につながった。

井上:そうなんです。ふと気づいたんです。ずっと「いろんなことを続けてきた」。これも趣味じゃないか、と。気づいたら、そこに自分の本質があるような気がしました。

そこからは自分にとって「続ける」とは何なのか、そのことを掘り下げていきました。毎週noteを書くことを続けていたので、そこでその気づきを言語化していくような作業を続けました。その結果、一冊目の本を書くことにつながりました。

「続ける思考」は、「継続が趣味だった」ということを言語化していった結果生まれた1冊です。

人生を変えるほどの発見だったと思ってます。

(撮影:矢口 亨/フォトグラファー、編集:サンマーク出版 SUNMARK WEB編集部)

【プロフィール】
井上新八(いのうえ・しんぱち)
ブックデザイナー・習慣家
1973年東京生まれ。
和光大学在学中に飲み屋で知り合ったサンクチュアリ出版の元社長・高橋歩氏に「本のデザインしてみない?」と声をかけられたのをきっかけに、独学でブックデザイン業をはじめる。大学卒業後、新聞社で編集者を務めたのち、2001年に独立してフリーランスのデザイナーに。自宅でアシスタントもなくひとりで年間200冊近くの本をデザインする。趣味は継続。それから映画と酒とドラマとアニメとちょっぴりゲームとマンガ。あと掃除とダンスと納豆と短歌。年に一度、新宿ゴールデン街で写真展を開催している。2013年に初の著書『「やりたいこと」も「やるべきこと」も全部できる! 続ける思考』を出版。本作が2作目の著書となる。

デザインした主な書籍に『夜回り先生』『覚悟の磨き方』『カメラはじめます!』『学びを結果に変えるアウトプット大全』『ぜったいにおしちゃダメ?』『虚無レシピ』『自分とか、ないから。』(サンクチュアリ出版)、『機嫌のデザイン』(ダイヤモンド社)、『SHOーTIME大谷翔平メジャー120年の歴史を変えた男』(徳間書店)、『はじめる習慣』(日経BP)、『こうやって、考える。』(PHP研究所)、『運動脳』『糖質疲労』(サンマーク出版)など、ベストセラー多数。

書籍の帯を広くしてたくさん文字を掲載する、棒人間(ピクトグラム)を使う、カバーに海外の子どもの写真を使う、和書も翻訳書のように見せる、どんなジャンルの本もビジネス書風に見せるなど、主にビジネス書のデザインという小さな世界で流行をつくってきた。

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