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「1000万円の奨学金返済が人生の転機になった」元国税専門官からブックライターに転じた小林義崇さんの快活人生

2024年8月に『僕らを守るお金の教室』を上梓したマネーライターの小林義崇さん。

『すみません、金利ってなんですか?』(小社刊)などベストセラーを多数執筆。著書の発行累計は25万部を超えており、各種メディアで活躍されています。

そんな小林さんは東京国税局で約13年間勤務したのち、2017年に一念発起してライターに転身したというユニークなキャリアの持ち主。『僕らを守るお金の教室』のテーマである、「お金を守ることの重要性」に気付く契機となった経験やキャリアについて話を伺いました。

(取材・構成:流真理子/サンマーク出版編集部)

◎前編はこちら


奨学金返済のために国税専門官の道へ

――なぜファーストキャリアに国税専門官を選ばれたのでしょうか?

小林義崇(以下、小林):特別な理由があるわけではなく、就職活動の時期になってもやりたいことが見つからなかったんです。私は2004年に大学を卒業したのですが、当時は就職氷河期でした。

私の通っていた大学には、希望者が適職検査を受けて就職活動の方向性を決めるという取り組みがありました。そこで弾き出された私の適職は「フラワーコーディネーター」だったんです。花には全く興味がなかったのに……!

それで就活に踏み出せずにいる中、サークルの先輩からの「向いている仕事を探す以前に、君は奨学金を返さないといけないでしょ」という一言がキャリアを決めるきっかけになりました。

私は母子家庭で育ち、私立大学に通いながら一人暮らしをしていたため、月16万円の奨学金を借りていました。それが卒業後には利子込みで約1000万円まで膨らむ計算で、毎月4万円を20年間に渡って返さなければいけなかったんです。

その先輩は国家公務員の内定をもらっていました。公務員なら安定した収入が得られると思い、私も公務員試験を受けて、国家公務員Ⅱ種と国税専門官に合格できたんです。

私は生まれも育ちも福岡だったので、最初は国家公務員Ⅱ種として福岡の役所で働こうと考えていました。でも、改めて初任給などを確認すると、国家公務員Ⅱ種では月4万円を返しながら生活するのはかなり厳しいということに気が付いたんです。

一方で、国税専門官は普通の公務員よりも少し給料が高い。さらには勤務地に応じた手当があって、福岡ではなく東京23区に勤める国税専門官になれば、かなり手取りが増えるとわかりました。

これなら奨学金を返しながら生活できると考えて、思い切って東京国税局の国税専門官の道を選びました。

――お金にご苦労されたのですね。

小林:そうですね。奨学金で人生が変わったという実感があります。もし奨学金を借りていなければ、東京に出ることもなく、今の仕事もしていなかっただろうなと思います。良くも悪くもお金の問題は人生に影響しますね。

私は公務員試験に受かったので良かったですが、落ちていたらかなりしんどい人生になっていた可能性もあります。就職氷河期世代の同級生のなかにはなかなか就職できなかった人も多く、自分がそうなっていてもおかしくなかったと思います。

国税専門官が見た「知識の差による不公平」

――東京国税局に就職後、どのようなお仕事をされていたのでしょうか?

小林:私が国税局の職員として採用された当時、最初の4か月間は埼玉県の和光市にある研修施設で研修を受ける形になっていました。そこで税金のことを一通り勉強し、その後、実務でどの税金を担当するかが決まります。

私は資産課税課という部署を自ら希望して配属され、相続税、贈与税や不動産、株取引などにかかわる仕事に携わりました。自分がお金に苦労していたので、お金持ちってどういう感じなんだろうと思い、資産税担当ならそれが分かるかなという期待がありました。

実際に関わった富裕層は、案外普通の人でした。慎ましく生活をして、仕事を頑張っている人が富裕層になるのだということを学びましたね。このような富裕層の実態については『元国税専門官がこっそり教える あなたの隣の億万長者』(ダイヤモンド社)という本で書かせてもらいました。

また、仕事をしながら、お金のことを知るのが面白いなとも思いました。自分も上手くお金のしくみを活用すれば、資産的に安定した状況になれるかもしれないと思えるようになりました。

――国税専門官時代、特に印象的だった出来事があれば教えてください。

小林:知識の差による不公平を感じることがよくありました。

確定申告書のチェックを担当していた時のことです。自宅を売って売却益があれば税金がかかりますが、売却損があれば税金がかからない。ただ、売却損でも条件を満たせば税金の還付を受けられる特例があるのですが、それを知らずに特例の申請を行っていないと思われる人がいました。

このように、申告書を見ていると、この人は還付金をもらっているけど、この人は同じ状況でも申請していないということが見えることもあります。新人だった僕は「連絡してあげたほうがいいか」と上司に相談しましたが、「件数が多すぎて一人ひとりに対応できない」とけんもほろろでした。

もちろん、計算ミスで明らかに払いすぎている人には連絡しますが、「もしかすると特例を使えるかも」というような、条件を満たしているかどうかわからない微妙なケースでは全員にアプローチするのは困難です。結果的に、申告をする本人の知識次第で税金が変わることになり、知っているか知らないかで大きな損が発生しているなと思いました。

「ブックライター」という職業を知る

――同じ状況でも知識次第で還付金がもらえるかどうかが変わるのですね。国税専門官として13年ほどのご経験を積まれたあと、未経験でライターに転身されるのは、すごく勇気のいる決断だったのでは?

小林:もともとは新卒から定年までずっと勤めるつもりだったのですが、東日本大震災も若干影響して、30歳頃から他の働き方もあるのではないかと模索していました。

異業種の人とつながるイベントに出たり、ビジネススクールに通ったりもしましたが、やりたいことは見つかりませんでした。

その時に、たまたま上阪徹さんというプロのライターの方の本を書店で見つけて。読んだとき、「ブックライターという仕事があるんだ」と驚きました。世の中に出ている本が、著者の方が全部書いているわけではなく、プロのライターの人が著者に取材をして文章を書いているということを初めて知ったんです。

そういう立ち位置の仕事っていいなあと思いました。いろんなところを取材して回るのは自分の経験としても豊かでしょうし、職人的なスキルにも憧れているところもあって。元々本を読むのは好きだったので、文章を書く仕事に対して関心もありました。

それで上阪さんに連絡を取り、本の感想を送ったところ、「ライター志望者のための塾をこれから始めるので、説明を聞きに来ませんか」と言われ、そのままブックライター塾に入りました。それが32歳の頃で、卒業したらすぐ独立しようと思いましたが、家族の心配や職場の反対もあり、なかなか踏ん切りがつきませんでした。

最初は副業でやろうと思いましたが、公務員は副業が禁止されていますので、やりたいならどちらかを選ぶしかありません。

ずいぶん迷いましたが、35歳の時に独立を決意しました。

――公務員は、一般的には安定している職業と言われています。
 
小林:確かに安定しているとは思います。給料が減ることは基本的にないですし、体調やメンタルの問題を抱えて休職しても給料がゼロになることは基本的にないので、生活の保障はされています。

ただ、キャリアを変えようとすると一気に不安定になります。公務員は雇用保険に守られないので、失業手当が出ないんです。辞めたらすぐに無収入になるので、途端に不利益を被ります。

「元国税専門官」がライターとしての武器になった

――税金やお金に関する分野のライターとして独立されたのでしょうか?

小林:国税専門官の経験を生かそうとはあまり考えていませんでした。
独立して1年ぐらいは、「元国税専門官」というのは名刺にも書いていませんでした。前の仕事を名刺に書くのは少しおかしいと感じていましたし、税金以外にもいろんな仕事を受けられるライターになりたいと思っていました。しかし、なかなか良い条件の仕事が頂けず、これだと生活していくには厳しいなという感覚があって。

そんな中、妻が入院して看病や家族の世話をすることになり、収入の柱だったインタビュー取材などの仕事ができなくなったんです。

困っていたところ、編集者さんから「元国税専門官として記事を書いてくれませんか」と依頼されて書いた記事が、結構大きな反響を呼んで。そのあとから条件の良い仕事をぽつぽつ頂けるようになりました。

それで元国税専門官という肩書を武器にしたほうが、クライアントさんも依頼しやすく、自分も力を発揮できると気付き、積極的にアピールするようになりました。

――文章力だけではなく、ベースとなる経験がライティングを支えているのですね。

小林:やっぱり社会常識やその人のキャリアはすごく影響すると思います。
私の場合、ブックライティングのご依頼をいただくのは著者が税理士さんや会計士さんの本が多いですが、それは単にライターだからお願いされているわけではないと思います。元国税専門官ということで、前提となるお金の知識があることや、業界の雰囲気を理解していることが大きいです。

インタビューをしたときに、この人は税金に詳しいと思ってもらえると、深い話をしてくれることがあります。この話は表に出せるけれども、これは守秘義務的に出さないほうがいいかなという感覚もあったりして。特定の業界にいたこと自体が強みになると思います。

――ブックライターとしてご活躍されつつ、ご自身が著者となる著書の出版も続いていますね。

小林:独立したときは、自分の本を出そうという気持ちは全くありませんでした。

執筆のご依頼いただくときは、「本当に自分でいいのか」という感じでした。編集者さんにも「このテーマなら税理士さんや会計士さんがいいのではないですか」と正直に話したこともあります。

しかし、編集者さんの意見では、税理士さんが書く税金の本は敷居が高く、一般の人には難しいと感じることが多いそうです。もっと読者目線でわかりやすい本を作りたいという時に、お金の知識がある程度あり、文章も書ける私のようなライターが求められることがあると自覚するようになりました。

次なるチャレンジは「ライターを育てる仕組み」

――小林さんはYouTubeチャンネル「フリーランスの生活防衛チャンネル」も運営されており、登録者数は約4万5000人に上ります(2024年8月時点)。

小林:YouTubeを始めたのは2020年の10月だったのですが、その当時はコロナ禍でライターの仕事が一気になくなってしまった時期でした。オンライン取材もまだ一般的ではなかったので、結構大口のイベント取材やインタビュー取材の案件が全部キャンセルされてしまって。

これからどうしようかなと思った時に、国から「小規模事業者持続化補助金」という新しいことを始める時に経費を補填する補助金があることを知ったんです。

それでYouTube事業の計画書を出して採択され、カメラなどの機材を購入した後に補助金をいただきました。このほかにも、減少した売上を補ってくれる給付金や、無金利でお金を貸してくれる融資制度も利用しました。

こうやって給付金や補助金をもらえるということ自体があまり知られてないのではないかと思い、YouTubeで給付金の申請方法の解説動画を作りました。この動画が結構多くの方見ていただけて、やっぱりこういう情報が求められているのだなと感じました。

昨年はインボイス制度導入についての動画もかなり反響をいただきました。専門家の先生が制度を解説する動画はすでにたくさん出ていましたが、私はあくまでもフリーランスの立場で、「自分はこう考えます」という発信をしたんです。「自分の状況的には登録すべきか否か、メリットデメリットを比較して、今こうしますよ」という話をしたら、かなり多くの人に届きました。

こうして振り返ると、自分自身がライターとしてなんとか生活できているのは、基本的なお金の知識があるからだと思います。フリーランスなので売り上げはどうしても変動しますし、不確実なので、常にお金を守る意識が必要だと感じています。節税対策もそうですし、社会保険料が払えなくなったらこういう手続きをすればいいとか。知っておくだけでもだいぶ安心材料になりますし、これからの仕事も積極的にできます。

専門家のポジションでありながら、フリーランスのライターでもあるというのが自分の特徴的なところだと思うので、引き続き実感を伴った情報をフリーランスの人に伝えていきたいですね。

――これまでのご著書はお金の知識に関連した内容でしたが、現在はライターやライターを目指す人向けのご著書を準備されているそうですね。 小林さんにとって、また新たにキャリアの方向性を変えていく時期なのでしょうか?

小林:急にガラッと変えるわけではないですが、徐々に変わっていくと思います。

元国税専門官と言いつつ、退職してからしばらく経つので、自分の記憶がいつまで確かでいられるかも心配があります。もちろんお金に強みを持ったライターとしては続けていきますが、自分がお金の専門家としてどこまで行くかは模索中です。

それよりも今は、ライターなどのフリーランスを育てるスクールをやろうと考えています。私が思うのは、フリーランスとして食べていくうえで、自分の専門性を文章で表現するスキルや、基本的なお金の知識は欠かせません。このようなノウハウを私から直接伝えたいと考えています。

最近は私のところに独立の相談が寄せられることが増えてきました。皆さん強みがあるのに、未経験でフリーランスになるのを躊躇している方も結構たくさんいるんですよね。そのような方たちが新たに活躍できる仕組みを作っていければと思っています。

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部) 


小林義崇(こばやし・よしたか)

元国税専門官、フリーランスライター、Y-MARK合同会社代表。一般社団法人かぶきライフサポート理事

西南学院大学商学部卒業後、2004年に東京国税局の国税専門官として採用され、以後、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応等に従事。2017年7月、フリーライターに転身。マネージャンルの記事執筆をはじめ、インタビュー記事作成やセミナーなどを行っている。『すみません、金利ってなんですか?』(小社刊)ほか著書多数。登録者数約4万5000人のYouTubeチャンネル「フリーランスの生活防衛チャンネル」を運営中。



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