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「天才は作れる」チェスに賭けた親子5人が得た成果

 何かに秀でた人の才能は先天的に備わっている? それとも後天的に身につけられる?

 天才たちを研究した成果とともに、才能の正体に迫り、ハイパフォーマンスを上げる人たちに共通する要素――「究極の鍛錬」――があることをつきとめたのが、20カ国以上で翻訳され、何年も読まれ続けるロングセラーの新装版『新版 究極の鍛錬』です。

 究極の鍛錬の要素とは以下の通り。

①しばしば教師の手を借り、実績向上のため特別に考案されている。
②その鍛錬は練習者の限界を超えているのだがはるかに超えているわけではない。
③何度も繰り返すことができる。
④結果に関し継続的にフィードバックを受けることができる。
⑤チェスやビジネスのように純粋に知的な活動であるか、スポーツのように主に肉体的な活動であるかにかかわらず、精神的にはとてもつらい。しかも、
⑥あまりおもしろくもない。

今回は両親が徹底して自分の3人の娘たちをチェスの天才に育て上げようとした事例を本書からお届けして、究極の鍛錬に迫ります。

『新版 究極の鍛錬』(サンマーク出版) ジョフ・コルヴァン
『新版 究極の鍛錬』

・チェスのポルガー三姉妹の事例

 とりわけドラマチックな事例は究極の鍛錬の原則をとても明瞭に説明してくれるので便利だ。ポルガー三姉妹の事例をみてみよう。

 ハンガリーの教育心理学者ラズロ・ポルガーは、1960年代、「偉大な能力」をもつ人は生まれながらにそうなったのではなく、つくられるものだという見解をもっていた。

 ポルガーは研究を通じ、「偉大な能力」をもつ人は後年偉業を成し遂げる分野で、若いころから集中して励んできたことを明らかにした。ポルガーは習熟の過程を十分知り尽くしていると確信していたので、自分でも偉大な能力をもつ人間をつくれると信じていた。

 どうすればよいかということをポルガーは『Bring Up Genius !(天才を育てる)』という本に英語で書いている。ポルガーは自分の仮説を実験で証明しようと、自分と結婚し子どもをつくってくれる女性を公募した。驚くことにそのような女性が見つかった。

 クララという名のウクライナに住むハンガリー語を話す学校の教師だ。

 ラズロとクララには、すぐに一人目の娘スーザンが生まれた。そしてスーザンが4歳のとき、将来チェスの競技者にするための訓練が始まった。なぜラズロが娘のスーザンをチェスの競技者にしようとしたのか。その理由は正確にはわかっていない。

 しかし、何人かの話によれば、チェスの上達はわかりやすく、初期のうちから計測が簡単であったからだといわれていた。また別の説明によれば、チェスは当時男性が圧倒的に強いとされていた競技だ。女性には高い水準でのチェスの競技はできないという支配的な見方があったため、ラズロは自分の仮説の正しさを実証する分野としてチェスは理想的だと考えていたとも伝えられている。

 ラズロとクララは、娘のスーザンに熱心にチェスを教えた。のちにソフィアとユディトという二人の娘が生まれると、その子たちにもチェスのトレーニングプログラムを受けさせた。三人の娘はいずれも学校には通わず自宅で学んだ。

 このために、ラズロとクララは仕事を辞めた。家庭での学習のほとんどはチェスに関するもので、家にはチェス関連の蔵書が一万冊あった。コンピュータが普及する以前の時代だったのでインデックスカードを使い、過去の対戦や今後の対戦予定者のデータを整理し巨大な目録となった。

 三人の子どもは他の学科も自宅で学習した。ハンガリーの教育当局が、学校で通常教えられている学科で三人の子どもが及第点をとるよう求めていたからだ。三人の娘は数か国語を話した。しかし、何といっても学びの中心はチェスだった。毎日何時間もの時間がチェスの練習につぎ込まれた。

 その結果、スーザンは17歳でその当時女性としては初めて、男子世界チェスチャンピオンシップと呼ばれていたチェスの世界大会に出場権を得た(出場権は得たが、世界チェス連盟は彼女の参加は許可しなかった)。スーザン19歳、ソフィア14歳、ユディトが12歳のとき、三人はチェスの女子国際競技会のハンガリー代表としてチームを組み、同国代表としては初めてソビエトチームへの勝利を収め、国民的英雄となった。

 スーザンは21歳のとき女性としては初めてチェスの世界最高位であるグランドマスターとなった。その後すぐにユディトが15歳でそれまでの記録保持者であるボビー・フィッシャーを数か月上回る記録で男女含めて最年少でグランドマスターとなった。

 ユディトは子どものころ、主に男の子と対戦していた。

「他の女の子たちはチェスに真剣じゃない……私は毎日5、6時間練習するけど、彼女たちは料理や家のまわりの仕事に気をとられてしまう」と説明している。 幼いころに彼女に負けたイギリスのグランドマスターは、彼女のことを 「このかわいい赤褐色の髪の怪物は、自分を打ち砕いた」と評している。

 ユディトは16年間、毎月世界ナンバーワン女流棋士にランクされ、男女を問わずトップ10に入ることも多かった。彼女は2014年に38歳で競技チェスから引退した。翌年、ハンガリー男子代表チームのキャプテン兼ヘッドコーチに選出された2か月後に、ハンガリー最高の国家的栄誉である聖ステファノ勲章大十字章を受章した。

 このポルガー三姉妹の事例は非常に役に立つ。三姉妹が達成したことと達成しなかったことを通じ、究極の鍛錬の原則をうまく説明してくれるからだ。全体としてみれば、もちろん三人の娘たちの輝かしい成功は父親が信じてきたことが正しいことを強く実証するものだ。

ラズロやクララのもつ生まれつきのチェスの才能が娘たちに遺伝したとはとうてい思えない。ラズロは平凡なチェス競技者でしかなく、クララに至っては、チェスの知識はまったくなかった。三人の娘が莫大な時間を長い間チェスに費やしたことが成功につながっており、このことはあらゆる点で究極の鍛錬の定義に合致している。

同時に三人の娘は、必ずしも全員が同じレベルに熟達できず、また三人のうち誰も世界の本当のトップの座である世界チェスチャンピオンには就いていない点にも注意を払う必要がある。しかし、この事実も究極の鍛錬の原則とはまた整合性がある。

・究極の鍛錬の時間と方法の原則

二女のソフィアは他の二人の姉妹に比べ、同等の水準にまでは上達することができなかった(それでも女性として世界第6位にはなった)。そして誰もが三人の中では、ソフィアがチェスの訓練に一番熱心ではなかったと納得している。

 チェスチャンピオンのジョシュ・ウェイツキンが彼女たち三人についてインタビューを受け、雑誌の長い記事で次のように語っているのが引用されている。「ソフィアは素晴らしいスピードでチェスの駒を進める競技者でとても鋭かった」。

 しかし、彼女は他の二人の姉妹のようにはチェスの練習に精進しなかった。スーザンはソフィアのことを「怠け者だ」と呼んでいた。ソフィア自身もそのことに同意し、「ユディトに比べ私はすぐあきらめてしまったし、ユディトほど一生懸命には練習しなかった」と言っている。

 同様に他の周囲の人もみな三人の中で一番高いランキングまで上り詰めたユディトがもっとも熱心だと認めている。一番下のユディトが生まれるころには、ラズロのチェス鍛錬の考案方法もより精密を極めていた。これもまた究極の鍛錬の原則とつじつまが合っている。

 姉妹のうち一人も世界チャンピオンになれなかったことについていえば、世界の頂点でしのぎを削るエリート集団の中では、こうすればうまくいったかもしれないと憶測を述べるのは危険なことかもしれない。

 しかし、将来の世界チャンピオンとして頂点を極めようと、普通はまだまだ懸命に研鑽を積んでいる20代のころに、三人はすでにチェス以外にも人生には重要なものがあると考えていた。ソフィアは次のように語ったといわれている。

「チェスに飽き飽きしたわけではなく、チェスだけでは世界は狭すぎたの」

 三人はいずれも結婚し子どもをつくり、家族と時間をともに過ごすようになった。そして、結婚するまで人生のすべてをかけ、不断の努力をチェスに払ってきた生活を変えていった。

 ポルガー三姉妹の物語は、自分たちの父親は正しかったことを確信させた。スーザンは次のように語っている。

「父は、生まれついての才能は何も意味がなく、成功の99%は努力によるものと信じている。私も父と同意見だ」

 ポルガー一家の物語は究極の鍛錬が尋常でないレベルで実行されると、尋常でない成果を生み出せることを具体的に示したものといえる。

 まぎれもない史上最高のプレーヤーである元世界チャンピオンのガルリ・カスパロフ(かつてユディトに敗れたことがある)は、「究極の鍛錬」のもっとも重要な側面の一つ、上達は事実上無限であるという考えさえ「適性というものにもって生まれた限度などない。この考えはポニーテールの12歳の子に無情にもつぶされるまで、多くの男性プレーヤーが受け入れようとしなかった考えだ」と認めた。

<本稿は『新版 究極の鍛錬』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)


【著者】
ジョフ・コルヴァン(Geoff Colvin)
フォーチュン誌上級編集長。アメリカでもっとも尊敬を集めるジャーナリストの一人として広く講演・評論活動を行っており、経済会議「フォーチュン・グローバル・フォーラム」のレギュラー司会者も務める。1週間に700万人もの聴取者を集めるアメリカCBSラジオにゲストコメンテーターとして毎日出演。ビジネス番組としては全米最大の視聴者数を誇るPBS(アメリカ公共放送)の人気番組「ウォール・ストリート・ウィーク」でアンカーを3年間務めた。ハーバード大学卒業(最優秀学生)。ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスでMBA取得。アメリカ、コネチカット州フェアフィールド在住。本書はビジネスウィーク誌のベストセラーに選ばれている。

【訳者】
米田 隆(よねだ・たかし)

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