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稲盛和夫「人生の真理は懸命に働くことで体得できる」

「仕事の現場が一番の精神修養の場であり、働くこと自体がすなわち修行」

 2022年8月に90歳で逝去された稲盛和夫さんは生前に著書『生き方 人間として一番大切なこと』で、こう述べていました。

 稲盛さんは京セラと第二電電(現KDDI)を創業、経営破綻した日本航空(JAL)の会長として再建を主導し、「盛和塾」の塾長として経営者の育成にも注力されました。

 数々の著書を残された稲盛さんの代表作の一つが『生き方 人間として一番大切なこと』です。日本国内で150万部を突破。大々的な宣伝活動をしなくても売れ続け、海外16カ国へも翻訳版が届けられ、中国では600万部以上の大ヒット作となっています。

 時代が変わっても変わらない普遍的な言葉の数々が記された本書は、今読んでも色褪せません。稲盛さんが人生の真理を働くことに見出した意味とは? 本書から一部抜粋、再構成してお届けします。

『生き方 人間として一番大切なこと』(サンマーク出版) 稲盛和夫
『生き方 人間として一番大切なこと』

人生の真理は懸命に働くことで体得できる

 人格を練り、魂を磨くには具体的にどうすればいいのでしょうか。山にこもったり、滝に打たれたりなどの何か特別な修行が必要なのでしょうか。そんなことはありません。むしろ、この俗なる世界で日々懸命に働くことが何よりも大事なのです。

 お釈迦さまは、悟りの境地に達する修行法の一つとして、「精進」することの大切さを説いています。精進とは、一生懸命働くこと、目前の仕事に脇目もふらず打ち込むことです。私は、それが私たちの心を高め、人格を錬磨するためにもっとも大事で、一番有効な方法であると考えています。

 一般によく見受けられる考え方は、労働とは生活するための糧、報酬を得るための手段であり、なるべく労働時間は短く給料は多くをもらい、あとは自分の趣味や余暇に生きる。それが豊かな人生だというものです。そのような人生観をもっている人のなかには、労働をあたかも必要悪のように訴える人もいます。

 しかし働くということは人間にとって、もっと深遠かつ崇高で、大きな価値と意味をもった行為です。労働には、欲望に打ち勝ち、心を磨き、人間性をつくっていくという効果がある。単に生きる糧を得るという目的だけではなく、そのような副次的な機能があるのです。

 ですから、日々の仕事を精魂込めて一生懸命に行っていくことがもっとも大切で、それこそが、魂を磨き、心を高めるための尊い「修行」となるのです。

 たとえば、二宮尊徳は生まれも育ちも貧しく、学問もない一介の農民でありながら、鋤一本、鍬一本を手に、朝は暗いうちから夜は天に星をいただくまで田畑に出て、ひたすら誠実、懸命に農作業に努め、働きつづけました。そして、ただそれだけのことによって、疲弊した農村を、次々と豊かな村に変えていくという偉業を成し遂げました。

 その業績によってやがて徳川幕府に登用され、並み居る諸侯に交じって殿中へ招かれるまでになりますが、そのときの立ち居振る舞いは一片の作法も習ったわけではないにもかかわらず、真の貴人のごとく威厳に満ちて、神色さえ漂っていたといいます。

 つまり汗にまみれ、泥にまみれて働きつづけた「田畑での精進」が、自身も意識しないうちに、おのずと彼の内面を深く耕し、人格を陶冶し、心を研磨して、魂を高い次元へと練り上げていったのです。

 このように、一つのことに打ち込んできた人、一生懸命に働きつづけてきた人というのは、その日々の精進を通じて、おのずと魂が磨かれていき、厚みある人格を形成していくものです。

 働くという営みの尊さは、そこにあります。心を磨くというと宗教的な修行などを連想するかもしれませんが、仕事を心から好きになり、一生懸命精魂込めて働く、それだけでいいのです。

 ラテン語に、「仕事の完成よりも、仕事をする人の完成」という言葉があるそうですが、その人格の完成もまた仕事を通じてなされるものです。いわば、哲学は懸命の汗から生じ、心は日々の労働の中で錬磨されるのです。

 自分がなすべき仕事に没頭し、工夫をこらし、努力を重ねていく。それは与えられた今日という一日、いまという一瞬を大切に生きることにつながります。

 一日一日を「ど真剣」に生きなくてはならない、と私はよく社員にもいっていますが、一度きりの人生をムダにすることなく、「ど」がつくほど真摯に、真剣に生き抜いていく――そのような愚直なまでの生き様を継続することは、平凡な人間をもやがては非凡な人物へと変貌させるのです。

 世の「名人」と呼ばれる、それぞれの分野の頂点を極めた達人たちも、おそらくそのような道程をたどったにちがいありません。労働とは、経済的価値を生み出すのみならず、まさに人間としての価値をも高めてくれるものであるといってもいいでしょう。

 したがって何も俗世を離れなくても、仕事の現場が一番の精神修養の場であり、働くこと自体がすなわち修行なのです。日々の仕事にしっかりと励むことによって、高邁な人格とともに、すばらしい人生を手に入れることができるということを、ぜひ心にとめていただきたいと思います。

<本稿は『生き方 人間として一番大切なこと』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock


【著者】
稲盛和夫(いなもり・かずお)
1932年、鹿児島生まれ。鹿児島大学工学部卒業。59年、京都セラミツク株式会社(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、97年より名誉会長。また、84年に第二電電(現KDDI)を設立、会長に就任。2001年より最高顧問。2010年には日本航空会長に就任。代表取締役会長、名誉会長を経て、2015年より名誉顧問。1984年には稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった人々の顕彰を行う。2022年逝去。
著書に『京セラフィロソフィ』『心。』(ともに小社)、『働き方』(三笠書房)、『考え方』(大和書房)など、多数。

『生き方 人間として一番大切なこと』(サンマーク出版) 稲盛和夫

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