ケガを予防してダメージに強い体を作る呼吸法の真髄
お腹を膨らませて体内の圧力を高める――。これがケガを予防し、疲労を含めたあらゆるダメージに強い体を作ることをご存知でしょうか。スタンフォードスポーツ医局が取り組む「疲労対策」。ロングセラー『スタンフォード式 疲れない体』よりお届けします。
競技の壁を越えた回復理論「IAP」
スタンフォードのトレーニングルームには、バイクやバーベルといったトレーニング器具のほか、宇宙飛行士の訓練のために開発された重力コントロール装置、筋肉を冷やしながらエクササイズできるNASAの研究所オリジナルの特殊マシンなど、多種多様な設備があります。また、ストレッチやクールダウンを行うスペースはとても広く、大学スポーツとは思えないほど充実しています。
その奥にあるのが、アスレチックトレーナーが働くメンテナンスルーム。常時23名のスタッフが勤務しており、選手たちの治療やリハビリを行う24台のベッド、治癒用の冷水バスタブと温水バスタブなどが完備された「回復のための空間」です。
そこで行うメンテナンスは、多岐にわたります。
「ちょっと腰が張っている」選手と「試合中に激しく転倒して負傷した」選手ではアプローチが異なりますし、「試合前にちょっと気になる肩の動きをチェックしてほしい」というレベルの要望もあります。
水泳選手とアメフト選手では使う筋肉も、疲れ方も違い、また男女差もあります。
そこで私たちはマッサージ、ストレッチ、鍼灸、電熱療法など様々なアプローチを試みるのですが、共通して用いるのが、「IAP呼吸法」です。
ちょっと疲れているという選手も、ケガでリハビリ中の選手も、慢性的な痛みがある選手も、必ずIAP呼吸法を行いながらメンテナンスします。
ただし、ケガの治療法として「IAP呼吸法」が万能というわけではありません。
こりをほぐして疲れを取る場合も、ケガで縮んだ筋肉をゆっくり伸ばすときにも、メンテナンスと「IAP呼吸法」を併用すると効果が増大するということです。
お腹を「へこませず」に息を吐く
「IAP」とはIntra Abdominal Pressureの略で、日本語に訳すと「腹腔(ふくくう)内圧(腹圧)」。
人間のお腹の中には「腹腔」と呼ばれる、胃や肝臓などの内臓を収める空間があり、この腹腔内の圧力が「IAP」です。「IAPが高い(上昇する)」という場合は、肺に空気がたくさん入って腹腔の上にある横隔膜が下がり、それに押される形で腹腔が圧縮され、腹腔内の圧力が高まって外向きに力がかかっている状態を指します。
IAP呼吸法とは、息を吸うときも吐くときも、お腹の中の圧力を高めてお腹周りを固くする呼吸法で、お腹周りを固くしたまま息を吐ききるのが特徴です。
私はわかりやすく、「腹圧呼吸」とも呼んでいます。
人体の構造上、「お腹を膨らませる」と疲れにくい
私がよく「腹圧呼吸」と紹介すると、しばしば「腹式呼吸」と間違われます。
1字しか違わないものの、両者は大きく異なる呼吸法で、息を吐き出すときに「お腹をへこませる」か「へこませないか」という点が大きな違いです。
腹式呼吸の場合、「息を吐くと同時にお腹をへこませる(IAPを弱める)」のですが、腹圧呼吸では反対にお腹をへこませずに、息を吐くときも圧をお腹の外にかけるように意識して(=高IAPを維持)、お腹周りを「固く」します。
腹腔の圧力が高まることで体の軸、すなわち体幹と脊柱という「体の中心」が支えられて安定し、無理のない姿勢を保つことができるのです。
そうして体の中心を正しい状態でキープすることで、中枢神経の指令の通りがよくなって体の各部と脳神経がうまく連携し、余分な負荷が減るという理論です。
「お腹をへこませる」腹式呼吸については、90年代にトレーナーが推奨していたようですが、私自身の約20年のキャリアの中では取り入れたことはなく、スタンフォードにいる16年間、我々の組織の中でも推奨されていません。
ケガを予防し、疲労を含めたあらゆるダメージに強い体を作る──それを実現するうえで効果があった方法は「息を吐くときも、お腹を膨らませたままの『IAP呼吸法』」でした。
高IAPで体が「無駄なエネルギー」を使わなくなる
「IAP呼吸法」を実践すると、次のような効果が期待できます。
●腹圧が高まることで、体の中心(体幹と脊柱)がしっかり安定する
●体幹と脊柱が安定すると、正しい姿勢になる
●正しい姿勢になると、中枢神経と体の連携がスムーズになる
●中枢神経と体の連携がスムーズになると、体が「ベストポジション」(体の各パーツが本来あるべきところにきちんとある状態)になる
●体が「ベストポジション」になると、無理な動きがなくなる
●無理な動きがなくなると、体のパフォーマンス・レベルが上がり、疲れやケガも防げる
私たちは、このような好循環を生み出すプロセスを実践しているというわけです。
IAP呼吸法をくり返せば、体の中心が安定した正しい姿勢を、脳にしっかり覚えこませることができます。
仮に、疲れて体のベストポジションが崩れても、IAP呼吸法をすれば再び体の中心がしっかり定まるので、体はまた正しい姿勢の「ベストポジション」に戻りやすくなります。
このように、体のバランスは、疲れと大いに関係する要素。
逆にいうと、体が歪んで姿勢が悪くなり、それが定着してしまうと「肩をかばって腰の筋肉を使う」という具合に、ちょっとした動きにも、つねに余計な負荷がかかるようになります。これが慢性化すると、限られたエネルギーを無駄に消耗する「疲れやすい体」のできあがり、というわけです。
<本稿は『スタンフォード式 疲れない体』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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【著者】
山田知生(やまだ・ともお)
スタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクター、同大学アスレチックトレーナー