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『BIG THING』から読み解く「大型プロジェクトの成功/失敗を左右する経験則11選」

書評家・印南敦史さんによる『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(サンマーク出版)のブックレビューをお届けします。

 ビジョンを計画に落とし込み、首尾よく実現させるには、どうしたらいいのか?

 この問いに対する明確な答えがいつまでも立証されないのは、その点においてうまくいかないことが現実的に多すぎるからだ。大きな夢を思い描き、それを実現させるべく勢いをつけてスタートするも、なかなかうまくいかず、結局は中途半端に終わってしまう――そうしたことは、国家的な事業から個人の問題まで、いたるところに存在する。つまり、当初の熱い思いと最終結果が結びつかないことは決して珍しくないということである。

 大小問わず、官民問わず、当初の予算・期限を守ったうえで、とてつもない便益を得られる3拍子が揃ったプロジェクトは全体の0.5%に過ぎない。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(ベント・フリウビヤ/ダン・ガードナー 著、櫻井祐子 訳、サンマーク出版)の著者によれば、大きいこと(Big Things)の成否を分ける普遍的な要因は2つあるのだそうだ。

その1つが、人間の心理メカニズムである。どんな大型プロジェクト――当事者にとって大きく複雑で野心的でリスクが高いプロジェクト――でも、それを考案し、判断し、決定するのは人間だ。そして人間の思考と判断、決定には、楽観主義などの心理メカニズムが必ず作用する。
もう1つの要因は、権力だ。どんな大型プロジェクトでも、人や組織が資源を求めて競争し、地位を求めて画策する。そして競争と画策には必ず権力が絡む。たとえば企業のCEOや政治家は権力を行使して、自分の気に入ったプロジェクトを押し通そうとする。(序章「夢のカリフォルニア」より)

ゆっくり考え、すばやく動く

 心理と権力は、高層ビルの建築からキッチンのリフォームまで、あらゆる規模のプロジェクトに影響をおよぼすと著者は指摘している。ことの大小にかかわらず、誰からビジョンを描き、それを計画に落とし込み、実現しようとするときには、真理と政治の影響が避けられないということ。だからこそ、あらゆるプロジェクトがたどる“当初の熱い思いと最終結果が結びつかない”という共通のパターンが存在するのだろう。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(ベント・フリウビヤ/ダン・ガードナー 著、櫻井祐子 訳、サンマーク出版)
『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』

 そこで本書では、ビジョンを計画に落とし込み、首尾よく実現させるための術を明らかにしているのだ。最終的に行き着く答えは「ゆっくり考え、すばやく動く」ということであり、そのことを多種多様なエピソードと絡めながら立証しているのである。そんなせいもあって純粋な読みものとしても魅力的なのだが、ここではさまざまなトピックスを経たあとで紹介されている「メガプロジェクト研究が導く11の経験則」に注目してみたい。

 不確実な状況で意思決定を行わなくてはならないとき、重要な意味を持つのは経験則を利用すること。経験則は、複雑さを減らして意思決定を下しやすくするための思考の近道。そう考える著者は、自身が数十年間の大型プロジェクトの研究と実践によって培ってきた「11の経験則」を紹介しているのである。

1 「マスタービルダー」を雇おう

 マスタービルダーとは、中世ヨーロッパの大聖堂を建設した、熟練した棟梁に与えられた称号。経験則をひとつだけ選ぶとしたらこれだと著者は断じている。なぜならマスタービルダーは、プロジェクトの実現に必要なすべてのフロネシス(実践知)を持っているから。そこで、プロジェクトがなんであったとしても、深い専門知識を持ち、プロジェクトを成功に導いた実績を持つ人を雇うべきだということだ。

2 「よいチーム」を用意しよう

 どれだけよいアイデアでも、それが平凡なチームに与えられたとしたら結局は台なしにされてしまう。しかし優れたチームに平凡なアイデアを与えると、それを修正するか、もっといいアイデアを考えてくれる。だからよいチームさえ用意できれば、よいアイデアが手に入るということ。なお、そのチームを選ぶのが、マスタービルダーのおもな仕事だという。

3 「なぜ?」を考えよう

「なんのためにプロジェクトを行うのか」について考えれば、自身が最終的に成し遂げたい目的と結果という、なにより重要なことに自然と目が向くものだということ。

4 「レゴ」を使ってつくろう

 大きいものは、小さいものでつくるのが一番。大切なのは、小さいケーキを1つ焼き、もう1つ焼き、さらにもう1つという具合に積み重ねていくこと。どんなに高く聳えるウェディングケーキも、こうした方法でつくられるわけである。そして、こうしていけば、とてつもないスケールとスピード、品質、コストパフォーマンスの向上を実現できる。

小さいケーキはウェディングケーキの基本要素、レゴブロックに当たる。(中略)このパワフルな小さいアイデアは、すでにソフトウェアから地下鉄、ハードウェア、ホテル、オフィスビル、学校、工場、病院、ロケット、人工衛星、自動車、アプリ販売までのあらゆるものに応用されている。想像力が許す限り、どんなことにも使える。(340ページより)

5 ゆっくり考え、すばやく動こう

 計画を実現するための「実行フェーズ」では、想像できるどんな悪夢も起こりうるものであり、実際に起こってもいる。したがって、そうしたリスクを減らす必要がある。そのためには、十分な時間をかけ、詳細な実証済みの計画を立てることが重要だという考え方だ。

6 「外の情報」を取り入れよう

 自分のプロジェクトが特別なものであったとしても、「数あるなかの1つ」だという視点を持ち、データを集め、予測を立てて、データに反映された経験から学ぶべき。また同じ視点に立ち、リスクを特定し、軽減することも大切。視野を広げて外部の情報を取り入れれば、自分のプロジェクトをより正確に理解できる。

7 「リスク」に目を向けよう

 リスクはプロジェクトやキャリアを破壊する場合があり、どんな機会をもってしても埋め合わせをすることはできないもの。そこで、目的を見据えながら、毎日集中し続けることが大切。

8 「ノー」と言って手を引こう

 プロジェクトを完了させるためには、集中を保つ必要がある。そして集中を保つためには、「ノー」と言うことが欠かせない。とくに実行重視の組織においては、なにかを断ることは決して簡単ではない。だがプロジェクトと組織を成功させるには、取捨選択がカギを握るということ。

「私は自分がしてきたことと同じくらい、してこなかったことに誇りを感じている」とスティーブ・ジョブズは言った。ジョブズの見るところ、アップルは「してこなかったこと」のおかげで、少数のプロダクトに集中し続け、とてつもない成功を遂げることができた。(343ページより)

9 「有効な関係」を築こう

私の知り合いは、公共部門の数十億ドル規模のITプロジェクトを指揮した際に、外交官の役割を担い、プロジェクトの重要な利害関係者の理解と支持を得ることにかなりの時間を費やしたという。
なぜだろう? これもリスク管理のうちだからだ。(343ページより)

 問題が発生したときにプロジェクトの命運を握るのは、強固な人間関係。問題が生じてから関係を築こうとしても遅すぎる。必要になる前に架け橋を築いておくべきなのである。

10 「地球」をプロジェクトに組み込もう

 今日の世界において、気候リスクの軽減はもっとも緊急を要する問題。公共の利益のためだけでなく、自分の組織や自分自身、家族のためにも必要なことなのだ。

11 最大のリスクは「あなた」

 プロジェクトが失敗すれば、その原因は不測の事態にあると考えたくもなる。しかし、それは浅い考えだと著者は断言している。

シカゴ大火祭が失敗したのは、企画者のジム・ラスコが点火装置が故障する状況を正確に予測できなかったからではない。失敗したのは、彼が内部情報にこだわり、ライブイベントというカテゴリー全体で起こりがちな失敗の原因を調べようとしなかったからだ。(345ページより)

 木を見て森を見ないのは、人間の心理としてありがちなこと。つまり上記に示されたラスコの最大の脅威は、外の世界にはなく、彼自身の頭のなかにあったということ(行動バイアス)。これはどんなプロジェクトにもあてはまることであり、つまり最大のリスクは自分自身だということだ。

これらの知見は、さまざまなシチュエーションにあるさまざまな人にあてはまるものであるはずだ。だからこそ本書を参考にしながら、「実生活で、なにを、どのように応用できるか」について考えてみるべきかもしれない。

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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