結果を出したいと頑張る人に陥ってほしくない心理
組織の中で懸命に働き、一定の成果を出していてもどこか疎外感を持っているビジネスパーソンは一定数います。
なぜそうなるのでしょうか? アメリカ・ウォール街の大手金融機関を舞台にした実話から考えてみましょう。 『命綱なしで飛べ』よりお届けします。
孤独――みずから孤立する不思議な心理
仕事で結果を出したい、成功したいと強く思う者は、「自分は組織の輪の中にいる」と思いたい。
成功している賢い社員は自信満々で、組織に属しているなどという所属感覚は必要ないように見えるが、その自信の裏にじつは次のような不安が隠れている。
私は合格点に達している? ほかの社員と同じくらい優秀? 必要不可欠なAランク・プレイヤー? それともただの使い捨て社員?
こうした自問を、出世頭も繰り返す。そして肯定的に答えられないと、不安になる。
上から目をかけられなくなった?
出世街道から外れた?
自分は組織の外から内部を見つめているのでは?
こうした認識が正しいか正しくないかは、問題ではない。実際問題、彼らは経営陣に目をかけられているかもしれないが、心の中では会社から排除されていると感じている。
この認識が現実に影響をおよぼす。自分は見限られたと思い込むと、仕事に支障をきたし、充実感が得られなくなる。現実に除外されていなくても、不安で生産的でなくなる。
そのうちに同僚、上司、経営陣との衝突も避けられなくなる。
ひとりか仲間かで「パフォーマンス」が変わる
成功したいと望む者の多くは、「自分は排除されている」と思うと、とくに過敏に反応する。
あなたはどうだろう? 自分も最近同じようなことを経験したと思うだろうか?
答える前に、先ほどの「自分は組織の外から内部を見つめているのでは?」と不安に駆られたひとりを見てみよう。
ロブ・パーソンは上司のポール・ナスルを強く慕っていた。
ウォール街でナスルと知り合い、ナスルを通じて会社を二度転職した。ナスルはクライアントの気持ちがわかるビジネスマンだった。単に会社の決められた商品をセールスするだけでなく、クライアントが本当に求めるものをカスタマイズして売り出した。
1990年代初頭、モルガン・スタンレー社長のジョン・マックから誘いを受けて、ナスルはマックの会社に飛び込む。
ナスルは前の会社で一緒だったロブ・パーソンに最初に声をかけて、モルガン・スタンレーに来てもらった。
ナスルとパーソンは言葉にしなくても心が通じあうほどお互いを信頼していた。クライアントとの会合では目を交わしただけでお互いの考えを感じ取った。よく一緒に飲みに出掛けては、ウォール街を同じ目で見ていることを確認した。
パーソンがモルガン・スタンレーに移ったのは、1つにはついにウォール街のエリートの仲間入りを果たしたと、かねてよりまわりの人に知らしめたかったから。
ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーの2大金融機関を知らない者はいないし、高い給料も約束された。
それに、本社には一流校の卒業生が顔をそろえている。敵対する社員同士の足の引っ張り合いなど皆無のように思えた。
モルガン・スタンレーの「歩く火山」
当時のモルガン・スタンレーの方針には、他社から来た者がいきなりマネジング・ディレクター(専務取締役)としては迎えられないという掟があった。まずはエグゼクティブ・ディレクター(常務取締役)として入社し、そこから上をめざす必要があった。
そこで、パーソンはモルガン・スタンレーで事業の変革に成功すれば、11か月以内に昇進と昇給が約束されると理解し、前の会社のマネジング・ディレクターを辞して、モルガン・スタンレーにプリンシパル[各部署の部長もしくはディレクター(局長)。マネジング・ディレクターの下の役職]として入社した。
パーソンの仕事は、業界10位、市場シェア2%の部署の業績を引き上げること。その前に5人のマネジング・ディレクターが同じ仕事を試みていたが、5人とも結果を出せず、1年で退社していた。
パーソンが引き継いだとき、部署のエグゼクティブ・ディレクターもヴァイスプレジデント(部長)もアソシエイト(財務会計や販売管理など経営の根幹にかかわる、現場最前線の社員)も覇気が感じられなかった。自分たちはビジネスを学べていないし、能力をまるで発揮できていないと思っていたようだ。業界他社で活躍する友人たちに後れをとっていると感じていたのかもしれない。
さらに給料も思っていたほどの額を手にしていなかった。自分のキャリアを思うにつけ、落胆と不安の念に駆られていた。
パーソンは魔法使いのようにクライアントとサービスを拡充した。部下を連れ出し、社員一人ひとりに次から次へと仕事を作り出した。
パーソンは歩く火山だった。いたるところで噴火し、もっとしっかりしろと大声で叱り飛ばす。空港でもレストランでも職場でも噴火した。
戦略的に考えていない、言われたことに迅速に対応しない、ぐずぐずしている。そんな部下がいれば、ほかの社員の前で容赦なく叱り飛ばした。
一方で、クライアントには思ったことを口にせず、おだやかに対応した。だからクライアントには愛された。クライアントの言うことには耳を傾け、クライアントの誰とでも仲よくなった。クライアントは何週間も前に電話をかけてきて、パーソンのスケジュールを空けてもらおうとした。
パーソンの部署の業績はみるみる上がった。急速にノンストップで成長を続けた。モルガン・スタンレーのみならず、ウォール街の関係者は誰もがパーソンの手腕に目を見張った。
もっとも熱い視線を向けていたのはポール・ナスルだ。
パーソンを迎える前、部署の業績の落ち込みに歯止めがかからなかった。それがパーソンをリーダーに迎えるや、11か月足らずで市場シェアは12・2%まで上昇したのだ。
パーソンは部下に厳しいと聞いていたが、それについては何も言わなかった。
ちょっとやりすぎじゃないかと時々冗談交じりに言う程度で、君の言動はモルガン・スタンレーの幹部が望む組織のあり方に逆行していると膝を突きあわせて話し合うことはなかった。
総務部も、パーソンとナスルのどちらにも状況を確認しなかった。
成績がよくても「人柄」で判断される
パーソンの昇進が審議されることになり、ナスルはパーソンの昇進に関する書類一式を審議委員会に送った。審議委員長はナスルの書類にプラス面とマイナス面の両方が記されていることを懸念した。
委員長は当時の社長ジョン・マックと手短に話し、ポストに空きがあってもロブ・パーソンを昇進させることはないということで意見が一致した。
ナスルはマック社長のオフィスを訪れ、パーソンの昇進の可能性についてたずねた。
社長はパーソンの昇進はないと答えた。
社長と少し言葉を交わし、ナスルは社長室を出てトレーディングフロアの自分のオフィスに向かった。
エレベーターに向かって歩いていると、あらゆることが頭の中をめぐった。
僕は会社にいられるだろうか? 何をいつ、ロブに伝える? なんて言えばいい?
ロブをがっかりさせてしまう。まずいことになっている。社長は管理職としての僕の能力を疑っている。
ロブが辞めたらどうなる? 市場シェアは? ロブの代わりが務まる人がいるだろうか? ロブがいなくなると、僕の報酬はどうなる? ロブが辞めれば、彼のクライアントもついていってしまうんじゃないか?
社内で昇進と昇格の内示が出される1か月前、ナスルはパーソンに伝えることにした。とにかく話してしまおうと思ったのだ。
ナスルは仕事のあと、パーソンを飲みに誘った。何杯か飲んだあと、パーソンに言った。
「ところで、ロブ、君は昇進できない」
パーソンはしばらくナスルの顔をじっと見、汚い言葉を吐きつけて、店を出ていった。
翌日、パーソンは出社しなかった。
パーソンはその日の午後6時頃、昇進審議会の委員長に連絡を取って、面会を求めたのだ。
その夜、委員長に会い数時間話した。パーソンは思うところを口にした。
「僕は昨日からずっと自分の業績一覧を見ています。これまでウォール街のほとんどの企業に、『うちは2倍の給料を出すから来ないか』と言われました。それでも僕はここでずっと一生懸命働いてきました。僕は信じて疑いませんが、マック社長はウォール街で最高の会社を作りたいはずです。社長を信じています。
だから別のことで相談したい。ある条件で、モルガン・スタンレーに残りたいのです。
それは二度とポール・ナスルが上司でなくなることです。
ポールには二度と会いたくない。あの男にだまされました。僕はあいつを全面的に信用していた。
なのに今もこうして会社の中を見つめている。選ばれた者たちを見てるけど、僕は彼らに受け入れてもらえなかった。
マネジング・ディレクターに絶対になりたかった。
そうはならずに、そしてまたもや僕は外から見ている。僕はまた彼らの仲間に加えてもらえなかった。ポール・ナスルに土壇場で切られたからです」
パーソンは、モルガン・スタンレーのマネジング・ディレクター昇進にすべてを懸けていた。
パーソンは一流校を出ていない。誇れるような学歴はない。
毎日、ブロードウェイ1585番地のモルガン・スタンレー本社に入り、心の奥で思った。
ここで活躍する人たちに比べれば、自分は劣っている。モルガン・スタンレーの栄えあるマネジング・ディレククターの仲間入りなどできないのではないか。
そしてこんなことも言った。
「僕はいつも外でギシギシ怒りをたぎらせていました。
優秀な人たちに対する〝ひがみ〟みたいなものがどこかにあって、その人たちの世界を壊してやろうと思っていました。その人たちの仲間に、僕は決して加えてもらえませんでしたから」
事実より「どう思うか」のほうが強力
ポール・ナスルとロブ・パーソンの話をこれほど長くつづったのは、自分は仲間に入れてもらえていない、排除されているという思いがあらゆる形で起こりうると示したかったからだ。
最後になるが、ロブ・パーソンは昇進審議会に受け入れられることはなかった。それ以前から、モルガン本社の多くの社員と違っていい大学を出ているわけではないことで、自分は排除されている、仲間に入れてもらっていないと歪んだ感情を抱いていた。
皮肉としか言いようがないが、自分は排除されているというその感情によって、いたるところで火山のように怒りを爆発させてしまい、昇進が見送られたのだ。
もうひとつ、パーソンがモルガン・スタンレーに入ってきたとき、配属先のメンバーも、自分たちではなく、パーソンが部署を統括する職に就いたことで、自分たちは排除されていると感じていた。
入りたい集団に入れてもらえないとおそれるのは、どの職場で働く人も同じだ。それぞれがある集団から締め出されていると感じると、「グループの端にいる」人は次のようなことを自問する。
「私はそこに入っているのか、いないのか? そこに所属しているのか、していないのか? このグループ、チーム、組織に入れてもらえるのだろうか?」
なかには組織にしっかり入り込んで、安心できる状態にある人もいるだろう。
しかし大半の人は、組織の外に押し出されてしまうかもしれない不安を感じている。そんな思いに駆られると、人とは違う、異常な行動に出る。
組織の内部を覗き込んで心配し、そして、それまでとは違うことをして、さらに孤立してしまう。
こんな悪循環にとらわれて、自分は排除されていると思い込み、いつしか組織の外に本当にはみ出し、追放されてしまう。
あなたは、この悪循環にはまっていないだろうか?
自分は孤立している、仲間に入れてもらっていない、排除されていると感じることはないだろうか? それで不安になることは?
結果を出したいと強く思う者たちの多くは、自分がそんな状態にあると自覚できない。彼ら成功したいと思う者の中には、それを認めることができない者もいる。
結果を出そうとこれだけ仕事をしているし、自分のすごさは誰もがわかるはずだから、そんな自分が注目されていないとか、無視されているとは、およそ認められないのだ。
<本稿は『命綱なしで飛べ』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
【著者】
トマス・J・デロング(Thomas J. DeLong)