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ベストセラー本に必要なのは読者の「共感」と、もうひとつ……。 Book Lover REPORT vol.1

こんにちは、サンマーク出版の黒川精一です。この『Book Lover REPORT』は、出版社の代表をしながら書籍編集者をしているぼく自身の課題や悩み、七転八倒している様子をあらわにすることで、本やメディア、コンテンツに関わるお仕事をされている方のヒントになればと思って綴っていきます。

今回は、ベストセラー本に含まれる「2つの成分」について。本を書く、編集する、広める、届ける全ての工程で、読者がこちらを向いてくれるかどうかを左右する話です。

また、日頃、本が好きでよく読む方にとっては、「私はどうしてこの本に惹きつけられたのだろう?」と振り返るきっかけになるかもしれません。

◎成功→成長→そのまま

本をつくる仕事をしていると、読者に「共感」されることが大切だとよく言われます。ビジネス書にしろ、生活実用書にしろ、自己啓発書にしろ、児童書にしろ、読者の置かれた状況や心の動きをできるだけクリアに想像し、そこに寄り添って共感を得られるように本は企画され、書かれ、編集されていきます。このような「共感ファースト」の傾向は、この数年ほどで加速したように感じます。

10年以上前は読者が「成功するため」に本が書かれていました。それが10年ほど前から「成長するため」に書かれるようになり、ここ数年は「そのままでいい」と手を差しのべるために本が書かれるようになりました。実際はそれらが混ざり合っていたり、グラデーションだったりするわけですが、ざっくり捉えるとこのような変遷になるはずです。

目線を高く上げさせて何らかの「憧れ」を誘発するような本づくりから、著者や編集者側から読者に歩みよって「共感」を得るような本づくりへと変わってきました。本づくりは時代の空気や感情と密接に関わっていますから、社会が変化していけば本の企画や書き方も変わるのは当然です。

それに伴う近年の課題は2つあるように思います。

ひとつは「どうすれば共感を得られるのか?」ということ。

ひと口に「共感を得る」と言っても簡単なことではありません。たとえば「ダイエット本」。以前は「太った体型をスリムにする」というシンプルな動機に働きかければある程度売れたものですが、今は、太った原因は何か心の奥底を覗き、そのストレスを取り除くために「原因はあなた自身にあるのではない」と一旦共感、理解するところから本づくりがスタートします。

作り手側が読者に共感して理解を深めることで、読者は本そのものに共感を示してくれます。ということは、作り手側が読者に共感するポイントを間違えてしまうと、読者からの共感は得られません。これができるようになるためには、

人間に興味をもち、
心の奥底を覗く練習をする

ということを毎日繰り返し行っていくことが大切になりそうです。読者は「この著者(この本)は、私のことをわかってくれている」と感じられた時に、その本を読む気になってくれます。

とはいえ、人の心をすべて理解することなど不可能ですから、共感を得られる本をつくれることもあれば、まったく共感されない本をつくってしまうこともあります。ぼく自身も出版した後に「読者の心を理解しきれていなかった」と反省することもしばしばです。

◎「共感」だけでは足りない理由

そしてもうひとつの課題こそが、今回のテーマです。それは「みんなが共感を得ようとするものづくりに走ったことで、似た本が増えてしまった」ということです。

たとえば「マインド」の本。

前述のように、ひと昔前は「成功」がテーマでした。本の著者はいわゆる成功者がなるもので、その人や会社やチームが「うまくいった方法」を伝える成功法則系の本が書店に溢れていました。ところが、一向に立ち直らない日本において、成功法則は多くの人にとって「憧れ」から「ファンタジー」に変わっていきます。

そこで台頭してきたのが「成長」の本。成功はひとつしかないのに対し、成長は人の数だけあります。そこに目をつけた編集者たちが「あなたらしく」といったコピーを散りばめながら本を作っていきました。

それがさらに進み、近年は「ありのままでブーム」がまだ続いていて、SNSで人気の心理系インフルエンサーたちは「変わらなくていい」「比べなくていい」「逃げていい」と繰り返し伝えることで人気を博し、書籍の企画もこの波にのっていきました。

その背景にあるのは共感です。自己肯定感、心理的安全性などがキーワードとなり、どうすると読者が安心するか、安全でいられるかに重きを置いた「寄り添い系」の本が人気になりました。これ自体は時代の要請であり決して悪い流れだとは思いませんが、各出版社がこの流れにのった結果、どの本も似たり寄ったりになってしまいました。

つぎに「フィジカル」の本を見てみます。

ダイエットや健康系のフィジカルをテーマにした本においても、企画のベースは共感になりました。太りたくない、病気になりたくない、という不安やコンプレックスを抱える読者に対して、その心に寄り添いながら「とはいえ面倒なことはお嫌いですよね?」というスタンスで、短時間でできる方法、数分でできること、動かないでできること、手軽にやれることなど「ズボラのままでも効果がある」が本の最大のアピール点になっていきました。

この「ズボラ合戦」の結果、これらのジャンルの本はYouTubeや TikTok、Instagramなど短尺の動画コンテンツに惨敗するようになります。そこで出版社はそれらのインフルエンサーを著者に起用し、そのフォロワーに向けて本を販売することで「最低限の部数」を確保しようと考え始めました。

スターを発掘するのではなく、すでにフォロワーの多い人を著者に起用し続けた結果、ダイエットや健康のジャンルからは、時代を動かすようなベストセラーがすっかり出なくなってしまいました。

このような状態になったのは、読者から嫌われないようにと「共感一辺倒」のものづくりになったことが大きな原因ではないかと感じています。

ぼくは、「共感」だけではなく、もうひとつ、本づくりをする際にとても重要な成分になるものがあると考えています。それは、

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