先行者利益を信じる人が驚く「ほぼ幻」という真実
大小問わず、官民問わず、さまざまなプロジェクトが進行する中で、「予算内、期限内、とてつもない便益」という3拍子を揃えられるのは0.5%に過ぎません。
プロジェクトを成功させたいあまり「世界初」「業界初」に飛びつくケースがありますが、そこで狙う先行者利益は「ほぼ幻」という事実があります。ブルーオーシャンだからと言って成功するわけでないのと同じく、ブルーオーシャンで成功をつかんでも、それが「一時」のものだったり、後発組のほうが「利益がはるかに大きくなる」ケースも多々発生するのです。
「最初だ!」という野望だけでは、いかに見当違いな結果に終わるか。「先例」に学ぶ重要性を、予算内、期限内で「頭の中のモヤ」を成果に結びつける戦略と戦術を解き明かした『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』より一部抜粋、再構成してお届けします。
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著者:ベント・フリウビヤ
オックスフォード大学教授。世界中の兆円規模のメガプロジェクトを研究、1万件以上の成否データを保有する唯一無二の存在。メガプロジェクト研究において世界最多引用をほこり、世界各国から助言を求められている。
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「誰もやったことがない」がやめる理由でなく、ぜひやる理由になる
何かで「最初」になりたいという野望は、経験を軽視してしまう原因である。20年前、この野望がいかに見当違いかを実感させられるできごとがあった。
当時デンマークの地方・高等・最高裁判所を管轄する裁判所管理局は、2つの大型ITプロジェクトを行うことを検討していた。1つは国内の不動産登記の完全電子化、もう1つは法的文書を含む、裁判所実務の完全電子化である。
私は計画の可否を決定する、裁判所理事会の委員を務めていた。その頃私は巨大プロジェクトの研究を始めて10年ほどで、ITシステムはまだ研究対象ではなかったものの、計画に不安を覚えた。そうした計画を実際に行った人を1人も知らなかったし、私の研究は市場や分野を「最初」に開拓することの危険性をはっきり示していたからだ。
そこで私は海外視察を提案した。過去に同様のシステムを開発した国があればそこから学べばいいし、まだどこもやっていないのであれば先送りにすればいい。
ところが事態は違う展開をたどった。しかるべき海外視察が行われ、帰国した視察団が理事会で結果を報告した。これをやった国はほかにあったのか? 「いいえ!」と興奮した答えが返ってきた。「わが国が世界初ですよ!」
私はてっきり「世界初」は、プロジェクトを中止すべき強力な理由になると思っていた。だが理事会にとって、それは是非とも推進すべき理由になった。誰もやっていないことに挑戦したいという心意気は、たしかに称賛に値する。だがそこには重大な問題が潜んでいるのだ。
2つの巨額のITプロジェクトは承認され、そしてたちまち大混乱に陥った。工期はどんどん遅延し、コストは予算を大幅に超過した。完成後も、新しいシステムはバグだらけでうまく機能せず、やがて政治スキャンダルに発展して、新聞の一面を賑わせ続けた。職員の中には神経をやられて休職した人もいた。
この苦難に唯一救いがあったとすれば、同様のプロジェクトを2、3、4番めに行う人々が、私たちの経験から学んで失敗を避ける道が開かれたことだ。
だが、実際に失敗から学んだのだろうか? そうは思えない。大型ITプロジェクトが困難な状況に陥る例は、今も後を絶たない。プロジェクトの計画者が経験に価値を認めないのは、別の行動バイアスに陥るからでもある。それは「独自性バイアス」といって、自分たちのプロジェクトはユニークで唯一無二だから、前例から学ぶことはほとんどない、という思い込みだ。だからいつまで経っても学ばない。
先行者利益は「ほぼ幻」である
ここまで取り上げたのはすべて公共部門の例だ。民間企業の人は、こう反論するだろう。たしかに経験は重要だし、裁判所システムの電子化を世界に先駆けて行うメリットはないかもしれない。だが、世界初の製品を開発し、発売する企業は、いわゆる「先行者利益」を享受し、他社の経験から学べないというデメリットを補う以上のメリットを得ているのだ、と。
しかし、先行者利益は誇張されすぎている。ある重要な研究は、市場をいち早く開拓した「パイオニア」企業と、パイオニア企業を追って市場に参入した「フォロワー」企業を比較した。
50種の製品にわたる500のブランドのデータを分析したところ、パイオニアとして市場に参入した企業の半数近くが倒産していたのに対し、フォロワー企業の倒産率は8%にとどまった。また、生き残ったパイオニア企業の平均的な市場シェアが10%だったのに対し、フォロワー企業のシェアは28%だった。
早期参入はたしかに重要であり、「初期の市場リーダーは長期的に非常に大きな成功を収める」が、「初期のリーダーが市場に参入したのは、パイオニア企業の平均13年後だった」と同研究は指摘する。
先行者は一定の状況下でメリットを得ることもあるが、それと引き換えに、他社の経験から学べないという手痛い代償を払う、というのが今日の定説となっている。それよりよいのは、アップルがブラックベリーを追ってスマートフォン市場にすばやく参入したように、「ファスト・フォロワー」となって、先行者から学ぶことだ。
「最大、最高、最長、最速」の甘い誘惑
人間は「最初」だけでなく、「最大」「最高」「最長」「最速」を求める野望にも駆り立てられる。これらの「最上級」を求める気持ちは、最初になりたいという野望に劣らぬほど大きな危険をはらんでいる。理由も同じだ。
シアトルの州道99号線トンネルを考えてみよう。シアトル市は今から10年前、臨港部に地下トンネルを建設して、老朽化した高架道路を地下化する計画を発表した。この試み自体は世界初ではなかったため、過去の豊富な先例から学ぶこともできたはずだった。
だがシアトル市は2階建て・往復2車線ずつの、世界最大の地下トンネルを建設することを決めた。政治家は鼻高々だった。「最大」は、「最初」に劣らぬほど話題性があり、ニュースになりやすいから、政治家にとっては好都合なのだ。
だが世界最大の地下トンネルを掘るには、世界最大のトンネル掘削機が必要だ。そんな機械は当然、過去につくられたことも、使われたこともない。これが世界初の機械になる。
シアトル市は掘削機を特注し、機械はしかるべく設計、建造、納品された。価格は8000万ドルと、標準的な掘削機の2倍を超えた。そして、全長約2700メートルになるはずのトンネルを300メートルほど掘ったところで、掘削機は故障し、世界最大の「ボトルに入ったコルク栓」になってしまった。
壊れた掘削機をトンネルから取り出し、修理してトンネルに戻し、作業を再開するのに、2年の歳月と1億4300万ドルの追加コストがかかった。シアトルの新しい地下高速道路は、当然ながら予定より遅れて完成し、コストは予算を大幅に超過し、この先も係争中の訴訟のせいでさらに膨れ上がるのは必至である。
もしシアトル市が標準サイズのトンネルを2本掘ることを決めていたら、すでに広く利用されている、したがってより信頼性の高い、既製の掘削機を採用し、機械の操作に慣れたチームを雇っていたはずだ。ただ、政治家は世界一のトンネルを自慢することはできなかっただろう。
シアトル市のような見当違いを起こしがちな理由は、政治的要因のほかにもある。それは、「経験は人に蓄積されるのであって、ものには蓄積されない。だから新しい技術を使うのは、未経験の大工を雇うのとは違って、危ういことではない」という思い込みだ。これは間違っている。実際には同じことなのだから。
ピクサー・アニメーション・スタジオのクリエイティブ・ディレクター、ピート・ドクターが、「新しいニンジンの皮むき器」を設計する方法を説明していた。皮むき器をつくる。友人が使ってみて、指をケガする。設計を変更してつくり直し、友人がまた試す。
この試行と学習の反復的プロセスを通して、皮むき器の設計は着実に改良されていく。こうしてできた皮むき器にはこれらすべての経験が盛り込まれている。皮むき器に経験を盛り込むこの方法は、ピート・ドクターがピクサーで映画をつくる方法とまったく同じだ。
それにこのプロセスは、正規の設計プロセスが終了した時点で終わらない。もし皮むき器が数百万個売れるヒット商品になり、何世代もの料理人によって使われ、使い勝手がよいために一度も設計変更されなかったとしたら、この皮むき器には、料理人たちの経験のすべてが、「保証」として組み込まれているとも言える。
これこそが、信頼性の高い技術であり、プロダクトであり、テクノロジーである。
<本稿は『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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