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「ヴェネツィア」1000年以上も栄えた共和国の滅亡に映る教訓

 ベネチア(ヴェネツィア)といえばイタリア北部に位置する「水の都」として知られます。無数の小さな島と運河の街並みに憧れ、世界中から観光客が訪れます。東京ディズニーシーの「ヴェネツィアン・ゴンドラ」を思い出す人も少なくないでしょう。

 そんなヴェネツィアはかつて共和国として1000年以上も栄えていました(697〜1797年)。どうやって興り、なぜ滅びたのでしょうか? 歴史を辿ると「どっちつかずだった」ことに行き着きます。その歴史を学ぶことで現代人にも教訓となりそうです。

 オックスフォード大学で考古学と人類学を専攻した作家、アニメ脚本家のギデオン・デフォー氏が、消えた48国の歴史をまとめた『世界滅亡国家史』よりお届けします。

「金儲け」一筋の超・資本主義国

 より正直な反応は、人をだますという800年にわたるヴェネツィアの輝かしい歴史に対して肩をすくめたり、あきらめたりすることだったかもしれない。

「すべてのイタリア人の胸の中で赤々と燃えている金儲けに対する愛情はまったく称賛に値します。あなたにヴェネツィアから長い手紙を書いたのですが、その愛情のせいで、ホテルの管理人に郵便料金を請求され、さらにほかの手紙と一緒に私の手紙も燃やされてしまいました」──これは、19世紀に金をだまし取られたメアリー・シェリー[『フランケンシュタイン』作家]の愚痴である(1)。法外な価格を請求することで、この都市は世界最強の海事共和国になったのだ。

(1)シェリーの友人であるバイロン卿は、3年間ヴェネツィアで暮らした。ヴェネツィアで彼は、狼、狐、猿、数匹の犬と猫などがいる動物園を持っていた。

 始まりは塩だった。

 塩田が水浸しになると、ヴェネツィア人は外国の塩に頼るようになった。都市の支援もあり、地元の商人は塩を集めるために熱心に船を出したが、その途中で、彼らは別の異国の品を持ち帰った。

 そしてすぐに、仲買人になる、つまり東の商品を安く仕入れて西で高く売る(あるいは西の商品を安く仕入れて東で高く売る)ほうが、自分で商品を生産するよりもはるかに儲けが大きくなることに気づいた。

 ほかの国々が宗教対立や民族対立に足を取られているなか、この高貴な共和国は「むき出しの資本主義」という獲物に目を光らせていた(2)。

(2)金儲けに熱心な人ほど、疑心暗鬼になったり、迷信深くなったりするものだ。当時、魔女や呪いといった迷信が広く信じられており、そのなかの1つに、誰かの髪を盗み、それをサソリに巻きつけ、砂の中に埋めるというものがあった。そして、サソリが死ぬと、生け贄も殺された。地元ムラーノの「ヴェネツィアン・グラス」が人気になった理由の1つは、毒に反応しやすく、害のある何かが注がれるとグラスが震えたり、ときに割れたりすると考えられたからだった。

ヴェネツィア人は競争相手を買収し、初期の銀行を設立し、ヨーロッパで最初のコーヒーを販売した。ほとんどの地域で禁止されていた金貸しは、何のペナルティもなしにヴェネツィアで店を開くことができた。

中立は決して「安全」ではない

 国家元首である総督ドージェは、お決まりの宗教的装飾をすべて持っていたが、その正体は、貴族の役員会を取り仕切る「ヴェネツィア法人」の長だった。

 およそ1500隻の商船隊が、ヴェネツィアがパドゥア、ヴィチェンツァ、キプロスまで領土を少しずつ拡大していくのを助けた。

 しかし、ほとんどの場合、共和国は征服によってではなく、完全な信頼によって大きくなった。ヴェネツィアの契約は、他国の契約よりも信頼でき、ネットワークも優れていた。

 どの国も本音では隣国との友好関係を維持したいと考えていて、それがヴェネツィアの金儲けにプラスに働いたのだ。

彼らの武器である「中立性」は、ビジネスにおいては非常に役に立ったが、のちに彼らに牙をむくようになる。

 ヴェネツィアは、ナポレオンの仇敵だったオーストリアとも、ナポレオン率いるフランスとも良好な貿易関係を維持しようとしたが、結果として、両国を苛立たせることになった。

 この時期、ヴェネツィアの正式な海軍には11隻の船しかなく、ナポレオンは、やすやすと侵攻した。パニックになった総督は退位し、共和国はオーストリアとフランスに分割された。

 このとき、ヴェネツィアは自分たちが「敵対的買収」[合意なき買収]のターゲットであることに気づいたのだった(3)。

(3)「金のない者は歩く死体である」──古いヴェネツィアのことわざ

ヴェネツィア共和国<697〜1797年>
人口:約18万人(1490年頃)
言語:イタリア語、ヴェネト語
通貨:ヴェネツィア・ダカット、リラ
滅亡原因:ナポレオン
現在、イタリアの一部

<本稿は『世界滅亡国家史』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock


【著者】
ギデオン・デフォー(Gideon Defoe)
作家、アニメ脚本家

【訳者】
杉田 真(すぎた・まこと)