GEが人材を圧倒的に成長させる「鍛え方」の秘訣
ビジネスの世界では「特別な理由はわからないが、同業界あるいは異業種に人材を輩出している」という会社があります。GE(ゼネラル・エレクトリック)もその一つ。その秘訣とは――。
『新版 究極の鍛錬』よりお届けします。
人事と究極の鍛錬
すべての企業が偉大な存在になろうとしているわけではない。それが厳しい現実の姿だ。しかし、究極の鍛錬の原則は、本当に偉大になろうとした企業にとって何が必要かを明確に示している。
一方、沈まないように懸命に水面下で足をかいていて、壮大な構想を考える余裕などない企業オーナーや経営陣が、究極の鍛錬の原則を採用するこ「とで現状を大きく改善する可能性がある。
事実こうした原則を採用することで、それまで希望を失っていた企業が本当に偉大な企業になることを思い描けるくらいに変わる可能性もある。究極の鍛錬の原則が組織で採用されれば大いに役立つのだ。
にもかかわらず、多くの企業はこうした原則を採用していない。この事実は単なる機会損失以上のことを意味している。むしろこうした原則を採用することが、企業の生き残りには今や不可欠となっている。
これまで重要な要素とされてきた規模の経済性や特許保護などではなく、組織の人材の能力が事業の成否を決める時代になっている。しかもグローバル経済では、これまでよりも能力基準の向上がより迅速かつ広範に起こっており、能力の劣る企業に残された場所はない。今や組織が究極の鍛錬の原則を本格的に採用しはじめることには、十二分すぎる理由がある。しかし、実はもっと他にも究極の鍛錬の原則を採用すべき理由がある。
職業能力開発に重きを置く若者も
企業が今日、将来の成功を託すもっとも能力の高い若手従業員の中には、自分たちの能力の向上を支援するよう企業に強く求めている者が多い。
今の若者は、多くのCEOたちよりもいち早く現在の新しい経済の本質を理解しているようにみえる。だからこそ企業に向かって従業員の能力開発を続けるように強く要求している。
究極の鍛錬の原則をうまく応用してきたキャピタル・ワン・ファイナンシャルの最高幹部は新たに採用された人たちは、継続的に職業能力開発ができるということにもっとも、もしくはそれに準ずる優先順位を置き、就職先を決めていると言った。他の多くの人事部長も同じ現象が起きていると報告している(就職の決定基準として報酬は上位3位にはけっして入らない)。
若手の能力向上研修が採用のポイントとなる
究極の鍛錬の方法を組織的にもっともうまく活用している先駆者のGEは、こうした新しい雇用環境の変化に対応してきており、とりわけ高い潜在能力をもつ従業員をこれまでよりずっと早い時期に、同社で有名なクロントンヴィル・リーダーシッププログラムに参加させている。
元CEOのジェフリー・イメルトは将来の幹部候補として見込みのあるトップの人たちをひきつけるには、早期選抜によるリーダーシップ研修が「強い売りになっている」と語っていたが、現在も同様である。
先駆的な企業数社が、数年前から究極の鍛錬の原則を研究し、適用しはじめている。その好例の一つが、医療製品メーカーのビー・ブラウンが採用した製品売上アップの方法だ。その製品は専門的で複雑だったため、販売員はその仕組みや使用方法、医師や病院への売り込み方について、大規模なトレーニングが必要だった。
同社は、これまでのようにセールスパーソンにそのような内容をすべて学ばせるのではなく、彼らにそれを学んだうえ、教えられるよう準備をさせた。
究極の鍛錬に関する所見に合わせて、営業チームは6週間にわたって、マネージャーから何時間もコーチングとフィードバックを受けながら、自分の営業プレゼンテーション型となるまで準備、練習、修正を行った。ビデオ撮影によってさらにフィードバックが行われた。
その結果、営業担当者は、それまでのどの教材よりもはるかに完璧に教材をマスターした。同社はまた、医療用シミュレーション機器を使った製品の使用方法についても営業チームを訓練したが、これもまた、集中的な努力、反復、フィードバックによって既存のスキルのレベルを押し上げるという、究極の鍛錬の原則に沿ったものであった。
会社の幹部が私に説明してくれたように、結果は「驚くべきもの」だった。この製品の売上は、従来の1・5%増から毎年10・5%増に伸びた。トレーニング前は、製品を試した顧客の約25%がその製品に買い換えただけだったが、営業チームのスキル向上後、2008年の不況期にもかかわらず、95%の顧客が買い換えに応じた。
この実験には典型的な二つの重要な側面がある。
第一に、営業マンたちが不満を口にした点だ。ある幹部が私に語ったところによると、必要とされる時間と作業について以前よりも営業担当者から「かなりの反発があった」そうだ。よくあることだが究極の鍛錬は難しく、人々を不快にさせる。
第二に、その価値は十分にあった点だ。よく知られているにもかかわらず、ほとんど行われることのないプロセスを通じ営業担当者のスキルを向上させることで、この会社は歴史的な不況の中、売上と利益を数百万ドル増加させた。
この成功に気をよくしたビー・ブラウンは、顧客に対して究極の鍛錬に基づく自社製品の使い方のトレーニングを始めた。このプログラムは非常に成功しており、ある幹部は私にこう言った。
「私たちは、その病院の看護師が私たちと一緒に研修しないかぎり、その病院との契約はとらないのです」
それくらい、同社は病院の看護師がそのトレーニングを評価してくれると確信をもっているのだ。
卓越した企業はどのように究極の鍛錬を応用しているのか
今や人材開発で名をはせることが思った以上に価値があることに組織は気づきはじめている。こうした評判をとれば、企業は「一番優秀な人材を採用することができる」とRBLコンサルティングは報告している。大学やビジネススクールのもっとも優秀な人材をひきつけるためにもっとも有利なことなのだ。
見込みのある卒業生を継続的にひきつけ、そうした人材の能力をさらに開発することで、企業はよりいっそう高い業績を上げ、さらに素晴らしい卒業生をひきつける結果になる。企業はこの好循環で毎年圧倒的に強い存在になっていく。究極の鍛錬の原則を採用する組織内のエリート集団はいくつかの主要なルールに従っている。
仕事で限界に挑ませ成長させる
これはまさにスポーツのコーチや音楽の教師が生徒の課題選択をするときのように、もっともすぐれた組織は学び手の現状の能力を少し超え、限界に挑戦するような適切な課題を提供する。イーライリリーの前CEOジョン・レックライターは人材育成モデルを次のように説明していた。
「人材育成の成否の3分の2は慎重に選んだ人事ローテーションで決まり、残りの3分の1はメンターやコーチとの一対一の指導(このことについては後でより詳しく検討することとする)で決まる。教室での座学による人材育成の役割はほんの少ししかない」
人事ローテーションを通じた人材育成は理論としてはわかりやすいが、実行となると困難だ。組織は人材がそれまで得意だった部分を生かして人事ローテーションを行い、能力開発を目的に人材配置などはしない。
企業は激しい競争にさらされているので、現在卓越した業績を上げている人材をその部門から引き揚げ、本人が苦労するかもしれない部門に投入することはなかなかできない。これが成功するためにあらゆる企業が立ち向かわなくてはならない組織内の緊張だ。
GEほど究極の鍛錬の原則を中心に従業員のキャリア開発で成功している企業はない。GEは他社に比べ一つの優位性をもっている。GEは、他社のいずれと比べてみてもほとんど負けることのない幅広い事業分野をもっている。世界水準でみても他者からうらやましがられるほどもっとも熟達した経営陣を生み出しており、その際究極の鍛錬の原則のもつ利点を十分活用している。
GEがもつ人材開発の秘密兵器の一つがペンシルベニア州エリーにあり、機関車の製造をしている「GE運輸(GE Transportation)」の経営を担わせることだ。機関車の購入は、顧客にとっては大きな意思決定だ。だから同社の経営者は顧客先のCEOと直接交渉にあたるという経験を積む。同社には労働組合があるので、組合との交渉も学ばなくてはならない。取り扱っている製品はそのサプライチェーン(供給網)と同様に複雑で、経営者として学んだことがより広く応用できる環境になっている。
エリーはかなりのへき地であるため、勤務地としては魅力に欠けるが、全国的なメディアの注目にさらされることもない。またビジネスリーダーとして万が一失敗してもGEの規模が十分に大きいので、同社の失敗がGE全体の最終損益にあまり影響を及ぼすことはなく、問題の解決を図ることができる。
経営を学び、経営者としての自己の能力開発が求められるストレッチジョブ(自己の能力の限界に挑戦することが求められる仕事)へマネージャーを意図的に配置するのは、成功している多くの企業が採用する人材開発手法だ。しかし、それを採用するだけで自動的に機能するわけではない。
危機時は通常時よりも10倍学べる
ここで記述した人事ローテーションを効果的に実行するために別の訓練も併せて採用することが必要となる。しかし、能力開発に取り組む従業員が現場で意思決定することが、従業員の成長のために中心的な訓練であることをこうした企業は理解している。
具体的にどのような経験が必要かを詳細に規則化している企業もある。たとえば、二つ以上の地域や二つ以上の事業部門を経験する必要があるといったぐあいだ。また非公式であるものの、究極の鍛錬の原則を守っている企業もある。
経営陣となった者はたいがいもっとも厳しい経験、すなわちもっとも困難だったストレッチジョブが一番役に立ったと報告している。2000年から2010年、そして再び2013年から2015年にCEOを務めたP&GのA・G・ラフリーは、日本が阪神・淡路大震災の被害を受け、アジア経済が崩壊した時期に同社のアジア地域の統括責任者だった。その経験を振り返り、「危機のときは通常のときよりも10倍の学習ができる」ことを発見したと語っている。
ラフリーは偶然に危機の経験に遭遇した。危機をつくり出すことはできないが、危機のときに経験する内容を意識的につくり出すことはできる。1988年、GEでは危機的状況が進んでいた。GEの何百万台という冷蔵庫のコンプレッサーに不良があり、交換する必要があったからだ。
CEOのジャック・ウェルチと人事の最高責任者であるビル・コナティは相談のうえ、ジェフリー・イメルトを世界でもっとも大規模となった当該製品のリコールの責任者に任命することを決定した。イメルトは次のように語っている。
「それはまるでハリケーンのようだった。しかし、ウェルチとコナティは自分たちが何をしているのかよくわかっていた。私がもしあの仕事をしていなければ、今日CEOの職には絶対就いていないだろう」
<本稿は『新版 究極の鍛錬』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock
【著者】
ジョフ・コルヴァン(Geoff Colvin)
フォーチュン誌上級編集長
【訳者】
米田 隆(よねだ・たかし)
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