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モーニング娘。の「鬼コーチ」が限界に挑ませた真意

 昨年6月に亡くなった夏まゆみさん(享年61)。ダンスプロデューサー/指導者としてモーニング娘。やAKB48、宝塚歌劇団、吉本印天然素材、マッスルミュージカルなど団体から個人に至るまで数多くのアーティストの振り付けを手がけられたことで知られています。

 独自の教育法による指導者としても注目されていた夏さんにはいくつかの著書がありますが、代表作のひとつがサンマーク出版から発刊された『エースと呼ばれる人は何をしているのか』です。

 夏さんがAKB48やモーニング娘。といった国民的アイドルをどう育てたのか、彼女たちにどんな指導をして、どんな言葉をかけていったのかなどの経験を通して、一般のビジネスパーソンにも共通する「成功する人」の秘密を綴っています。

 もし、成功する人は少数で、成功しない人のほうが多数だと思っているなら、それは大きな誤解です。なぜなら、本来は成功する人が「多数」で、成功しない人のほうが「ごく少数」だからです

 こんな書き出しから始まる本書の中から一部を抜粋し、夏さんが着目していた人間の「底力」を引き出すため、モーニング娘。の「鬼コーチ」をあえて演じていたという秘話をご紹介します。以下、本書より抜粋です。

『エースと呼ばれる人は何をしているのか』(サンマーク出版) 夏まゆみ
『エースと呼ばれる人は何をしているのか』

歴史の長いグループは、あとから入るメンバーほど苦労する

 2011年、久しぶりにモーニング娘。のオーディション合宿に参加しました。

 10期オーディションを目的としたその合宿の模様は、テレビ東京系の『ハロプロ!TIME』で逐一放映されたので、ご覧になった方もいるかもしれません。

 例によって私のスパルタぶりがきわだつ編集だったわけですが、とはいえ、このときは私も意識的に「鬼コーチ」を演じていました。合宿に参加した女の子たちを徹底的に追い込む必要があったからです。

 モーニング娘。のような歴史の長いグループは、あとから入るメンバーほど苦労するようになっています。

 立ち上げ期のメンバーなら自分たちの曲さえできればいいのですが、10期生として加入した場合は、初代から現在までのすべての曲を覚えなければならないからです。

 だからいまこのタイミングでモーニング娘。に入るというのは本当に大変なことなのですが、そこまでの覚悟をもって応募してくる子はまずいないし、採用する側も応募書類を見ただけでは彼女たちが本当に「頑張れる人」なのかはわかりません。

 そこで鬼コーチが登場し、彼女らをひたすら追い込んで、どれくらいの「底力」が出てくるかを試すというわけです。

 底力そのものは、誰にでも備わっています。どんな人でもギリギリまで追い込まれれば必ず底力を出してきます。

 ただ、このとき合宿審査に参加した10名はほとんどが小中学生であり、生まれてこのかた〝死にもの狂い〟で頑張った経験をしていません。だから自分がどれほどの力を持っているか気づいていないし、その力をどうやって出せばいいのかも知りません。

 そんな子から底力を引き出すには、やはり限界まで追い込む必要がある。

 鬼コーチにギリギリまで追い込まれて、何度も「もうムリだ」と思ったけれど、やってみたらムリじゃなかった、もっと力が出せた──。そうなったとき、彼女たちは初めて自分が持つ底力の大きさを知り、自信を持つことになるのです。

眠っている「底力くん」に会いに行きなさい

 じつをいえば、自分の「底力」を知らないのは10代の子ばかりではありません。

 20代、30代の若手ビジネスマンはもちろんのこと、40代以上の管理職レベルの人でも、自分がどこまで頑張れるのか、限界まで頑張ったときにどれくらいの力を出せるかを知っている人は、ほとんどいないのではないかと思います。

 私は以前、AKB48グループの上海拠点となるSHN48への移籍が決まっていた宮澤佐江を激励するために、イベントでこんなメッセージを送ったことがあります。

<人間には、すごい底力が備わっています。底力というとなんだか怖いイメージがするので、私は「くん」をつけて呼んでいます。

「底力くん」はみんなの中にいます。

「底力くん」は、つらいとき、大変なときしか出てきてくれないけれど、間違いなくみんなの中にいます。

だから、つらいとき、大変なときは「やった! 〝底力くん〟が出てくるぞ!」って捉えよう。

一番つらいときこそ「底力くん」に会って成長するチャンスなんだよ。
「底力くん」に会えた自分は、大きな自信がついて、もっと頑張れるようになるからね。

だからもっともっと、自分の「底力くん」に会いに行きなさい──。>

 驚いたのはその反響の大きさです。

 イベントの模様が放映された日以来、ブログへの書き込みやメール、事務所への手紙などで、たくさんの人が感想や相談を寄せてくれるようになりました。年齢も職業も状況もバラバラでしたが、その多くは、私の言葉で初めて「底力くん」の存在に気づいたという方々からのお便りでした。

「私にも『底力くん』は備わっていますか?」

「これから僕も『底力くん』に会いに行きます!」

 そんなふうに多くの人が「底力くん」の存在に気づき、「底力くん」に会いに行くと言ってくれたのは、本当にうれしいことです。

 けれどもそれは裏を返せば、彼らはそれまで「底力くん」を知らなかったということでもあります。

 自分に底力があることを知らなければ、「どうせやってもムダだろう」とチャレンジする前からあきらめてしまったり、「いまでも十分頑張っている」と限界より前のレベルで満足してしまったりしがちです。

 つまり、自分に自信が持てずに足踏みしてしまうのです。それではエースとして輝くことはもちろん、自分の力を十分に発揮することはできません。

 だから、まずは自分の「底力くん」を知ること!

 そうすればあなたは現在よりもっともっと「本気の力」を出せる人になるのです。

一発勝負の本番で実力を出しきる秘訣とは?

「底力くん」に出会うことは、結果を残すことよりもはるかに大切です。

 たとえば先述のモーニング娘。10期オーディションに参加した少女たち──。彼女らは合宿中にものすごい底力を見せてくれましたが、それでも本番で100%の力を発揮することはできませんでした。

 この手のオーディションでは、プロデューサーが合宿の現場に足を運ぶことはほとんどありません。応募者たちは合宿のプロセスと成果をカメラの前で披露し、プロデューサーはそのVTRを見てジャッジします。

 つまり応募者にとっては最後のVTRの撮影がある種〝本番〟ということになります。

 彼女たちのほとんどは、ここで失敗してしまいました。緊張のあまり歌詞が飛んだり、踊りを忘れて立ちつくしたりする子が続出し、最終オーディションが終わった段階で「悔いが残っている人はいるか?」と質問すると、10人全員が手を挙げました。

 それでもかまわないと私は思います。

 なぜなら彼女たちはこのオーディションでたくさんのことを勉強できたからです。

 本番で十分に実力を出しきるためには、どれだけ練習しなければいけないのか。

 それに対して、いかに自分の練習量は少ないのかということ。

 そしてすべての辛苦に耐えるものとして、自分のなかにものすごい「底力くん」が眠っていること。

 だけど、その「底力くん」は限界まで努力しなければ出てこないこと。

 いちばん頑張らなければならない本番で悔いなく「実力」を出しきるために、いかに練習を「底力くん」で乗りきることが大切か。

 それがわかっただけでも大収穫だと思います。

 彼女たちにとって人生のゴールはオーディションではないし、この先も同じように試される場面はたくさんある。そんなとき、このダンス合宿で学んだことが必ず役に立ちますし、きっと悔いのないようこれまで以上に全力を出しきってくれることと思います。

 ビジネスマンのみなさんであれば、こんなふうに考えてみてください。

 大きなコンペに挑むべく必死で準備を進め、その過程で「底力くん」に出会うことができた。しかし最後のプレゼンがうまくいかず、受注には至らなかった──。

 それはたしかに失敗ではあるけれど、その挑戦が無意味だったわけではありません。限界まで頑張って底力を出せたことは自信につながるし、そこまでやっても失敗したのはなぜかと分析すれば、自分には何が足りないのか、これからどんな努力をすればいいのかも見えてきます。

「自己を確立し、自信を持ち、前に向かって進む」

 エースの条件の1つは「自信」を持つことですが、これがなかなかできずに悩み、前に進めない人がたくさんいます。また、前に進めない人の多くが、なぜ前に進めないのかと悩んでいますが、その原因の多くが、この「自信」の欠如です。

 そのことからもわかるように、「自信」はエースの資格の3要素のなかでも難しい要素といえます。ただ、その難しさは「自信の持ち方」を知らないからであり、それを知ればあとは努力すれば確実に実力も自信もついてきます。

「底力くん」に出会うことはその「自信」をもたらす最良の手段であり、これから自分がどうすればいいのか、努力の「方向」をも示唆してくれる有効な手段でもあるのです。

<本稿は『エースと呼ばれる人は何をしているのか』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock


【著者】
夏まゆみ(なつまゆみ)
ダンスプロデューサー/指導者。1962年神奈川県生まれ。1980年渡英以降、南米、北米、欧州、アジア、ミクロネシア諸国を訪れオールジャンルのダンスを学ぶ。1993年には日本人で初めてソロダンサーとしてニューヨークのアポロ・シアターに出演し、絶賛を浴びる。1998年、冬季長野オリンピック閉会式で老若男女数万人が一度に踊るための振り付けを考案・指揮する。吉本印天然素材、ジャニーズ、モーニング娘。、宝塚歌劇団、AKB48、マッスルミュージカル等、団体から個人にいたるまで、手がけたアーティストは300組に及んだ。独自の教育法による人材育成、ならびに飛躍に導くその手腕から、近年、「ヒトが本来持つ道徳観に基づいた人間力向上」の指導者としても注目を集めた。2023年6月21日、逝去。

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