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「認知症って、私たちが思っているのと全然違った」認知症専門医とデザイナーが見つめた"当事者の世界"
65歳以上の約7人に1人が認知症といわれる時代。しかし、私たちは本当に認知症のことを理解しているでしょうか? 認知症の正確な知識がないのにも関わらず、必要以上に認知症を恐れている人もいます。
この認知症というテーマに独自のアプローチで向き合い、医療とデザインのそれぞれから新しい視点を提示している2人がいます。「認知症のある方が実際に見ている世界」をスケッチと旅行記の形式でまとめた『認知症世界の歩き方』(ライツ社、2021年)の著者で特定非営利活動法人イシュープラスデザイン代表の筧祐介さんと、認知症の思い込みやイメージの偏りに一石を投じる1冊として今年1月に発売を迎えた『早合点認知症』(サンマーク出版)の著者で、認知症専門医の内田直樹さん。
お二人の対話から私たちが気づいていなかった"当事者の世界"が見えてきました。
(司会:武政秀明/SUNMARK WEB編集長)
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認知症世界を「旅する」
武政秀明(以下、武政):お二人はもともと交流があったそうですね。
筧裕介(以下、筧):のちに『認知症世界の歩き方』として書籍化された連載をウェブで始めた頃に、認知症関連の学術的なイベントでご一緒する機会がありました。
内田直樹(以下、内田):そうでしたね。その後、筧さんが『認知症世界の歩き方』を出版された際に、私に献本してくださいました。特に印象的だったのは、私の顔写真が入った専用の帯を用意してくださったことです。そもそもこの本の設定のデザインが面白い。
一見なんだかわけのわからない行動をしているような印象の人からは、実はこんなふうに世界が見えている。であればこんな行動するのは当たり前だと。エピソードだけ文章で書き出して説明しても全然キャッチーじゃないと思うんですけど、認知症世界って設定があり、そこを旅人が旅するという設計で表現したことに多くの人が共感した。筧さんの持つデザインの力に驚かされました。
認知機能のトラブルは誰もが日常的に経験している

特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表
武政:筧さんは、なぜデザインの視点から認知症に関心を持たれたのでしょうか?
筧:デザインって基本的に人の認知に働きかけるものなんです。人が正しく目・耳・肌など五感で判断して、適切な行動を促すのがデザインの役割。例えば、トイレのサインひとつをとっても、いかに自然な形で気づいて行動してもらえるかを考える。そういう意味で、認知機能とどう向き合うかは、以前から関心がありました。
実は私自身、発達障害の傾向が強くて。記憶も怪しいですし、色々日常生活で問題を抱えています。だから認知症の方々へのインタビューをしていると、「わかる、わかる」と共感することが多かったんです。例えば、いろんなことが気になってしまって何か一つのことができないとか、色々なものを色々な場所におき忘れてきてしまったりとか。
多くの人にとって自分の今の状態と認知機能にトラブルを抱える認知症は全く切り離されています。ただ、認知機能のトラブルというのは、実は私たち誰もが日常的に経験していることなんです。たとえば疲れている時や、緊張している時。お酒を飲んで酔っぱらった時の状態を思い出してください。メニューの文字が読みづらくなったり、家に帰る道順を間違えたり。
武政:身に覚えがあります…。
筧:そういった経験は、認知症の方が日常的に感じている困難さを理解する助けになります。個人によって認知機能も得意なことと不得意なことがあります。認知症ではなくても、他人の顔をなかなか覚えにくい人もいます。これが認知症として進むと、『認知症世界の歩き方』で描いた、イケメンも美女も、見た目が関係ない社会「顔無し族の村」を旅している状態になる。
武政:認知症の人もそうでない人も、本当は地続きなんですね。
筧:その通りです。
認知症は「早合点」されている
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認知症専門医、医療法人すずらん会たろうクリニック院長、精神科医、医学博士
武政:内田さんは今回、『早合点認知症』というタイトルで初の著書を執筆されました。
内田:ネガティブな認知症のイメージをどうやったら変えられるかというのが大きなテーマです。一般の人だけでなく、医療や介護に携わる人においてもそうで、認知症に偏見をもち、誤解している人はとても多く肝心なことが知られていません。
武政:肝心なこととは?
内田:認知症は実は治療ができる場合があること、そして、誤診の危険が身近にあること。残念ながら、多くの人の認知症観は、実際と大きくズレていて、偏見や誤解を背景に生まれた認知症観と課題な心配を、私は「早合点認知症」と呼んでいます。
私はもともと、認知症の専門医として主に在宅医療に取り組んできました。病院に行きたくないという中等度から重度の認知症の方を多く診てきたんです。在宅医療における認知症の専門医の役割は非常に大きいと感じていました。
ただ、数年経つと「もっと早い段階で何かできないか」という思いが強くなってきました。特に福岡で仲間がたくさんできて、福岡市を認知症フレンドリーの町にするという取り組みを始めたんです。そこから7、8年経ちましたが、その中で感じている最大の課題が、一般の人の認知症のイメージが悪すぎることなんです。
武政:具体的にはどういった点で?
内田:太陽生命保険の子会社、太陽生命少子高齢化社会研究所が昨年9月に実施した「認知症に関する調査」では、全国の30〜70代の男女1.8万人に聞いた最もなりたくない病気第1位が「認知症」。第2位の「がん」と大差をつけました。まず認知症になると何もわからなくなるというイメージがあります。
実際、自分のおじいちゃんやおばあちゃんもみんな認知症になる。軽度の段階だと認知症とは思わず、年のせいだと。その後に重度の認知症になってしまうと、そこで何もわからなくなる。ここだけを強調してしまいますが、実際には認知症とは「グラデーションをもったもの」です。
メディアが作り出す認知症像の偏り
武政:認知症に対するイメージは実態と大きく異なっている。
内田:メディアの影響が大きいですね。具体的には、「認知症予防にはこれ」といった記事が読まれやすく、キャッチーなので、そういった情報が強調されがちです。認知症の人のわけがわからない行動にどう対処するかという両極端です。そのベースには「認知症になったら大変だから予防しよう」という考えがあります。ほかにもさまざまな要因が認知症に対する誤解を生んできた面があります。
筧:映画やドラマの描き方も大きな問題だと思います。実は私たち、今映画を作ろうとしているんですが、認知症は非常に扱われやすいテーマなんです。ただし、そこでは必ず「認知症という謎の病に冒された悲劇の主人公」と「それを献身的に支える家族」というパターンが繰り返されている。クリエイターにとって作りやすい題材として定着してしまっているんです。
内田:そうですね。ドラマや映画に登場する認知症の人は、ほとんどがアルツハイマー型認知症として描かれています。確かに6〜7割はアルツハイマー型なのですが、それ以外の認知症もあるということも理解してほしいですね。
武政:世間の認知症に対する意識にも人によってグラデーションがある。
内田:たとえば公民館で認知症の知識について講座を開いても、来てくれる人って意識の高い人たちなんです。実は、そういう方々こそ認知症のリスクが低い。人と話をして、体を動かして、お腹が減るのでご飯を食べて、という良い生活リズムがあるから、むしろ大丈夫です。むしろ、そうではなく認知症のリスクが高くて、講座を受けに来ないような本当に情報を届けたい人たちになかなか届かないというジレンマがありました。今回、それを書籍として一般に広く届けられるようになったのは、大きな意義があります。
筧:私も同じような経験があります。私の周りには社会課題に関心の高い人が多いのですが、彼らですら認知症については関心が薄い。本を献呈しても、両親が認知症になったといった個人的な経験がない限り、なかなか読んでもらえないんです。
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見落とされていた"生活者"としての視点
武政:筧さんは『認知症世界の歩き方』を書くにあたって100人もの認知症の方にインタビューを実施されたそうですね。
筧:私にとって最大の衝撃は、認知症の方の「生活者」としての視点がほとんど研究されていないことでした。私はもともと広告の人間なので、消費者の視点で物事を見るのが当たり前。認知症の方が日常生活でどんな困りごとを抱えているのか、生活者としての視点で整理しようとしたんです。
ところが驚いたことに、そういった研究がほとんどないことがわかった。医療や介護の現場からの「中核症状」「周辺症状」という分類はあるのですが、これは完全に外からの視点でしかない。認知症の方の生活全体を見渡した研究がなかったんです。
内田:私も筧さんのその指摘には目から鱗でした。臨床医として「早合点」してしまっていた部分があることに気づかされました。
筧:私たちは生活を11の領域に分けて整理したのですが、その中で健康・医療は11分の1に過ぎない。この視点を発表した時、多くの専門家から驚かれました。それだけ、医療や介護の文脈でしか認知症を捉えていなかったということなんでしょう。
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現代社会のシステムが生み出す困難
内田:医療には限界があります。治療可能な認知症を見逃さないことは重要ですが、薬で悪くなっている人もたくさんいるんです。ヒポクラテスが言った「Do No Harm(余計なことはするな)」という言葉があるように、むしろ余計な治療をしないことが大切な場合もある。
武政:筧さんは認知症の人が生活に困難を抱えている原因の大半がデザインにあるとご指摘されています。
筧:都市の近代化が進むほど、認知機能に過剰な負担をかけるものが増えているんです。認知症は認知機能が衰えたことによって生活が困難になる状態です。1人暮らしで農業をしながら、近所のスーパーで買い物して、郵便局でお金をおろして生活している限りは、かなり認知機能が低下していても、そんなに生活に困らないんです。
ただし、近所のスーパーが無人レジになってしまったり、ATMしか使えなくなったりすると、途端に生活が困難になる。これは、その人の症状が悪化したわけではなく、環境の変化が生活を困難にしているんです。
新しい認知症観に向けて
武政:政府の「認知症施策推進本部」は「認知症施策推進基本計画」を策定し、昨年12月に閣議決定しました。「認知症は誰もがなり得る」と明記して、「認知症になったら何もできなくなるのではなく、希望を持って自分らしく暮らし続けることができる」という「新しい認知症観」を打ち出しました。
内田:国が「新しい認知症観」を打ち出したことは、現場にいる私たちにとってもとてもありがたいことでした。認知症基本法の制定もあり、これまでのネガティブなイメージを変えていこうという流れは、ある意味自然なものだと感じています。
筧:私も全く同感です。認知症のイメージが変わらない限り、何も動かないという実感があります。『認知症世界の歩き方』のプロジェクトはそのためのものでした。
内田:医療にできることは限られています。でも、そこを正しく理解した上で、社会全体で支え合う仕組みをつくることはできるはずです。
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【プロフィール】
筧 裕介(かけい ゆうすけ)
特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表
1975年生。一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。慶應義塾大学大学院特任教授。2008年ソーシャルデザインプロジェクトissue+design を設立。以降、社会課題解決のためのデザイン領域の研究、実践に取り組む。2017年より認知症未来共創ハブの設立メンバーとして、認知症のある方が暮らしやすい社会づくりの活動に取り組む。 代表プロジェクトに、東日本大震災のボランティアを支援する「できますゼッケン」、妊娠・出産・育児を支える「親子健康手帳」、300 人の地域住民とともに未来を描く「みんなでつくる総合計画」、認知症とともにより良く生きる未来をつくる「認知症未来共創ハブ」、他。 GOOD DESIGN AWARD 2019 BEST100「SDGs de地方創生」カードゲーム開発者。 日本計画行政学会、学会奨励賞、グッドデザイン賞、D&AD(英)他受賞多数。著書に『地域を変えるデザイン』、『ソーシャルデザイン実践ガイド』、『人口減少×デザイン』、『持続可能な地域のつくりかた』『認知症世界の歩き方』など。
内田直樹(うちだ・なおき)
認知症専門医。医療法人すずらん会たろうクリニック院長、精神科医、医学博士
1978年長崎県南島原市生まれ。2003年琉球大学医学部医学科卒業。2010年より福岡大学医学部精神医学教室講師。福岡大学病院で医局長、外来医長を務めたのち、2015年より現職。認知症の専門医として在宅医療に携わるかたわらで、福岡市を認知症フレンドリーなまちとする取り組みを行なっている。NPO地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク常任理事、日本老年精神医学会専門医・指導医・評議員、日本在宅医療連合学会専門医・指導医・評議員、など、認知症や在宅医療に関わる団体において役職多数。自身でもプログラミングを行うなど、テクノロジーの活用にも積極的である。編著に『認知症プライマリケアまるごとガイド』(中央法規)がある。
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(取材・構成:武政秀明/SUNMARK WEB編集長、編集:サンマーク出版 SUNMARK WEB編集部、撮影:吉濱篤志/フォトグラファー)