見出し画像

赤ちゃんの寝かしつけ、「泣かせっぱなし」を心配しなくていい根拠

 赤ちゃんが生まれたばかりの親にとって、「寝かしつけ」は悩ましいことの一つでしょう。一般的になかなか自分で寝てくれない赤ちゃんは少なくありません。

「泣き始めたら抱っこしてあやして泣き止んだらベッドに戻す」あるいは「しばらく泣かせておく」。どちらの寝かしつけが良いのでしょうか。

 親としては赤ちゃんが泣きっぱなしになってしまうことに後ろ暗さもあるかもしれませんが、「泣かせる寝かしつけ」が有効という研究結果はたくさんあります。

 経済学者が膨大なデータにあたったうえで得た知見と、自身の子育て経験を交え、全てに科学的根拠を求めた『米国最強経済学者にして2児の母が読み解く子どもの育て方ベスト』よりお届けします。

『米国最強経済学者にして2児の母が読み解く子どもの育て方ベスト』

「泣かせる」寝かしつけとは?

 「泣かせる」(cry-it-out)寝かしつけとは、基本的に夜、赤ちゃんを1人でベッドに寝かせ、夜中に目覚めてもまた自力で眠れるようにする方法だ。これをすると、赤ちゃんは初めのうちはある程度泣くことから「泣かせる」寝かしつけといわれている。

 基本は同じでも、メソッドによって変わってくるのは、親が赤ちゃんの様子を確認しにいくかどうか、泣かせておく時間、目標とする睡眠時間、親が赤ちゃんと同室で(抱き上げることはしないで)眠るかどうかなどだ。

「泣かせっぱなし」派の専門家、「逐一あやす」派の専門家

 それとは別に、おおむね泣かせておくことは避け、あまり泣かずに1人で寝つくことを赤ちゃんに教えるというメソッドもある。それでも多少、泣かせることにはなる(何せ赤ちゃん相手なので)。

 もちろん、泣かせておくのは絶対にいけないという第3の道もある。

 これは「アタッチメント・ペアレンティング」[愛着育児法]の信奉者の間で強く支持されている。提唱者であるウィリアム・シアーズ博士の名前が出されることも多い。博士は、カリフォルニアの小児科医で、30冊以上の育児書を世に出している。

 基本的な考え方は、子どもが泣くのは母親を必要としているからであり、泣かせておくのは残酷だということだ。

 それだけではない。アタッチメント・ペアレンティングは、添い寝も勧めている。つまり、子どもを1人で寝かせようとしないので、ねんねトレーニングは必要ないのだ。子どもが一緒のベッドにいれば、わざわざ起き上がって対応しなくてもいい。子どもがいるほうに寝返りを打ち、口におっぱいをふくませて、また眠ればいい、というのが支持者の意見だ。

 添い寝をすれば、ねんねトレーニングは選択肢には上がらないだろう。

 だが、添い寝せず、加えて赤ちゃんが別室で寝ている場合、2時間おきに、授乳・抱っこ・お願いだから眠ってと懇願、を繰り返していると、ねんねトレーニングは魅力的に思えてくるかもしれない。

あやす派は「孤児院の事件」を根拠にする

 ところが、だ。インターネットですぐに見つかるのが、ねんねトレーニングに警鐘を鳴らす様々な記事だ。子どもに長期的に幅広いダメージが及ぶというのだ。

 グーグルで「cry it out」と検索すれば、検索結果の最初のページで心理学者のダーシャ・ナーヴァイズ博士の「『泣かせる寝かしつけ』の危険性──子どもとその関係への長期的悪影響」と題する論文が見つかる。内容は題名から予測される通りで、泣かせる選択をする親のわがままな理由と、その結果生じうる長期的な心理学上の問題が詳しく述べられている。

 「泣かせる寝かしつけ」反対派の懸念は、主に赤ちゃんが見捨てられたと感じ、その結果、母親に対し、ひいては誰に対しても愛着形成に困難を感じるようになるというものだ。

 この考え方は、どこから来ているのだろうか。

 ルーマニアの孤児院だ。

 ルーマニアでは、チャウシェスク政権下の1980年代、人口増加政策の深刻な失敗から数万人の子どもたちが孤児院に放置された。

 子どもたちは、食料不足、身体的・性的虐待などから、悲惨な窮乏生活を送っていた。そのうえ、乳幼児期から大人との接触はほとんどなかった。何年もベッドに放っておかれ、人とのふれあいはほぼ皆無で、その結果身体の発達が大幅に遅れ、精神的にも、心理的にも大きな痛手を負っていた。子どもに面会した研究者たちは、多くの子が他者との絆を結べず、生まれてからずっと苦しんでいることを発見した。

 この事件がアタッチメント・ペアレンティング主義に影響を与え、「泣かせる寝かしつけ」に対する考え方も変わった。

 ルーマニアの孤児院を訪問した人が気づくのは、子どもたちの部屋の不気味な静けさだった。赤ちゃんは、誰も来てくれないのがわかっているから泣かないのだった。「泣かせる寝かしつけ」も同じだと反対派は主張する。赤ちゃんが泣き止むのは、孤児院の子どもと同じで、誰も来てくれないと気づくからだ、と。

 だから孤児院の子のように、母親やほかの人に愛着する能力に取り返しのつかない変化が生じるというのだ。

そもそも「ねんね」はトレーニングできる?

 起こってはならない、恐ろしく、恥ずべき事件だ。だが、「泣かせる」メソッドを取り入れた親の子どもたちが同等の経験をするとはいえない。

 どんなメソッドも、子どもを何か月も、何の触れ合いもなく放っておけとはいっていないし、ルーマニアの孤児院で普通に行われていた身体的、精神的虐待を受けさせることは推奨していない。

 反対記事の執筆者もそれは当然わかっているが、その人たちの意見では、「泣かせておく」のは一時的な体験ではすまないという。

 ルーマニアの孤児院に放置された子どもたちは、きわめて長期間、その影響に苦しんだ。ほかにも慢性的な生活ストレス(身体的虐待、深刻なネグレクト)を経験する子どもたちは、長期間、問題を抱えることが多い。数日間のねんねトレーニングでそんなことは起きないだろうが、それでも小さなダメージを受けていないと誰がいえるのか。

 幸い、文献である程度わかることがある。

 ねんねトレーニングが有害かどうかの問題はデータに委ねられるのだ。それはこの章の後半で扱うこととして、まずはねんねトレーニングが本当に効くのかという基本から始めたいと思う。

 長期的影響はないと考えても、実践してみれば決して楽しいことではない。たいていの親は子どもの泣き声を聞いていたくない。効き目がないなら、わざわざしなくてもいいと思える。

 なら、この点から始めてみよう。このメソッドが効いて、メリットがあるのであれば、リスクの可能性の検討に進むことができる。

泣かせっぱなしで「寝つき」はよくなる

 安心してほしい。「泣かせる寝かしつけ」で、赤ちゃんの寝つきはよくなる。

 研究は山ほどあり、様々な手法が採用されている(多くはランダム化比較試験だ)。

 2006年のレビュー論文は、心理学用語から不幸にも「消去」と名づけられたメソッドの研究を19件取り上げ、そのうち17件で睡眠の改善が見られたことを明らかにしている(「消去」メソッドは、「泣かせる寝かしつけ」のひとつで、赤ちゃんを部屋に残し、泣いても親は戻らない方法)。

 それとは別の14件の「段階的消去」(徐々に間隔を広げながら赤ちゃんの様子を見に戻る)メソッドでは、すべての研究で改善が見られた。ほかにも「親が同室する消去」メソッド(親は部屋に残るが、泣かせる寝かしつけにする)は、研究件数が少ないが、肯定的な結果を出している。

 効果は、研究の対象期間の6か月あるいは1年間は持続した。また、子どもや親によって、効果の良し悪しは見られた。

 たとえば、1980年代からのある「泣かせる寝かしつけ」の研究では、対照群の赤ちゃんは1週間に平均で4日、夜間に目覚めたが、寝かしつけトレーニングをした赤ちゃんは2晩しか目覚めなかった。トレーニングを受けた赤ちゃんは、夜間に目覚めることはあっても、その頻度は少なかった。

 こうした結果はほかの研究でも同様に見られる。トレーニングを受けた赤ちゃん全員が、毎晩、朝まで眠ることはないだろうが、おおむねよく眠っているといえる。夜中に起こされるのが週4日よりも、週2日のほうがずっといい。

 結論としていえるのは、「泣かせる寝かしつけ」には睡眠改善の効果があると示唆するエビデンスが大量にある、ということだ。

 こうした研究のほとんどは、寝かしつけの一環として「寝る前のルーティン」を推奨している。これに関しては直接のエビデンスはない。だが、寝かしつけメソッドにはこのルーティンが含まれている。パジャマに着替えさせる、本を読み聞かせる、決まった歌を歌う、部屋の電気を消すといった行動で、赤ちゃんにもう寝る時間だと知らせるのだ。

 そもそも、「赤ちゃんを着替えさせずにベッドに放り込み、電気をつけたまま、もうねんねの時間よと言って部屋のドアを閉めろ」とは誰も勧めていない。

「親のメンタル」にいい

 ねんねトレーニングについて一般に取り上げられることが多いのは、有害ではないかという点だが、学術論文の多くはメリットに関心を寄せている。赤ちゃんの寝つきがよくなることだけでなく、親にとってのメリットにも注目している。

 特筆すべきは、寝かしつけは産後うつ病の軽減にかなり効果があると思われることだ。一例を挙げれば、オーストラリアの研究で、328人の子どものうち、半数をねんねトレーニングを受けるグループに、半数を対照群にランダムに割りつけたところ、2か月後と4か月後、ねんねトレーニングの赤ちゃんの母親はうつ病の割合が少なく、身体的な健康状態もよいことがわかった。公共医療サービスの利用頻度も少なかった。

 これはどの研究でも一貫している知見だ。ねんねトレーニングは一貫して親のメンタルヘルスを改善する。

 具体的には、うつ病の軽減、夫婦間の満足度、育児ストレスの低減などが挙げられる。研究によっては、効果はかなり高い。ある小規模研究(ランダム化ではない)は、研究対象の母親のうち、参加当初にうつ病の診断基準に適合したのは70%だったが、トレーニング後は10%になったと報告している。

 もちろん、赤ちゃんへのリスクの可能性は慎重に考えるべきだが、ねんねトレーニングが親にとっていい影響があるという事実は無視するべきではない。それに睡眠は赤ちゃんだけでなく、もっと大きな子どもの発達にも有益だ。

 長く、質の高い睡眠時間を確実にもたらす「安眠のためのルーティン」に慣れれば、子どもにとって長期的な効果があるはずだ。

<本稿は『米国最強経済学者にして2児の母が読み解く子どもの育て方ベスト』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock

【著者】
エミリー・オスター(Emily Oster)
米アイビーリーグの名門校、ブラウン大学経済学部教授

【訳者】
堀内久美子(ほりうち・くみこ)

◎関連記事