寝つきがいい人と悪い人を分ける「たった2分」の重み
「ベッドに入ってもなかなか眠れない」という寝つきの悪さを訴える声は少なくありません。
では実際、寝つきが悪い人とすぐ眠れる人では、入眠にかかる時間にどれだけの差があるのでしょうか?
世界最高峰の睡眠研究をもとに「究極の疲労回復」と「最強の覚醒」を実現する超一流の眠り方を解説したロングセラー『スタンフォード式 最高の睡眠』よりお届けします。
「よく眠れる人」と「眠れない人」の差はわずか2分
眠りに入るまでの所要時間を「入眠潜時」と呼ぶ。
エアウィーヴの実験で、若くて健康な人10人を集めて入眠潜時を計ったところ、平均7〜8分で眠った。これが正常値と考えていい。
比較のために、健康だが「寝つきが悪い」と自覚する55歳以上の人20人を集めて入眠潜時を計ったところ、10分程度だった。
寝つきが良い人と悪い人の差は、わずか2分。
「なかなか眠れない」と思っていても、実際は寝ているケースは意外なほど多いのだ。
なかには数十分寝つけない人もいるが、治療を要する睡眠障害は別にして、「最近寝つきが悪いかも」くらいの感覚であれば、それほど神経質になる必要はない。
要は、「昼間眠気が強い」「頭がすっきりしない」「ミスが多い」など日中の覚醒度の低さが睡眠の質の良し悪しを判断するポイントになる。
ただし、私たちが暮らしているのは、コンピュータの影響やストレス、さまざまな刺激にあふれた「眠りにくい社会」だ。
かくいう私も恥ずかしいことに、就寝直前まで仕事をしたり、寝しなに気になるメールを見てしまったりしてその後、朝まで眠れなくなった経験がある。それに、「日本人は睡眠偏差値が低い」というデータも確認した。
そこで、入眠を阻害するファクターを排除し、体温と脳という「眠りのスイッチ」を操作する必要が出てくるのだ。
なぜメジャーリーグは「体温」に注目するのか
睡眠医学は新しく、長い間注目されていなかったと述べた。
しかし、体温の重要性については睡眠よりも早く認知されていた。
睡眠研究に不可欠な幅広いデータを集めるため、私はメジャーリーグの球団幹部数人と面談したことがある。睡眠が選手のパフォーマンスに影響するという自説をもとに、良い睡眠をとるためのアイデアも用意していた。
ところが先方は「睡眠? うちの選手たちは起きているときが勝負なんだ。関係ない」とけんもほろろ。門前払いに近いあしらわれ方をされることが多かった。
しかし、実際のデータを示しながら「睡眠と体温は非常に強く結びついている」「体温変化で睡眠の質を向上させ、好成績を残す」という話をすると、相手の態度は急変した。
トカゲなどの変温動物は文字どおり気温に合わせて体温が変化する。
人間は恒温動物で哺ほ乳にゆう類るいだから、体温はホメオスタシス(恒常性)でほぼ一定に保たれているが、同時にサーカディアンリズムの影響を受けており、体内時計によって日内変動(1日の中で変化)する。
「平熱は36℃です」という人でも、1日の中で0・7℃くらいの変化がある。日中は活発に動けるように高く、夜はゆっくり休めるように低くなるのが特徴だ。
だからこそ、体温とパフォーマンスは密接な関係がある。『スタンフォード式 最高の睡眠』で何度か紹介しているタブレットの画面に丸い図形が出るたびにボタンを押す実験では、体温が高いときはパフォーマンスがいいが、体温が低いときはエラーが多いことがわかっている。
おそらくメジャーリーグの関係者は、体温がいかに大切か、実感として知っていたのだろう。だから彼らは、体温の話を持ち出したとたん、食いついたのだ。
今では球団ばかりか軍関係の組織も、睡眠学者だというと、真剣に耳を貸してくれるようになった。
メジャーリーグとミリタリーに共通するのは、肉体が資本であると同時に、鋭敏な思考力が不可欠だということ。
軍人も、肉体だけ強ければいいわけではない。最先端テクノロジーを駆使するこの時代、明晰な頭脳であることが、命を落とすかどうかの分かれ目だ。
とはいえ戦下では理想の食事も休息も望めない。「規則正しく早寝早起き。たっぷり寝て、寝具も体にフィットしたものを」という願いは多くの場合、叶かなわないだろう。
良質な眠りは最高のパフォーマンスをもたらすだけでなく、ケガや事故の予防にもなる。一流アスリートでも軍人でも、ケガや事故は命取りだ。
24時間過酷な状況で体と頭を整えるには、睡眠をとるしかない。
ただし睡眠量は望めないから、質でしか対処できない。
日中のパフォーマンスには体温と睡眠が大切で、両者は密接に関係している。
だからこそ彼らは、「そういう話であれば、ぜひ聞きたい!」となるのだろう。
「会議室での遭難者」
「手が温かい子どもは眠くなる」これはまさに眠りと体温の関係を端的に表している。
体温には皮膚温度と深部体温の2種類がある。
大事なポイントなので強調するが、入眠前の子どもの手足は温かくなり、皮膚温度を「上げて」いる。何が起きているのかといえば、いったん皮膚温度を「上げ」、手足にたくさんある毛細血管から熱放散することで、効率的に深部体温を「下げて」いるのだ。
なぜ深部体温を下げているのかといえば、それこそ眠りへの入り口だからである。
つまり、眠っているときは深部体温は下がり、皮膚温度は逆に上がっている──この事実を今一度押さえてほしい。
ここで場面を冬の山に移そう。
「深部体温が下がると眠くなる」という話を聞いて、映画の「雪山で遭難するシーン」をイメージしたかもしれない。「寝るな! ここで寝たら死んでしまう!」というシーンだ。
では、このとき、体の中では、いったいどんなことが起きているのだろう?
極度の寒さの中、肺に冷たい空気が入り深部体温が急激に下がり始めると、入眠のスイッチが入ると同時に体はガタガタ震え出す。体温維持は生命維持とイコール。何とか体温を上げようと、筋肉を動かして熱産生を開始する。
あまりの寒さにそれでも体温が上がらないと、体は動きをやめる。筋肉を動かすためにエネルギーを消耗してしまい、大切な脳を動かす分のエネルギーがなくなってしまったら一大事だからだ。
手足が動かなくても死なないが、脳が働かなければ確実に命は絶えてしまう。
脳の中でも、生命維持に必要な自律神経(呼吸、心臓、体温維持など)を司つかさどる部分は動かし続け、命に直接かかわりのない部分(思考、消化活動、筋肉の動きなど)は停止してスリープモードになる。これが雪山で遭難すると「眠くなる」理由だ。
だが、睡眠中は深部体温が下がる性質があるため、雪山で寝てしまうと通常よりさらに熱が奪われて低体温症になり、やがて死に至る。
また、深部体温は奪われていくが、手袋やブーツで手足は手厚く保護されている。この保温効果によって手足が温められていることも、眠気に起因しているだろう。
冷房で冷え切った会議室に悩む人は、雪山で遭難しそうな人と似た状況下にある。
いくら寒くても、会議中に体を動かすわけにはいかない。すると筋肉の熱産生ができなくなり、深部体温がうまく上がらない。脳は生命維持を第一に考えて必要な部分以外をスイッチオフにし、スリープモードになる。つまり、寒い会議室のせいで体温が下がり、眠くなるのだ。
経験上、私が一番困るのは、「時差がある状態で臨む、寒い日本の会議室でのミーティング」。そういうときは居眠りできないように一番前の列の真ん中に座ることにしているが、ふと後ろを見ると、外国からの参加者はほぼ全員眠っていたりする。
だが、会議に必要なのは「生命維持には直接関係ない部分」だったりするから、仕事生命のほうが危うくなる。
「春はぽかぽか暖かいから居眠りしてしまう」というが(この現象は春特有で、実は原因は特定されていない。ただ、「秋から冬にかけては起こらない」ことだけはわかっている)、冷え切った冬や「キンキンに冷えた会議室」も眠気の原因となるので要注意だ。
体温は「上げて・下げて・縮める」
日常生活においては、低体温症になるほどの冷房設備はまずないから、過度の心配はいらない。
だが、よくある睡眠本のように、「深部体温を下げれば眠くなる」というだけでは正しい理解とはいえないことを強調したい。
覚醒時の深部体温は皮膚温度より2℃ほど高いが、睡眠時は深部体温が0・3℃ほど下がるため、差は2℃以下に縮まる。皮膚温度と深部体温の差が縮まったときに入眠しやすいという研究データは、1999年に『Nature』で発表されている。
大切なのは皮膚温度と深部体温の差を縮めること。そのためにはまず、皮膚温度を上げ、熱放散して深部体温を下げなければならないのだ。
体温も「上げて(オン)/下げる(オフ)」のメリハリが大切だと覚えておこう。
①覚醒時は体温を上げてパフォーマンスを上げる(スイッチオン)。
②皮膚温度を上げて(オン)熱放散すると、深部体温は下がり(オフ)入眠する。
③黄金の90分中はしっかり体温を下げて(オフ)、眠りの質を上げる。
④朝が近づくにつれて体温が上昇し(オン)、覚醒していく。
このメリハリがあれば、最初の90分はぐっと深くなり、すっきりと目覚められる。
日中の体温も上がり、眠気もなくパフォーマンスが上がる。
<本稿は『スタンフォード式 最高の睡眠』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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【著者】
西野 精治(にしの せいじ)
スタンフォード大学医学部精神科教授、睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長