「子が言うことを聞かない」深刻に考えなくて良い訳
「片付けないんだったら、ご飯食べなくていい!」
「宿題してない人はお外に遊びに行かせないからね!」
「電車の中で静かにできないなら今すぐ引き返すからね!」
このような𠮟り方、よく聞きませんか? こうした罰を与える𠮟り方は、思いもよらない弊害やデメリットを引き起こします。かといって素直に聞く子も心配です。
年間500本以上の論文を読む著者が厳選した世界の研究を根拠としてまとめた『自分で決められる子になる育て方ベスト』よりお届けします。
罰には全く意味がない
子どもからすると、「ご飯食べられないと困るからお片付けしないと!」と一時的には思うかもしれません。
しかし、これが何度も繰り返されると、「どうせご飯抜きとか噓じゃん。別に食べられなくてもいいし」と変わってきてしまいます。子どもが実際にこんな言葉を口に出そうものなら、「本当に食べなくていい!」と思わず売り言葉に買い言葉的に言ってしまう……。当初は片付けをさせたかっただけなのに、こうなると一体なんのために言い争っていたのかわからなくなります。
これまでの研究から、罰を与えることによるしつけからくる弊害が報告されています。
古い研究なのですが、エリザベス・B・ハーロック博士が1925年に報告した「賞罰実験」というものがあります。「エンハンシング効果」という名称でビジネス界でもよく例に出されるので、ご存じの方も多いかもしれません。
9歳から11歳の子どもを3つのグループに分けて、同じ教室内で算数のテストを5日間受けさせます。出題や時間などの条件には差をつけず、前日の答案用紙を子どもに返すときの先生の態度だけを3種類に分けます。
●Aグループ:どんな結果でも、できていた箇所を褒める
●Bグループ:どんな結果でも、できていない箇所を𠮟る
●Cグループ:どんな結果でも、何も言わない
実験の結果、褒められたAグループの子どもは、日を追うごとに成績が上がり、最終日には約71%の子どもの成績が上昇しました。
一方、𠮟られたBグループの子どもは、2日目には約20%の子どもの成績が上昇しましたが、その後は成績が次第に低下するようになりました。
何も言わなかったCグループは、2日目には約5%の子どもの成績が上昇したものの、その後はほとんど変化がありませんでした。
この結果からわかることは、人が𠮟られることによって自分から考えて動くようになるのは、ほんの一瞬だということ。長期的に続かないのみならず、むしろ自ら考えることや努力することを放棄する方向に働いてしまう可能性がはるかに高いのです。
子どもが見ているのはあなたの「覚悟」
子どもに限らず、人と人との関係性という本質的な問題としても、脅しで人を動かそうとしてはいけません。
では、思わず𠮟って動かそうとしてしまうときはどうしたらいいのでしょうか? 先に触れた「片付けないんだったら、ご飯食べなくていい!」を例に考えてみましょう。
こうした発言を聞いた子どもは、「本当に食べなくてもいい」という覚悟があるのか、口先だけの言葉なのかどうかを敏感に感じています。本当にご飯を食べさせないとしたら、これは「罰」になってしまうので、おすすめできません。
反対に、「お片付けできたら食べていいよ」だったらどうでしょうか。この場合、ご飯が「報酬」になってしまうので、これも望ましくありません。
理想は、子どもが自分で考えて「片付けてから食べよう」と思うようになること。そのためには時間はかかりますが「片付いていないと食べられない理由」をしっかり理解してもらう必要があります。
残念ながら現実的には、今すぐにできることではありません。今すぐに変えられることは、「片付いていなくても気にしない」「ご飯と片付けは関係ない」と親の方が割り切ることでしょう。
……とはいっても、現実の生活ではそう簡単ではありません。
まずできることとして、それまで反射的に𠮟っていたことに対して、数日の間何も言わないようにします。その場合に子どもがどんな反応をするのかを見てみるというのも一つの手です。
試す間は部屋が荒れ果ててしまうでしょう。それは覚悟の上で、子ども自身が親の変化に気づくか、部屋の違和感に気づくかを観察するのです。
子どもが自分で考え、片付けをしたり、何か変化について言葉にしたりするところを見られれば、「思考力アップのための訓練だった」と親自身の感情の整理もできるでしょう。
「素直に聞く子=いい子」ではない
ここまでの例とは反対に、親の言うことを素直に聞く子も当然います。もし、ご自身のお子さんが言うことをあまり素直に聞いてくれないタイプで、身の回りの家庭に素直に聞く子がいたとしたら、思わず羨んでしまうかもしれません。
ですが、よく考えてみてください。果たして親の言うことを素直に聞くだけの子が「自分で考える力」を持っているのかを……。
保護者の言うことになんの疑問も持たずに素直に従う場合は、およそ次の2つのパターンが考えられます。
①本当になんの疑問もない場合
②「どうせ言っても無駄」と思って、考えることも自分の意見を言うこともやめてしまった場合
①は、本当に親の言うことが疑いようもなく素晴らしい場合か、子どもが親の熱心な信者(あえてこの言葉を使います)と化している場合が多いです。
しかし、大抵の場合は②なのです。親の顔色をうかがって本当に言いたいことを言えない、もしくは自分の意見がなくて、なんとなく気に入られそうな答えを言う。これでは子どもの自分で考える力は育ちませんよね。
言うことを聞かないのは正しい子育ての結果
こんな研究があります。2022年、スペインのイザベラ・マルティネス博士とアメリカのエディ・クルーズ博士らのチームによる、2000年以降に発表された親の愛着と思春期の仲間との関係に関する論文1438件から、基準を満たした19本の論文のシステマティックレビュー(いくつかの論文を統合して再解析しなおす手法)を用いて行った研究です。
ここでは、信頼できる愛着(心のセーフゾーン)の存在が、思春期以降のコミュニケーション、サポート、親密さなどの信頼に基づく仲間や友人との愛情関係の構築具合をある程度予測できるということが示唆されています。
●子どもが自分の意見を堂々と主張できる環境
●「親は自分の言ったことをきちんと聞いてくれ、尊重して受け入れてくれるに違いない」という絶対的な安心感
この2つを生活の中で感じられる環境を常に与えてあげることが必要なのです。
具体的には、子どもが言った意見の内容やそれ自体の正しさを重視するのではなく、意見を持ち、それを自分の言葉で伝えようとした「過程」を認めて、褒めてあげる。すると、より自分の考えを持つことができるのです。これにより、「親=心の安全基地」と感じられるようになっていきます。
たとえ親と意見が異なっていたとしても、「受け入れてもらえる」という安心感があれば、「どうせ言っても無駄」と思うことも、なんとなく気に入られそうな曖昧な答えを言うこともしなくていいと感じられ、自分が本当に思っていることを話してくれるはずなのです。
そう感じられる環境の中であれば、子どもは自分の意見がたとえ人と違っても、それを言ってはいけないものだとは感じなくなります。それぞれの多様性を認めた一意見として、自分のことも他人のことも受け入れられるようになっていく可能性が高いといわれているのです。
子どもが親の言うことを聞かない、うのみにしないのは、むしろ子育ての結果としては正しいのです。子どもがその居場所を安全な場所だと感じているのだと、考えてあげましょう。脅しや強制で従わせるのではなく、子どもを別人格として尊重した上で話し合う姿勢が大切です。
<本稿は『自分で決められる子になる育て方ベスト』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
【著者】
柳澤綾子(やなぎさわ・あやこ)
医師、医学博士。東京大学医学系研究科公衆衛生学客員研究員、国立国際医療研究センター元特任研究員。麻酔科専門医指導医。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。公衆衛生学を専攻し、社会疫学、医療経済学およびデータサイエンスを専門としている。15年以上臨床現場の最前線に立ちながら、大学等でも研究し、海外医学専門誌(査読付)に論文を投稿。年間500本以上の医学論文に目を通し、エビデンスに基づいた最新の医療、教育、子育てに関する有益な情報を発信している。自らも二児の母であり、データに基づく論理的思考と行動を親たちに伝える講演や記事監修、執筆なども行なっている。『世界一受けたい授業』『J-WAVE TOKYO MORNINGRADIO』『VERY web』など、メディア出演、連載記事執筆多数。現在は株式会社Global Evidence Japan代表取締役として、母親目線からの健康と教育への啓発活動も精力的に行っている。著書に『身体を壊す健康法』(Gakken)がある。
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