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やるせないが「遣る瀬無い」と書くのを知ってますか

 日本人が母国語として日々無意識に使っている日本語は、文化圏の違う外国人にとっては、とっても不思議な言葉です。

 たとえば「切ない」「やるせない」「悲しい」。似たような言葉ですが、それぞれ意味や使うシーンが微妙に違います。日本人であっても、どこがどう違うか、なんとなくわかっていても詳しく知らないケースも少なくないのではないでしょうか。

 アメリカ・バージニア州出身で福岡県に住み、北九州私立大学准教授として大学生に英語を教えているアン・クレシーニさんが、学べば学ぶほど繊細で多様で不思議な日本語について、かつて「ミスターNHK」の異名をとり、美しい日本語を話すアナウンサーの宮本隆治さんに徹底質問。4コマ漫画と、2人のかけあいで繰り広げられる日本語談義をまとめた『教えて! 宮本さん 日本人が無意識に使う日本語が不思議すぎる!』よりお届けします。

切ない やるせない 悲しい 何が違う
『教えて! 宮本さん 日本人が無意識に使う日本語が不思議すぎる!』(サンマーク出版)より

微妙な表現の使い分けがわからず「やるせない」

アン・クレシーニ(以下、アン):日本語って表現がものすごく繊細。アンちゃんにはいまだに理解できない微妙な違いがたくさんだ!!

宮本隆治(以下、宮本):日本語にはそもそも、YES、NOではない「中間」を表現する言い回しがたくさんありますからね。

アン:「切ない」とか「虚しい」とか「寂しい」とか「悲しい」とか「やるせない」とかどれも同じに思える!

宮本:言葉は漢字にして考えるとわかりやすいですよ。「やるせない」は、最近はひらがなで書かれることが多いのですが、漢字では「遣る瀬無い」と書きます。

「遣る」
「瀬」
「無い」

の3つに分けられますね。

ときおり、年配の方が「あの子を遣ったからよろしく」というような言い方をしますが、「遣る」というのは「行かせる」という意味。「瀬」は川や海の浅瀬のこと。ですから、「遣る瀬無い」は「船をつけられるような浅瀬がない」ということから、「物事がうまくいかず、どうする手段もない」という意味で使われるようになりました。

アン:なるほど! 語源をたどると、意味がわかりやすい!

宮本:ところがその後、いつの間にか「やるせない」を「やるせぬ」と言う誤用が広まりました。「やるせぬ思い」「やるせぬ胸の内」といった言い回しです。かつてヒットした歌謡曲の中にも、「やるせぬ」という表現が出てくるのですが、これはあまり知られていない誤用かもしれません。

アン:有名な歌にも誤用が!

宮本:本来「遣る瀬無い」は、名詞である「瀬」に否定の形容詞「無い」がついた形容詞なのですが、この「無い」を打ち消しの助動詞と勘違いし「ぬ」に置き換えて「やるせぬ」としてしまったものと考えられます。「ゆるせぬ態度」「果たせぬ夢」と言い回しの響きは似ていますが、本来は、「遣る瀬」が動詞でなくては成り立たないのです。

アン:もともとの使い方を知るって、大事ってことだ。

宮本:そうですね。では、本題に戻って「切ない」を見てみましょうか。

「切ない」には「切」という漢字が使われていますから、「胸が切られるように痛い」という意味で使います。

「悲しい」の「悲」という漢字には「非」という字が使われていますね。「非」には、離れるという意味があります。その下に「心」があるので、「悲しい」は、「人が離れていって心が痛むこと」と、とらえることができます。

「寂しい」の「寂」という漢字には、人が死の世界に旅立つという意味があり、人ひと気けのない静かな情景を表しています。また、読み方は本来は「さびしい」と読みます。「さみしい」は江戸時代あたりから使われるようになったと言われています。

アン:「寂しい」は、心の状態ではなくて、情景を表す言葉ということ?

宮本:本来はそうです。感情を表すときにも使えますが、より情緒面や感情に焦点を当てるときは「淋しい」を用いることがあります。「淋」は常用漢字ではありません。

「非」「無」「不」「未」はどう違う?

アン:「悲しい」「遣る瀬無い」には、「非」や「無」という否定の漢字が使われているけれど、「非」や「無」の使い方が正直わからない。上手に使いこなす方法が知りたい!

宮本:否定語の使い方ですね。では、頭につけることで、後ろにつく言葉を否定する漢字について考えてみましょう。アンちゃん、「非」や「無」以外に思いつく漢字は何ですか?

アン:「未」と「不」かな。未定、不定、とか、同じ言葉につけたときの意味の違いがときどきわからなくなる。

宮本:それぞれの漢字の意味を整理してみましょう。

「非」は、~ではない、~がない
「無」は、存在していないこと
「不」は、~しない、~でない
「未」は、まだ~ではない

という意味を考えると、「非」は本来あるべきものが「そうではない」と否定されるとき、「無」はそれ自体がないという意味で使用する。「不」は、その後にくる言葉を打ち消すときに使い、「未」は、まだそれが来ていないことを意味します。同じ単語につけて使うこともあります。

「非合理」は、「知性や理性では理解ができない」という意味で、
「不合理」は、「道理に合わず、論理的に筋が通らないこと」を指します。
「未公開」は、「公開される予定があるけれど、まだされていない」という意味で、
「非公開」は、「公開される予定がない」という意味になります。

アン:この本の発行日は未定だけど、非売ではない。

宮本:その通りですね(笑)。

<本稿は『教えて! 宮本さん 日本人が無意識に使う日本語が不思議すぎる!』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock


【著者】
アン・クレシーニ
北九州市立大学准教授。アメリカ・バージニア州出身。メアリーワシントン大学卒、オールドドミニオン大学大学院にて応用言語学修士取得。福岡県宗像市在住、流暢な博多弁を話す。日本と日本語をこよなく愛すあまり、2023年に日本国籍を取得した言語学者。専門は和製英語。研究と並行し、バイリンガルブロガー、スピーカー、テレビコメンテーターとして多方面に活動。西日本新聞で日本の文化と言葉についてつづる「アンちゃんの日本GO! 」を連載中。バイリンガルブログ「アンちゃんから見るニッポン」も話題。著書に『なぜ日本人はupsetを必ず誤訳するのか』(アルク)、『ペットボトルは英語じゃないって知っとうと! ?』(ぴあ)など。

宮本隆治(みやもと・りゅうじ)
元NHKアナウンサー。福岡県北九州市生まれ。1973年慶應義塾大学卒業後、NHKへ入局。「NHKのど自慢」などNHK の名物番組の司会を歴任し、「NHK紅白歌合戦」では1995年から6年連続で総合司会を務め「ミスターNHK」の異名をとる。2007年に定年退職後、フリーアナウンサーに。2009年には「天皇陛下御在位二十年記念式典、並びに国民祭典」、2019年には「天皇陛下御即位三十年奉祝感謝の集い」の司会を務めた。美しい日本語を話すこと、美しい日本語を残すことを人生の使命としている。

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