何事も正規分布に沿ったバラつきとは限らない理由
物事は何事も一定の確率で起こります。たとえば試験で全員が満点を取ることも、逆に全員が0点に偏ることもありません。最高・最低点を取る人がそれぞれいて中央値、平均値に近いところで大きな山ができてバラつきが出る。これと同じように考えられる出来事はたくさんあります。
一方、極端なことが思いがけず頻発することもあります。あなたの人生において「数十年に一度」「100年に一度」という出来事を何度か見聞き、あるいは体験したことがあるでしょう。これはおかしなことでもありません。
古今東西・分野を問わず人類を代表する知者たちのメンタルモデルを紹介した『知の巨人たちの「考え方」を一冊で、一度に、一気に学びきる グレートメンタルモデル』よりお届けします。
「1000年に一度」がいつでも起こる
ナシーム・タレブ[レバノン・トレーダー、研究者]は、人々が確率を甘く見ていることをずばり指摘している。
著書『ブラック・スワン──不確実性とリスクの本質』では、極端な現象のリスクを測る際にわずかな誤差があると、それはわずかな誤差ではなく、実際には桁違いの誤差があることを意味すると論じている。
言い換えれば、10%の間違いではなく、10倍、100倍、1000倍の間違いになるということだ。そうなると、1000年に一度しか起こらないと思っていたことが、実際にはどの年でも起こるかもしれない。
誤った事前情報を使うと、将来起こりうる現象の確率を過小評価することにつながる。
(参考文献:『ブラック・スワン──不確実性とリスクの本質』ナシーム・ニコラス・タレブ著、ダイヤモンド社、2009年)
ファット・テール分布──「極端」が平均的な世界
統計学で使われる、身長や試験の点数などさまざまなものの相対的な発生頻度を表す、きれいな左右対称の釣鐘形の分布曲線を「ベルカーブ」(下図の点線)と呼ぶ。
ベルカーブは、理解しやすく使いやすい優れた概念で、正式な名称は「正規分布」だ。もし自分が現在経験している出来事の発生確率が正規分布に該当しているなら、自分が分布のどのあたりに位置しているかすぐに特定し、発生する可能性がもっとも高い結果に備えて行動を計画できる。
「ファット・テール分布」(上図実線)はそれとは異なる。その違いを見ていこう。
予測できないことが確実に起こる確率
両者は一見似ているように感じるだろう。どちらの曲線でも、データが発生頻度に応じて集まり、それが波のような形に分布している。
違いは左右に広がった尾の部分「テール」にある。
正規分布では、テールの細い先端部分はほとんど発生することのない極端な値を含んでいるため、ある現象が発生する確率は平均値に近い部分に集中する傾向にある。一方、ファット・テール分布では極端な出来事が発生する確率はずっと大きくなる。
極端な出来事が起こる可能性が高ければ高いほど、曲線のテール部分が太い「ファット・テール分布」となり、通常よりイレギュラーな出来事が起こる可能性が大きくなる。
ナシーム・タレブが指摘するように予想もできないことが起こりやすくなり、それがいつ起こるのか特定する方法もないのだ。
このように考えてみてほしい。
人間の身長や体重の分布を示す正規分布型の状況では、可能性の広がりの上に異常値があるものの、そうした異常値はある程度の範囲に収まっている。平均的な男性の10倍大きな体格の男性に出会うことはありえない。
しかし、富裕度のように太いテールを持つ分布では、集団の特性は異なったものになる。一般人の10倍、100倍、あるいは1万倍の富を持つ人を頻繁に目にするかもしれない。それは、正規分布とはまったく異なる世界なのだ。
不確実に備えて「計画」を立てる
ベイズ的推論の考え方を説明した際の凶悪犯罪のリスクの例をもう一度考えてみよう。
テロリストに殺されるより、階段で足を滑らせ頭を打って死亡するリスクのほうが高いという報道があったと想像してほしい。事前情報の統計でもそれが裏付けられ、昨年、あなたの国では1000人が階段で滑って死亡し、テロによる死者は500人だったと仮定しよう。
では、階段とテロのどちらを心配すべきだろうか?
こうした例はテロのリスクが低いことの証明だとする人もいる。最近の数字を見てもテロによる死者はほとんどいないのだから心配する必要はない、と。
問題は、ファット・テールの部分にある。テロ暴力のリスクは富裕度に似ていて、階段での死亡事故は身長と体重に似ている。今後10年間で、どれだけの事件が起こりうるだろうか? テールの太さはどのくらいだろう?
重要なのは、椅子に座ったままものごとのあらゆる可能性を想像することではなく、正しいやり方で太いテールの領域にあるリスクに対処することだ。
つまり、正しい思考方法を学び、自分たちには完全に理解できない世界でうまくやっていくための計画を立てることで、予測不可能な未来を生き延び、さらにはそこから利益を得られるようにすることなのだ。
反脆弱性――不確実の「恩恵」
「ファット・テール」に支配された、私たちには理解できない世界、つまり世界の不確実性から利益を得るにはどうすればいいのだろうか。
これに対する答えは、ナシーム・タレブが『反脆弱性』という不思議なタイトルの本の中で提示している。
ここでは、その考え方の核心を説明する。
まず、3つのカテゴリーを考えてみよう。
・ボラティリティー(変動しやすさ)や予測不可能性によって被害を受けるもの
・ボラティリティーや予測不可能性に影響されないもの
・ボラティリティーや予測不可能性から利益を得るもの
最後のカテゴリーは、「手荒くとり扱ってもらいたがる荷物」のように「反脆弱」だ。
実際問題として、世の中にはある程度ボラティリティーから恩恵を受けるものもあるし、私たちもそれを期待している。
なぜなら、世界は基本的に予測不可能で不安定で、大規模な現象(パニック、事故、戦争、バブル経済など)はものごとの結果に途方もない影響を与える傾向があるからだ。
そんな世界に対応するには、「予測する」か「備える」かの2つの方法がある。
人は未来を予測することに魅力を感じるものだ。人類の歴史上、予言者や占い師は常に商売として成り立ってきた。
だが、株式市場、国家間の地政的関係、世界金融などの複雑な現実世界における「専門家」の予測に関するこれまでの研究によれば、現実の世界でまれにしか発生しない、影響力の大きな出来事について予測することは不可能だと繰り返し証明されている。
したがって、不確かな未来には「備える」ほうが効果的だ。
世界のボラティリティーから利益を得るために、私たちはどのような方法で準備し、「反脆弱性」を武器にできるのだろうか?
ひとつ目のポイントは、ウォール街のトレーダーが言うところの「アップサイド」、つまり、チャンスになる確率が高いと思われる状況を探し出すことだ。
たとえば、知り合いになりたいと思うような有力者たちが集まるカクテルパーティに参加するとしよう。
必ずしも何かが起こる保証はない。そのような人たちに出会えないかもしれないし、出会えてもうまくいかないかもしれないが、セレンディピティ(思いがけないものに出会うこと)や偶然性の恩恵を自らに与えるのだ。
この場合の残念な結果は「何も起こらない」ことだが、確実に言えるのは、家でじっとしていたら有力者には絶対に出会えないということだ。パーティに行くことで、チャンスを手に入れる確率を高められる。
2つ目のポイントは「正しい失敗の仕方」を学ぶことだ。
正しく失敗する方法は次の2つの要素でできている。
・完全に立ち直れなくなるようなリスクをとらないこと
・失敗から学んで再出発するための「回復力」を身につけること
これらの原則を身につければ、失敗しても一時的なものですませられる。
失敗を好む人間はいないし、傷つくのは避けたい。だが、失敗にはそこから学べるという大きな「反脆弱性」の贈り物がある。
正しい考え方に基づいて失敗を恐れない人は、他人より大きなアドバンテージを持っている。失敗から学ぶことで、世界の不確実性に影響されにくくなる。真の意味の「反脆弱性」で、失敗の恩恵を受けられるのだ。
たとえば、あなたが起業して成功したいと思っていて、でもビジネスの経験がないとする。ビジネススクールに通うか、失敗を覚悟で起業するか、どちらを選ぶだろうか?
ビジネススクールにも利点はあるが、ビジネスそのもの、つまり厳しくて苦労の多い実社会での経験なら、成功と失敗を繰り返す中からの即座のフィードバックによって学ぶことができる。
言い換えれば、試行錯誤することで実経験という貴重な資産が得られるのだ。
「反脆弱性」は、どんなリスクもチャンスに変えるユニークな考え方だ。
偶然性や不確実性が失敗の原因ではなく、自分の味方になるようなやり方を工夫しよう。
(参考文献:『反脆弱性』ナシーム・ニコラス・タレブ著、ダイヤモンド社、2017年)
<本稿は『知の巨人たちの「考え方」を一冊で、一度に、一気に学びきる グレートメンタルモデル』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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【著者】
シェーン・パリッシュ(Shane Parrish)
元・諜報機関勤務。自己修養メソッドや意思決定手法をテーマにするメガ・ブログ「Farnam Street」創設者。同サイトを運営しながら、人生の知恵を探求し続けている。
リアノン・ボービアン(Rhiannon Beaubien)
「Farnam Street」でブログの管理と執筆を担当。『グレートメンタルモデル』シリーズのメイン執筆者であり、同書のプロジェクト・マネジャーを務めている。
【訳者】
北川 蒼(きたがわ・そう)