「書いてお金がもらえる文章には2回の発見がある」ライターさとゆみさんと文章の深みを語り合った
今や書いて伝えるテキストコミュニケーションは、かつてないほど人間の日常生活に入り込んでいます。
どうすれば伝わる文章が書けるようになるか。
「私は起承転結の『承』から書き始める」ライターさとゆみさんに伝わる文章の流儀を聞いてみた(5月11日配信)に続いて、2021年に『書く仕事がしたい』(CCCメディアハウス)を出版し、今年3月に新刊『本を出したい』を上梓したライターの佐藤友美さんと、Sunmark Web編集長の武政秀明が語り合いました。
とことん書いて考える、豊かな時間
佐藤友美/ライター、コラムニスト(以下、さとゆみ):私は「書くことは考えること」だと思っているんです。書かないと考えられないから、書いて、しゃべって、もう1回考えて、書く。だから、原稿の書き直しも大好きです。絶対に、もっともっと良くなるとわかってるから。
武政秀明/Sunmark Web編集長(以下、武政):タイパ重視の時代に、思考することに時間をかける。かえって豊かな感じがしますね。
さとゆみ:ネットで検索すればすぐに答えが見つかるのはデジタル時代の良いところだけど、書いて考える豊かさを大事にしたいです。ゆっくり思考するという点で、本はとことんまで突き詰められる魅力がありますよね。鮮度が重要なウェブや新聞、雑誌などに比べて、本は戸棚に手をのばして何度も読み返してもらえる可能性があるし、執筆にあてられる時間がウェブや雑誌よりは長いので。
武政:近年は、ご自身が運営されている「ビジネスライティングゼミ」の受講生をはじめ、他人の文章を添削する機会が増えたそうですね。どんな赤字を入れることが多いですか?
さとゆみ:私はなるべく赤字を入れたくない編集者なんです。とくに書籍や映画などのレビューは、赤字ではなく、コメントで指摘するようにしています。まずは電話でヒヤリングすることも多いです。
武政:それって、めずらしいタイプの編集者さんかもしれませんね。
さとゆみ:先日も、「素晴らしい映画に出会ったから、ぜひともレビュー記事に挑戦したい」と塾生さんが手をあげてくださったので、卒塾生と運営しているウェブマガジン『CORECOLOR(コレカラ)』に寄稿してもらったんです。でね、初稿があがったときに、主張がぼんやりしてるなと思ったんです。一生懸命書いてくれたことは伝わってきたのですが。なので赤字を入れずに電話で10分ほどインタビューさせてもらいました。
武政:指摘のために、インタビューまで?
さとゆみ:映画を見て何がおもしろかったか。なぜそんなに感動したのかといったシンプルな問いを投げかけました。原稿でつまずいても、口頭ではスラスラしゃべれるものなんです。「じゃあ今話してくれた感じで書いてみましょうか」と言って、書き直してもらったら、全然違う。見違えるほど良い原稿に進化していました。
武政:「こういうふうに書いて」と赤字で示すことは、解を固定してしまうことになる。だから引き出すんですね。
さとゆみ:それと「話すように書く」ことも大切なんです。私の師匠のブックライター・上阪徹さんは、取材に行くと帰宅後、奥さまに今日のインタビュー相手はこういう人で、ここがおもしろかったよって話すんだそうです。ただ話すんじゃないですよ。考えながら話すんです。どういう順番で話せば奥様に興味を持ってもらえるか考えながら話して、うまく伝えられたら、その通りの順番で書いていく。良い原稿が書けるんだそうですよ。
最初のひらめきで、考えることをやめないで
武政:日々、noteを見ていると、おもしろい文章にたくさん出会うし、noteの課金制度で「売れている記事」もあります。しかしさとゆみさんのように出版社から原稿料をもらって書いているエッセイストは、日本でも数えるほどしかいません。ブログと、お金がもらえるエッセイは何が違うのでしょうか。
さとゆみ:それについては、私もずっと考えていて。現段階の私は、「文章に新しい発見があるかどうか」と「書いた文章が社会や読者と接点があるか」の二つは、すごく意識して書いています。テーマはなんでもいいと思います。子どもの成長日記でも、祖母の介護記録でも。ただ、「うちの息子はかわいい」だけで終わらせちゃったら、SNSの域を超えられないのだと思います。
武政:ビジネス記事も発見がある記事はよく読まれます。
さとゆみ:できれば発見は1回より2回あるほうがいい。
武政:2回ですか。
さとゆみ:まずエッセイを書く前に「これについて書こう」というひらめきがあるので、それが1回目。2回目は、書きながら気づきを得ることが多い。一つの記事につき2回発見があると商業文章になっていると思います。
武政:具体例をあげられますか?
さとゆみ:これは『ママはキミと一緒にオトナになる』というエッセイに書いたエピソードなのですが、あるとき息子が、「ちっちゃくてかわいいな」と、同じくらいの歳の子の頭をポンポン撫でたシーンがあったんです。発達について言及しているともとれるので、その場の空気が凍ったし、私も内心ひやっとしました。
帰り際に「ダメだよ、小さなことを気にしているかもしれないでしょ」と注意しました。すると「僕はかわいいと思ったから、そうしたのに。ママは背が低いことより高いことのほうが良いと思うの?」と返されて、ドキッとしたんですよね。ただ、ここで文章を終わらせたら、ブログの域を越えられない。
武政:続きがあるのですね。
さとゆみ:この話の根底にあるのは、社会的課題のひとつである「ルッキズム」だと思いました。それは書いていて気づいたこと。「太ってる人に太ってると言っちゃいけないけど、痩せてる人に細いねというのは許される気がする」「そう考えるのは太ってるのがダメで痩せてるのがいいという前提があるからではないか」「そう考えると、ルッキズムをしてるのは息子ではなくむしろ私の方なのでは」とか、いろいろ考えて思考が深まると、もう1つ新しい発見や視点が生まれる。エッセイではそれを書きました。
武政:ここまで色々伺ってきて、さとゆみさんは思考の量が圧倒的な書き手だと感じます。何を聞いてもご自身なりの「答え」をもっている。でも、その答えすら常に疑っていて考え続けているように見受けられます。そんなさとゆみさんが、これは大変だったと思ったご経験を一つあげるとすればなんですか。本なのか、記事なのか、一つの文章なのか。
原稿1本で世界の空気を変えれたかもしれないのに
さとゆみ:いや、迷ってばかりだし、自信なんて何度失ったかわかりません。「あの時、もっと書きようがあったのではないか」と悔しくて、今でも構成を練っている夢を見る原稿があります。
一人のロシア人女性について書いた記事でした。きっかけは2年前の春、在露日系企業に転職する予定だった友人が、戦争がはじまったせいで急遽、赴任が見合わせになったことでした。渡露する予定だったその日、私たちは、ウクライナに隣接する「モルドバ」のワインが飲める店に集まり、私たちのグラスにワインを注いでくれたのが、記事の主人公の「マリア」でした。
マリアのいとこはウクライナに住み、ウクライナ侵略から17日目に襲撃された産科病院と、まさに同じエリアに住んでいました。
「1人は昨日やっと連絡がついたけれど、残り3人とはまだ連絡がつかない」とマリアは言い、どこかで死を覚悟していました。それほど緊迫した中、私たちに、ウクライナ、ロシア、日本で暮らす家族について、それぞれの視点で語ってくれたのです。彼女の話を聞いて「この戦争は必ずしもロシア人全員の総意ではない」「国民一人ひとりの責任なのだろうか」そんなことを問う原稿を、書かなくてはいけないと強く思いました。
とはいえ、開戦から3週間経たないデリケートな時期。ロシア料理を提供しているお店に石が投げこまれるようなことも起こっていた頃です。掲載先の小学館さんにも事前に会議にかけていただいて、締切までの限られた時間でなんとか納品した。そうまでして書いた記事だったのに、ヘタクソだったんだ、そのエッセイが。もう、悔しくて、半日、布団をかぶっておいおい泣いた。
武政:なぜ、書けなかったのですか。
さとゆみ:筆力が伴わなかったのです。あの話をあずかったのが、川上弘美さんだったら、吉本ばななさんだったら。それは有名だからという意味ではなく、そのぐらい筆力のある書き手だったら、原稿1本で世界の空気を変えれたかもしれない。情けないですよ。もっとうまくなりたい。絶対にうまくなるんだって、あれからいろんな文章講座に通って、書いて考えて、また書いて、を繰り返しています。
生きて誰かの役に立つ
武政:それから2年経ったこの春に、新刊の『本を出したい』を出版されたわけですね。結構、シビアなことが書いてあって驚きました。「みんな、本を書こうよ!」というテンションじゃない。
さとゆみ:本を読んでくれた友人に「あんた、みんなに本を書くのを諦めさせたくて書いたの?」って言われちゃったほど(笑)、シビアなことを書きました。本を出すのは、儲からないし疲れるし大変。これまで生きてこられて習得したことを、人の役に立つよう書いて伝えることは簡単ではありません。私自身もまだ、本を書くことに関しては修業中だと思っています。それも、決して楽しいだけの修業ではない。
約10万字の原稿を書き切るために、書いて考えてまた書く。心が折れそうになりながら、でも書いているうちにいろんな発見がある。人生の棚卸しにもなる。生きて人の役に立てる価値を感じられるかもしれない。そういう経験ができるのが、本を出すことではないかなあ、と。本気で本を出したい人にとっては、挑戦する価値のあるハードルだと思っています。
(対談構成:両角晴香/ライター、撮影:海老澤芳辰、編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)