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独身で30歳を迎えた私はこれからの人生がどんどんよくなると確信した

 ドイツで絶大な人気を誇る女性インフルエンサーのマリー・ルイーゼ・リッターさんの著書『ハッピー・ロンリネス 群れないドイツ人 幸せのかたち』によるとヨーロッパの経済大国ドイツでも、「一人前の大人は男女カップルで行動する」という強力な同調圧力があるそうです。

 マリーはそれに抗うようにひとり旅に出ます。そして、「ひとりでいるということ」を自分の体験を通して考察し、ひとりで生きることをポジティブにとらえていきます。

 本書より一節をご紹介します。

『ハッピー・ロンリネス 群れないドイツ人 幸せのかたち』(サンマーク出版) マリー・ルイーゼ・リッター
『ハッピー・ロンリネス 群れないドイツ人 幸せのかたち』

30歳、女性、パートナー無しの誕生会

いつもいまが最高のとき

「妹はもうすぐ2児の母になるっていうのに、私はいまだにエレベーターボーイズ[TikTokで有名になった、モデルやバンド活動をしているドイツのボーイズグループ]で誰がいちばん好みかなんて考えてるのよ」早口で友達にそう言うと、笑った。

「もう本当にびっくりよね。人によってこんなに生き方が違うなんて」

「本当に。多分私たちは人生を満喫しすぎてるのよ」

 彼女も笑い声をあげたが、私は彼女の表情が微妙に変わったのに気がついた。

 年をとると人は無意識に、あるいは意図的に、自ら選んだ自由が正しいのかどうかを考えるようになる。私はもうすぐ30歳になるが、こういう切りのいい誕生日が近づくと、人はとくにそうしたことを意識するようになる。

 結婚や出産など、まわりが人生の節目のイベントを祝っているのを見るたびに、ひとりの人間は、貴重な人生の時間を無駄にしているのでは、という気持ちに襲われる。普段はひとりでいることが気にならなくても、たとえばひとりで盛大な祝いごとに招待されたり、自分の誕生日パーティーに招待客が全員パートナー連れで姿を現したりすると、ひとりでいることが少し不安になってくる。

他人の幸福度はわからない

 30代の女性は、世間では落ち着いた人生を送っていて当然のように思われがちだ。パートナーがいてあたりまえだと思われる。30という数字は、どうやら多くの人にとって、奔放な時期と、家と夫と子どもが生活の中心になる時期とを分ける、魔法の境界線であるらしい。独身女性は「誰にも選ばれなかった人」と見なされるようになり、独身でいることはひどく不幸なのだと思い込まされる。けれど、私はそのどちらも正しいとは思わない。

 フランスの作家、シモーヌ・ド・ボーヴォワールだって、すでに1949年当時、名著『第二の性』(河出書房新社、2023年ほか)で、こんなふうに書いている──「他人の幸福の度合いを把握することは、およそ不可能である」

 学術調査でも、最も幸せなのは子どものいない独身女性である、という結果が出ている。この結果には、同感できる。私にとって、いつでも好きなときに平穏な時間を過ごせることほどすばらしいことはないからだ。

 ただしこの「平穏な時間」は、自分の思い込みによるプレッシャーや、何かにつけて口出しをしたりコメントしたりする外部の人からの実質的なプレッシャーによって、往々にして妨げられてしまう。見た目についてはもちろん(痩せたんじゃない? きれいになったね!)、生き方や個人的な決断にいたるまで、私たちはことあるごとに互いを評価し合っている。

 他人からの評価や批判の目を気にしすぎていると、それは自己成就予言[根拠のない思い込みでも、人は無意識に思い込みに沿った行動をするため、結果的にはそれが現実になってしまうこと]になりかねない。私たちはたびたびありもしない不幸を頭のなかでつくり出す。つねに誰かとマウントを取り合ったり、いつもなんらかの〝成果〟を上げることを意識したりして、まわりに自分がどう見られるかを気にしてばかりいるからだ。

 こうした競争意識は、自分ではどうしようもないほど根付いてしまっている思考パターンが原因になっている──内なる女性嫌悪だ。

 少し話は逸れるが──私は20代の初めごろ、元彼の新しい彼女や、当時付き合っていた彼の前の彼女を嫌ったり、他人の女性をライバル視したりするのはしごく普通のことだと思い込んでいた。それが基本ルールだと思っていたのだ。

 その人が自分とどんな関係性かによって好き嫌いを決めていた。友達と「新しい彼女」の悪口を言うのは普通のことだと思っていたし(もちろん普通ではない!)、男性に浮気をされたときには、彼ではなく、浮気相手の女性のほうに腹を立てた。こうしたことを引き起こす原因もやはり、内なる女性嫌悪──つまり、社会によって植えつけられた、女性を敵視する思想である。

 自分ではどうしようもないこの思考パターンのせいで、私たちはほかの女性たちを値踏みして、張り合い、互いが下した人生の決断の優劣を競ってしまう。彼女たちがいつどんな人生の一歩を踏み出したかを根掘り葉掘り聞き出し、自分の人生と比較し、そして他人ともさんざん比較した結果、30歳を前にしてパニックに陥るのだ。

自信が無いのは他人の評価を気にしすぎるから

 自分の選択が正しいかどうか自信が持てないのは、多くの場合、他人からの評価を気にしすぎているせいだ。自信を持って自分の人生の決断を下したなら、誰にも──自分自身に対してはとくに自分の生き方を批判的な目で見る余地を与えるつもりはない。

 それがたとえ、ひとりで生きていくという決断だったとしても。周囲が自分の決断をどれだけ真摯に受け止めるかは、自分が自分の決断をどれだけ真摯に受け止めるかで決まると私は思う──年齢など、結局はただの数字にすぎないのだ。

 もちろん、その人自身がひとりでいることに満足していないのなら話は別だ。

「私はもう○○歳(あなたの好きな数字を入れてほしい)。なのに、まだひとり。この年齢になるころには、違うライフステージにいたかった」と考えているのなら。けっして過分な望みではないが、現実では即座にそれが叶わないこともある。現実をいますぐ変えることができないのなら、あなたを癒してくれるものはなんだろう?

 もしいまの状況に不服なら、その気持ちを無理に抑える必要はない。しかし、たとえ現状に不満があっても、あなたを満たしてくれる生きがいや、課題や、価値のある何かはきっとあるはずだ。重要なのは、自分の人生に意義を与えることだ。

 そういう状況下において、実際にはネガティブな感情に支配されていたとしても、ポジティブな面に意識を集中させることが役に立つと私は考えている。ひとりでいることのポジティブな面は──自ら望んでひとりでいる場合でも、意に反してひとりでいる場合でも──自分を知るための時間を十分に持てることだ。

 それに私は、ひとりでいるほうが若さを保てると確信している。その理由は、ひとりでいると、未知のものに触れてわくわくする機会が次々とやって来るからかもしれないし、自分自身にもっと気を配ることができたり、自己管理する時間がとれたり、自分の欲求に忠実でいられたりするからかもしれない。あるいはただ単に、ひとりでいるほうがストレスが少ないから、という可能性もある。

 男性は誰かが隣にいるほうがよく眠れるのに対して、女性はひとりのほうが眠りが深くなるという(知っている人もいるかもしれないが)。学術研究の結果によると、女性の眠りの質が上がるのは、唯一、犬がそばにいるときだけなのだそうだ。男性と一緒に住むよりも、どうやら犬と暮らしたほうがいいらしい。

 それから、このことをぜひとも頭に入れておこう──私たちはそれぞれ、自分独自の旅をしている。45歳で初めて起業をする人もいれば、21歳でひとり目の子どもを持つ人もいる。76歳になって初めて本当の恋に落ちる人もいる。ひとつとして同じ人生はないし、それに──幸いにも──人生には、正解も不正解もない。

 たとえ同じ家庭で育ったとしても、私と妹のように、生き方はまったく異なることもある。私たちは誰かと競い合う必要もなければ、誰かと自分を比較する必要もないのだ。

最高の過去に

 私は、考えられるかぎり最高の30歳の誕生日を過ごしていた。11月の半ばのベルリンは凍てつくように寒く、中心部の通りには薄い氷が張っていた。誕生日を祝っている小さなバーでは、ふたりの若い男性がライブ演奏のためにマイクをコンセントにつなぎ、ごく親しい友達と私の家族の何人かは、グリューワイン[シロップや香辛料を入れてつくるドイツのホットワイン]を傾けながら、箱入りのピザを分け合っている。

 少し離れたところに立って、ここに集まってくれた人たちを眺めていると、感謝の気持ちがひしひしとこみ上げてきた。この人たちのおかげで、私がどれほど幸せに過ごせているか。

 この人たちと過ごす時間を、私がどれほど楽しんでいるか。この人たちと一緒なら、ひとりでなくても、私は自由でいることができた。どんな生き方をしたいのか、いますぐ決める必要があるとは思わない。でもその夜私は、これからの人生は、きっとどんどんよくなる一方に違いないと確信していた。

<本稿は『ハッピー・ロンリネス―群れないドイツ人 幸せのかたち』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock


【著者】
マリー・ルイーゼ・リッター(Marie Luise Ritter)


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