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子どもの学力向上「勉強より運動」に着目したい訳

「わが子にはできるだけ学習環境の良い学校へ進学してほしい」

そのためには子どもの学力が伴わなければなりませんが、なかなか親の思う通りにいかないケースも少なくないでしょう。

「机に座って問題を解かせるだけでは、子どもの学力は決して上がらない」と唱えるのは、運動が脳にどんな影響を与えるかをテーマに、効果の高い身体の動かし方やそのメカニズムを『運動脳』にまとめたスウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏。子どもの一生を左右するといっても過言ではない「学力向上」の真実とは。本書より一部抜粋、再構成してお届けします。

『運動脳』(サンマーク出版) アンデシュ・ハンセン

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運動は学習内容が頭に入るための土台づくり

「PISA」という略称で知られる国際学習到達度調査は、15歳の生徒を対象にした学力テストだ。この結果が、各国の子どもたちの学力を比較する資料として使われる。そしてスウェーデンの国民にとって、2013年12月に発表された結果は非常にショッキングなものとなった。

 スウェーデンの子どもたちは、上位を占めた韓国やシンガポール、香港に大きく水をあけられていた。それだけではない。OECD加盟国の平均点も下まわり、北欧諸国のなかでは最下位だった。しかも調査の対象となる読解力、数学的応用力、科学的応用力の3分野ともに惨憺(さんたん)たる結果だった。

 だが、それよりも深刻な問題は、わが国の教育の進むべき方向が間違っていることだ。スウェーデンの順位は前回に比べて、どの国よりも落ち込んでいたのだ。

 現状を逆転させるべく、教育関係者の間では活発な議論が交わされた。だが、そこで出された提案は、指導法やクラスの人数といったものがほとんどだった。

 本当に目を向けるべきものは、そのようなものではない。子どもの記憶力や学習能力を驚異的に伸ばす方法として科学の研究が立証したもの、つまり身体活動にこそ着目すべきなのだ。スウェーデンにかぎらず、現代の子どもたちは決して充分に身体を動かしているとはいえないのである。

 事実、子どもたちの学力に影響を与えるものは、教室で座って学ぶ内容ばかりではない。学童期や思春期の生徒が運動をすると学習能力が向上することは、科学がはっきりと証明している。

 学校での体育の時間は、サッカー場や体育館で行われるスポーツよりもはるかに意義がある。それはチームの優勝や、スポーツの技能を上達させることではない。数学や国語の学習内容が、すんなり頭に入るための土台づくりになるのだ。

学力と運動の絶対的な関係

 運動が子どもたちの基礎的な学力──いわゆる「読み・書き・計算」の力を伸ばすことがはっきりと立証された場所は、アメリカのアイビーリーグの名門大学ではなく、スウェーデン南部スコーネ地方のブンケフロという町の小学校だった。

 調査の対象となった2つの小学校では、時間割に体育が毎日組み入れられた。また比較のため、通常どおり体育を週に2回行うクラスも設けられた。

 体育の授業の回数以外、条件はすべて同じだった。居住区も学校も授業内容も、みな同じだ。結果はどうだっただろうか。

 まず、毎日体育の授業を受けた生徒は、週に2回の生徒よりも体育の成績がよかった。これは当たり前の結果だ。予想外だったのは、この生徒たちが特別な指導を受けたわけでもないのに、算数や国語、英語でもよい成績を取ったことである。しかも、その効果は何年も続いた。

 ただ体育の授業を増やしただけで、生徒のほとんどが優秀な成績で学校を卒業したのである。また、この効果は、男子生徒に目立って現れた。このような目覚ましい結果をもたらした学習メソッドはそれまでなかった。

「体力」が知力を決める

 運動と学力の関係が明らかになったのは、スコーネだけではない。アメリカの研究チームも、小学校3年生と5年生、計250名を対象にした調査を行い、同じ結果を得ている。

 科学者たちは生徒の体力を正確に把握するために、心肺機能、筋力、敏捷性を計測した。その結果、体力のある生徒たちは、学業においてもすぐれていることがわかった。

 この調査においても、結果は明らかだった。体力のある生徒は、算数と読解の試験で高得点を取った。しかも体力的にすぐれていればいるほど、得点も高かった。

 ところが肥満気味の生徒には、別のパターンが見られた。体重が重いほど、試験の得点も低かったのだ。俗説では「太った子どもは頭がよく、わんぱくな子どもは頭が悪い」といわれるが、それが根拠のない偏見に過ぎないことが証明されたわけである。

 この250名の生徒の結果だけで、あるいはスコーネの2校の結果だけで結論を下すのは気が早いだろうか。

 アメリカのネブラスカ州では1万名に近い子どもたちを対象にして、これと同様の調査が行われている。ここでもやはり体力的にすぐれた子どもは、体力のない子どもより、算数や英語の試験の得点が高かった。

 だが肥満──アメリカでは深刻な問題だ──の傾向にある子どもに、とくに差は見られなかった。肥満児の成績は、標準体重の生徒に比べてとくによくも悪くもなかったのである。

 では、なぜ子どもが運動すると、数学や国語の学力が上がるのだろうか。

 大人が運動すると海馬(記憶の中枢で感情の制御もしている部位)が成長する。どうやら子どもでも、これと同じことが起きるようだ。

 10歳児の脳をMRIでスキャンしてみると、体力のある子どもは海馬が大きいことがわかった。つまり、子どもでも身体を鍛えれば、脳の重要な部位である海馬が大きくなるということだ。

 これは、体力のある子どもが記憶力のテストで高得点を取ったという調査結果とも一致する。つまり身体のコンディションが良好だと海馬が成長し、さらに子どもの記憶力をはじめとする学力が向上するのである。

 この分野において、とくに興味深いことがある。それは、試験の内容がもっと難しくなると、体力的にすぐれた子どもと体力のない子どもとの差がさらに開いたことだ。

 簡単な記憶力の試験では、両者の得点にそこまでの差はなかった。だが、難しい試験になると、体力的にすぐれた子どもが大差で上まわっていたのである。

「たった一度」「4分」の運動でいい

 大人の脳がたちどころに運動に反応するように、子どもの場合でも運動すると、たちまち脳の働きがよくなって理解力が増す。9歳児が20分運動すると、1回の活動で読解力が格段に上がったというデータがある。たった一度の運動で、子どもの学力に変化があったのだ。

 とはいえ、そのメカニズムはまだ詳しくは解明されていない。だが子どもが運動をした直後に、物事に集中できる時間が長くなることは立証されている。つまり、「運動によってどれだけ子どもの集中力が上がったか」が、学力向上の謎を解くカギだろう。

 では、子どもの集中力を維持するには、最低どのくらい運動をすればいいのだろうか。それを探る調査が実際に行われている。結果は、まさに驚くべきものだった。

 10代の子どもたちが12分ジョギングしただけで、「読解力」と「視覚的注意力」がどちらも向上したのである。そして、その効果は1時間近くも続いた。

 それだけではなく、たった4分(これは目の錯覚ではないので、ご安心を)の運動を一度するだけでも集中力と注意力が改善され、10歳の子どもが気を散らすことなく物事に取り組めることも立証された。

 運動で高まる能力は、注意力や記憶力だけにとどまらない。今の時点では、4歳から18歳までの子どもが運動すると、ほぼすべての認知機能が高まることがわかっている。複数の作業を並行して行うことや、ワーキングメモリー、集中力、決断力──こういった能力がすべて向上するのである。

 これが学校なら、算数、読解、問題解決の能力に関する科目の成績が伸びることが目に見えてわかるだろう。

<本稿は『運動脳』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

【著者】
アンデシュ・ハンセン(Anders Hansen)
精神科医。スウェーデンのストックホルム出身。
カロリンスカ研究所(カロリンスカ医科大学)にて医学を、ストックホルム商科大学にて企業経営を修めた。現在は上級医師として病院に勤務するかたわら、多数の記事の執筆を行っている。
これまでに、『ダーゲンス・インドゥストリ』(スウェーデンの経済新聞)、『SvD』(スウェーデンを代表する朝刊紙の1つ)、『レーカレ・ティードニング』(スウェーデンの医療関係者向けの雑誌)、『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』などに医学研究や医薬品に関する記事を2000件以上寄稿。ラジオやテレビでも情報を発信し、とくにテレビ番組『科学の世界』への出演で有名。自身のテレビ番組もスウェーデン国内で持っている。講演活動も精力的に行っている。
精神科医として活動するかたわら、テニス、サッカー、ランニングに励み、週に5日、少なくとも1回45分取り組むようにしている。
主な著書に『スマホ脳』(新潮社)などがある。

【訳者】
御舩 由美子(みふね・ゆみこ)

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