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容姿に絶望した彼女たちが出会った「誰もが振り向く姿になれる」不思議な鏡

 承認欲求、カースト、婚活難民、美容整形……

 なぜ人は「美しさ」から逃れられないのでしょうか?

 容姿に絶望した彼女たちが出会ったのは、覗くと一瞬で誰もが振り向く姿になれる不思議な鏡でした。女装家心理カウンセラーが挑む、ルッキズム小説『コンプルックス』の試し読みをお届けします。

『コンプルックス』 サンマーク出版
『コンプルックス』

ナルシスの鏡。
それは、容姿に絶望した人が覗くと、
誰もが振りむく姿になれる不思議な鏡。
ただし、その姿はあくまでも
仮想現実。
そして66日を過ぎてもなお、
仮想現実の中で
生きることを決めると、
元の世界での
その人物の存在は消える──。

 鏡とは本当に不思議な存在である。

 見る者との位置関係によって、左右逆転のみならず、上下転倒や増殖、拡大、縮小、歪曲して見える像を映し出すから。

 こうして鏡は、人間の願望、不安、問題意識、そして無意識の領域まで含めた人の心を映し出してきたのである。

 そもそも「mirror(鏡)」の語源は「奇跡、不思議(miracle)」という意味のラテン語に密接に関連している。

 日本語の「かがみ」という言葉にも沢山の特別な意味が託されている。

「かがみ」の語源とされる「影見」

 自己認識につながる「可我見」

 相手の姿・面影を見るための「形見」

 規範や手本を意味する「鑑」

 要するに鏡には「魔術的なチカラがある」という信仰が世界の至る所で受け継がれているのだ。

 鏡に対する特別な信仰心を基に、「魔術的なチカラを宿す鏡」を探し求めては集める一部の骨董マニアがここ日本にも存在していた。

 様々な逸話を持つ魔術的なチカラを宿す鏡、いわゆる「魔鏡」は骨董マニアの間では非常に高値で取引されてきたのだ。

 ──東京都台東区浅草。

 観光客で賑わうこの街には、まさにその魔術的なチカラを宿す鏡を所有している骨董好きの美容室が存在すると噂されている。

 店の名前は〝ナルシスの鏡〟。

「自分のイメージした通りの美しい姿に容姿を変えてくれる不思議なチカラを持つ」と噂されている鏡の存在や、その鏡にまつわる数々の逸話は某インターネット掲示板や都市伝説系の動画チャンネルの影響もあり多くの人が知ることになる。

 巷に広まっているナルシスの鏡の逸話とは以下の通りである。

 1つ、

「自分の容姿に心から絶望した人」がその鏡の前に座ると、鏡は鏡の中の世界にその人物の魂を吸い込んでしまう。

 2つ、

「鏡の中の世界」というのは理想の容姿を手に入れたもう1つの仮想現実である。

 しかしリアリティがあり過ぎて鏡の中の世界と現実の世界の区別はつかない。

 3つ、

 現実世界での6時間は、鏡の中の世界での時間では66日間にあたる。

 所詮仮想現実でしかない世界から元の現実に戻りたい場合は、鏡の中の世界の時間で66日以内に再び鏡の前に戻ってくる必要がある。

 つまり、

 美しい姿を手に入れた鏡の中の世界を生きるのか?

 元の容姿に絶望した現実を生きるのか?

 その選択を66日以内に迫られるわけだ。

 4つ、

 66日を過ぎてもなお魂が鏡の中に残る選択をした場合、元々の現実の世界でその人物の存在は消滅する。抜け殻になった肉体も6時間後には鏡に回収されてしまう。

 そして元いた世界で関わった全ての人の記憶からもその人物に纏わる記憶は消えてしまう。もしもその人物に子供や孫などの子孫が存在する場合、同時にそれらの存在は全て鏡の中に飲み込まれ消滅してしまう。

 ナルシスの鏡にまつわる逸話はおおよそこんなところ。

 そんなわけでこの鏡の不思議なチカラを「実体験した」と話す人の体験は2通りに分類することができた。

 1つは、絶望的な外見と決別して、理想の容姿を手に入れた世界に〝やってきた〟と話す人達。

 もう1つは、理想の容姿を手に入れてみたけれど結局66日以内に元の現実の世界に〝戻ってきた〟と話す人達。

「では、自分が今いる世界はどっちの世界?」と疑いたくなるほど、パラレルワールド感満載のこの噂に頭がこんがらがる人も少なくはなかった。

 だが、この鏡が〝自分のイメージした通りの美しい容姿に変えてくれる不思議なチカラを持つ鏡〟として認識されているゆえんは、

 鏡の向こうの世界から〝やってきた人〟も、

 鏡の中の世界から〝戻ってきた人〟も、

 どちらも共通して容姿が見違えるように変化することに変わりがないからである。

 もちろんこの鏡に対して懐疑的な意見を持つ人も少なくはなかった。

 元々容姿の完璧な人が、鏡の向こうの世界から〝やってきた〟と言わされているという説があったり、

 美容整形やダイエットで劇的ビフォー・アフターを果たした人が、鏡の中の世界から〝戻ってきた〟と言わされているという説があったり。

 さらに言えば、〝自分の容姿に心から絶望しているかどうか〟が鏡のチカラの発動条件だからか、実際に訪れた人達の「何も起こらなかった」という声が続出していることも、懐疑的な目を向けられる1つの要因となっていた。

 しかし、1人の歌手の登場により、この鏡に転機が訪れた。

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【著者】
クノタチホ
バイセクシュアルの女装家セラピスト