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夏まゆみさんが生前に語っていたエースの絶対条件

昨年6月に亡くなった夏まゆみさん(享年61)。ダンスプロデューサー/指導者としてモーニング娘。やAKB48、宝塚歌劇団、吉本印天然素材、マッスルミュージカルなど団体から個人に至るまで数多くのアーティストの振り付けを手がけられたことで知られています。

夏さんはコリオグラフィ(舞踏の振り付け)の第一人者であると同時に、独自の教育法による指導者としても注目されていました。

伸び悩んでいた教え子の成長が、指導者の「言葉のかけ方」次第で著しく加速するケースを自ら体験したことで、指導における「言葉」の役割の重要性に早くから着目。以降、30年以上にわたり実際の指導現場で試行錯誤をくり返し、効果的な「声かけ」を導き出したのです。

夏さんにはいくつかの著書がありますが、代表作のひとつがサンマーク出版から発刊された『エースと呼ばれる人は何をしているのか』です。

夏さんがAKB48やモーニング娘。といった国民的アイドルをどう育てたのか、彼女たちにどんな指導をして、どんな言葉をかけていったのかなどの経験を通して、一般のビジネスパーソンにも共通する「成功する人」の秘密を綴っています。

――もし、成功する人は少数で、成功しない人のほうが多数だと思っているなら、それは大きな誤解です。なぜなら、本来は成功する人が「多数」で、成功しない人のほうが「ごく少数」だからです――

こんな書き出しから始まる本書の中から一部を抜粋し、夏さんがビジネスパーソンに宛てたエースに求められる資格の1つにまつわるメッセージをご紹介します。以下、本書より抜粋です。

『エースと呼ばれる人は何をしているのか』(サンマーク出版) 夏まゆみ
『エースと呼ばれる人は何をしているのか』


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シンデレラストーリーは決して叶わない幻想である

 力士であれば、普段からごはんをよく食べ、体重を増やさなければいけません。ボクサーであれば、普段から食べ過ぎには気をつけ、体重を一定にコントロールする習慣が必要です。

 エースになる人の場合も、一定の考え方や習慣が必要で、それを継続できるからこそエースとなります。

 その考え方、行動、習慣をひと言で表したのが「自己を確立し、自信を持ち、前に向かって進む」という、「エースの資格」になるわけです。

 ひと言とはいえ、そこには三つの要素が含まれています。このうち、ひとつでも欠けてしまうと不完全なエースにしかなれません。

 では、この三つの要素とはそれぞれどのようなものなのか、もう少し具体的にお話ししたいと思います。

 まずはエースの資格〈その1〉「自己を確立する」から考えてみましょう。

 自己を確立するための第一歩は、自分が何をめざしていて、そのためにいま何をやればいいかを明確にすることです。

 おそらく多くの人は、漠然とした夢や理想はあるけれど、そこへの道筋が見えなかったり、夢に近づいている実感が持てないから悩むのではないでしょうか。

 アイドルの卵たちも同じで、歌手になりたいとかセンターに立ちたいとか、漠然とした目標は持っていて、自分なりに努力もしているのだけれど、それが少しも実になっていないような気がして落ち込んでしまう子がたくさんいます。

 そんなときに教えるのが「階段の法則」です。

 やり方は、まず紙に階段の絵を描いて、最上段にその子の夢、たとえば歌手になりたいなら「歌手になる」と書きます。次に「歌手になるには何をしたらいいと思う?」と聞いて、本人が「ボイトレ(ボイストレーニング)かな」と答えたら、夢の下の段に「ボイトレ」と書き加えます。

 続けて「じゃあなんでボイトレやらないの?」とたずね、「レッスン料が足りない」という返事だったら、ボイトレの下の段に「お金」と記入。「ならお金を貯めるにはどうすればいい?」という質問に「アルバイトを頑張る」と返ってきたら、お金の下段に「アルバイト」と書きます。

 そんなふうに最上段の夢から一段ずつ地面まで降りてくれば、いまの自分にできることが見つかります。アルバイトと歌手はまったく関係がないようでいて、ちゃんと同じ階段でつながっていることがわかれば、アルバイトへのモチベーションも上がります。

 わかってほしいのは、バブル時代に流は行やったようなシンデレラストーリーは幻想であり、夢への階段は基本的には一段ずつしか上れないということです。

 先の例でいうなら、お金がなければボイトレに行けないし、ボイトレに行かなければ歌手にはなれない、だからアルバイトを頑張るんだと自分で理解することが大事ということ。

 それが自分の夢と現実の距離を自然と認識させ、自己を確立することにつながるのです。

夢への階段は、上から描いても下から描いてもいい

「階段の法則」の効果はてきめんで、この青写真を描けたら、その人はすでに半分成功しているといってもいいくらいです。

 ただ、なかには階段をつくれない人もいます。夢があいまいすぎたり、ネガティブな気持ちになっているときなど、どんなに考えても夢と現在を結ぶ階段が見えてこないことがあります。

 そんなときは、階段を下から積み上げていくやり方もあります。ターゲットはあえて絞らず、興味があることに片っ端から手をつけてみる。一通りやり終えたら、そのなかから一番手ごたえを感じた階段に上って、短期間でもいいから集中して取り組んでみる。さまざまな人に会ったり、情報を集めたり、とにかく積極的に動いているうちに、次のステップが見えてくる──。

 私自身もどちらかといえば、階段を下から積んできたタイプです。最初からダンサーや振付師になるという夢があったわけではなく、興味が向くままいろいろなことにチャレンジしていたら、いつの間にかダンサーへの階段が出現していたのです。

 最初のきっかけは、幼稚園のときに見た「ソウル・トレイン」というアメリカのダンス音楽番組です。ライブ演奏に合わせて踊る外国人ダンサーが本当にカッコよくて、毎日マネして踊っていました。

 しかしながら、そこから一直線にダンサー志望となったわけではなくて、私の興味はどちらかというと「海外」とか「外国人」に向いていました。だから英語はものすごく勉強したし、在学中にイギリス留学も経験しました。

 その一方で、中学・高校ではバスケ部にどっぷりはまったり、ディスコに通ったり、竹の子族をやってみたり、いろんなことに足を突っ込んだ青春時代でした。

 卒業後は英語力を活かして赤坂見附にある商社に就職しました。OLをやっていたと言うと驚かれますが、じつはこの就職こそがダンサーという仕事につながる階段だったのです。

 まったくもって偶然なのですが、会社の真向かいがダンス教室で、オフィスの窓からはスタジオの様子がよく見えました。そこで同世代の女の子が楽しそうに練習をしているのを眺めているうちに、私もやってみたいという想いがムクムクふくらんで、初めて正式にダンスを習うことにしたのです。

 そうしたら半年後には「先生をやってほしい」と言われ、ダンスインストラクターをはじめました。しかもミュージカル劇団のオーディションに合格し、そこに所属することまで決まったのです。

 それを機に会社を辞めて小さなダンス教室をはじめたところ、生徒さんがどんどん増えていって、先生と呼ばれる責任を自覚していきました。

 そうこうするうちに、いつの間にか「振付師」の肩書もつくようになり、数年後には「吉本印天然素材」の仕事が舞い込みます。一九九七年からはNHK紅白歌合戦のステージング、一九九八年には冬季長野オリンピック閉会式での公式テーマソング振り付けと、次々に大きな仕事をいただけるようになりました。

 おもしろそうだと思った階段を一段上り、そこで頑張っているうちに二段目が見つかって、二段目でも一生懸命やっていたら三段目も見えてきて……。それをくり返しているうちに、ダンスで生きていけるようになっていたのです。

 ただ、いまの私は若いころとはまた別で、最初に紹介した「階段の法則」のセオリーどおり、階段の最上段〈夢〉を起点としてやるべきことを考えています。

 それはあるときから「日本でのダンス文化の確立」という確固たる目標ができたから。そのために「振付師とダンサーの地位を向上させる」など、めざすゴールが明確なときは、階段は上から下へ描くほうが効率的に夢へと近づけます。

他人の評価を気にする人は「新しいもの」をつくれない

 アイドルもビジネスマンも、ある意味では〝評価されてナンボ〟の世界です。どんなに努力したとしても、会社や世間が評価してくれなければ出世や成功は望めません。

 とはいえ、周囲の評価ばかり気にするのも考えものです。

 たとえば振り付けリハーサルの最中に、踊りながら私のほうばかりチラチラ見てくる人はまず上達しません。「先生の反応はどうだろう……」なんてことだけ考えて踊っているから、本来の目的を見失ってしまうのです。

 本来の目的とはこの場合、ダンスの技術や表現力を磨くことであって、「夏先生にほめてもらうこと」ではありません。だったらレッスン中は私の顔色なんてうかがっていないで、鏡に映る自分自身をしっかりと見て、イキイキと美しく踊れているかを確認すべきでしょう。

 自分の気持ちがどちらに向いているか、それが、自己が確立できているかどうかを自分自身ではかる絶好の機会になります。

 正直にいえば、私だって自分の振り付けたダンスがどんなふうに評価されるのか、CDやPVの売り上げがどうなるかは、もちろん気にはなります。でも、それを優先順位の一番上に持ってくることはありません。ウケるかどうかを第一に考えていたら好きなもの、新しいものはつくれないし、自分にうそをつくことになるから、結果、いいものだって生まれません。

 エースと呼ばれる人たちは、このあたりのバランス感覚が絶妙です。他人の評価を無視するわけではないけれど、それに振り回されたりはしない。それはつまり、自己を確立している証(あかし)なのです。

<本稿は『エースと呼ばれる人は何をしているのか』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

【著者】
夏まゆみ(なつまゆみ)
ダンスプロデューサー/指導者。
1962年神奈川県生まれ。1980年渡英以降、南米、北米、欧州、アジア、ミクロネシア諸国を訪れオールジャンルのダンスを学ぶ。1993年には日本人で初めてソロダンサーとしてニューヨークのアポロ・シアターに出演し、絶賛を浴びる。1998年、冬季長野オリンピック閉会式で老若男女数万人が一度に踊るための振り付けを考案・指揮する。吉本印天然素材、ジャニーズ、モーニング娘。、宝塚歌劇団、AKB48、マッスルミュージカル等、団体から個人にいたるまで、手がけたアーティストは300組に及んだ。独自の教育法による人材育成、ならびに飛躍に導くその手腕から、近年、「ヒトが本来持つ道徳観に基づいた人間力向上」の指導者としても注目を集めた。2023年6月21日、逝去。

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