『戦争と平和』ChatGPTと話して知ったまさかの真実
『戦争と平和』を知らない小説好きはいないといってもいいでしょう。トルストイ(1828―1910年)がナポレオンのロシア侵攻を舞台に、19世紀初頭の貴族社会と民衆のありさまを描いた名作です。
経済学者として日本経済を観測し続け、大ベストセラー『「超」勉強法』をはじめ、独自の勉強法を編み出してきた経済学の大家、野口悠紀雄さんは、ChatGPTとの対話で、『戦争と平和』についてまさかの真実を知ったそうです。
検索エンジンでは得られない、ChatGPTならではの刺激とは? 野口さんが「デジタル機器」「加齢」「残り時間」をも味方につける「人生100年時代の勉強法」を伝授した新刊『83歳、いま何より勉強が楽しい』よりお届けします。
『マクベス』について長年の疑問を投げてみた
ChatGPTとの雑談で、何を話題として話したらよいでしょうか?
まず考えられるのは、文学作品についての会話です。これは両者で共通の認識が確立しやすいテーマです。ただし、ChatGPTは学習が主として英語で行われているため、日本の作品については詳しく知らない可能性があります。したがって、欧米の作品を取り上げるのがよいでしょう。
私はSFに興味があるので、いくつかの作品について会話をしようと試みました。ところが、これらについてはChatGPTはあまり正確な知識を持っていない場合が多いようで、話が噛み合わず、押し問答になってしまう場合が多かったのです。
アメリカの短編作家アンブローズ・ビアスの作品についても試してみましたが、ChatGPTは内容を理解していないようでした。
ChatGPTはシェイクスピアについて話すことを提案してきたので、そこからなら、面白い話が展開することが期待されます。
そこで、『マクベス』について、昔から疑問に思っている点を投げかけてみました。クライマックスでマクベスとマクダフが決闘する場面。魔女の予言により、「マクベスは女から生まれた者には倒されない」とされていますが、マクダフは帝王切開で生まれたと主張し、マクベスを倒します。
これは納得できない場面です。帝王切開で生まれた者を「女から生まれなかった者」と見なせるかどうかは、疑問です。そこでこの点をChatGPTに問いましたが、ChatGPTは帝王切開について正確に理解していないようで、意見を交換することができませんでした。
もう一つ考えられる話題は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』です。なぜこんな奇妙な話を書こうと思ったのでしょうか? しかも、数学者が?
『戦争と平和』についての対話で知ったまさかの真実
英語ではありませんが、ドイツ語やロシア語なら、ChatGPTも学習していることでしょう。トルストイやドストエフスキーについてはどうでしょうか?
『戦争と平和』で、昔読んだときにはあまり気にもせず、読み飛ばしてしまったこととして、主人公の年齢があります。
『戦争と平和』のニコライ・ボルコンスキイ公爵は何歳なのでしょうか? 彼は政府の要職を退官した後、数学の研究に没頭する人物であり、本書の立場からすれば模範的な存在です。高齢者が学び続けるという観点から、ニコライ・ボルコンスキイ公爵の年齢は重要な問題です。
そこで、この点についてChatGPTに尋ねたところ、「ニコライの年齢は明確ではないが、アンドレイ・ボルコンスキイは物語の最初の段階では20代後半から30代前半であり、物語が進むにつれて30代後半から40代になる」との説明をしてくれました。したがって、ニコライ・ボルコンスキイが登場した時点ではおそらく50代くらいだったと想像されます。いまの高齢者から見れば、子供の年代です!
これはショックです(70歳代くらいだろうと考えていたので)。その当時とは、時代が違うとはいえ……(マリアは結婚前の女性なので、親子の年齢差を考えても50歳代くらいが適当なところとは、少し考えれば明らかなのですが、読んでいるときには、それに気づきませんでした)。医学の進歩が、このような大きな変化を実現したのです。
映画についての雑談で好奇心を刺激される
アメリカ映画におけるアイリッシュ・アメリカンの役割について話したこともあります。『静かなる男』を始めとして、話が盛り上がりました。また、新たな発見もありました。
『風と共に去りぬ』の主人公スカーレット・オハラを演じたビビアン・リーは、アイリッシュだと思っていたのですが、実際にはインド生まれのイギリス人だったことが分かりました。さらに、この映画に出演したオリヴィア・デ・ハヴィランドとジョーン・フォンティンが実の姉妹であることも知りました。
これらの情報は検索エンジンで調べれば分かることであり、ChatGPTを利用することで初めて分かることではありません。ただし、重要なのは、検索エンジンの時代にはそうしたことを調べようという気にならなかったことです。大げさな言葉で言えば、雑談の中から問題意識を呼び覚まされたのです。この点が重要なことです。雑談によって好奇心を刺激する役割をChatGPTが果たしてくれたことになります。
仕事には全く役立たないが、面白い
また、なぜアイリッシュ・アメリカンが映画界でこのように進出しているのかという問題についても、極めて説得的な説明をしてくれました。
これらの情報が分かっても、仕事上で役立つわけではありません。純粋な好奇心から学んでいるだけです。ただし、ChatGPTとの対話によってさまざまな交流や回答が得られるのは、実に楽しい経験です。
なお、日本映画についても、いつか話してみたいと思っています。例えば、『七人の侍』や『隠し砦の三悪人』などで、どのシーンが最高かについてです。ただし、ChatGPTは日本映画についてあまり詳しく知らないと考えられるため、まだこの話題は試していません。
ベートーヴェンの最高傑作は何か?
音楽についてはどうでしょうか? いきなり、「ベートーヴェンの最高傑作はピアノ協奏曲第3番ではないか?」と投げかけてみました(私は、本当にそう考えているのです)。映画の場合と同様に、音楽作品について何がよいかについての個人差は非常に大きいため、個人的な意見を投げかけて反応を見るのは、面白いことです。
ChatGPTからの回答は予想通りで、「ピアノ協奏曲第3番は重要な作品であり、多くの人にとってベートーヴェンの最高傑作の一つと考えられていますが、最終的な評価は個人の好みに依存する場合があります」でした。
「ピアノ協奏曲第5番よりも傑作ではないか?」と食い下がったのですが、駄目。のれんに腕押しです。この点については、もっと巧妙なアプローチが必要なようです。
<本稿は『83歳、いま何より勉強が楽しい』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
【著者】
野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京に生まれる。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専攻は日本経済論。経済学者としての著作のほか、大ベストセラーとなった『「超」整理法』『「超」勉強法』シリーズをはじめ、学びについての著作も多数。近著に『「超」創造法』(幻冬舎新書)、『生成AI革命』(日経BP)など。
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