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超一流の人をつくる「究極の鍛錬」はひたすら地道だ

何かが「できる/できない」は天賦の才能によるもの、と考えている人は少なくありません。そこに異論を唱えるのが20カ国以上で翻訳され、何年も読まれ続けるロングセラーの新装版『新版 究極の鍛錬』です。

タイガー・ウッズ、ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェットなどの天才たちを研究した成果とともに、才能の正体に迫り、ハイパフォーマンスを上げる人たちに共通する要素――「究極の鍛錬」――があることをつきとめました。

初心者が鍛錬をしていると思っていることは、本当の意味での鍛錬ではありません。では、本書が解説する「究極の鍛錬」とは?

3月7日配信の「誰でも超一流の人になれる「究極の鍛錬」6つの鉄則」では、6つの究極の鍛錬のうち、2つを解説。今回は残る4つを詳しくご紹介します。

『新版 究極の鍛錬』


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●究極の鍛錬の要素とは?

究極の鍛錬の要素とは以下の通りだ。

①   しばしば教師の手を借り、実績向上のため特別に考案されている。
②その鍛錬は練習者の限界を超えているのだがはるかに超えているわけではない。
③   何度も繰り返すことができる。
④   結果に関し継続的にフィードバックを受けることができる。
⑤   チェスやビジネスのように純粋に知的な活動であるか、スポーツのように主に肉体的な活動であるかにかかわらず、精神的にはとてもつらい。しかも、
⑥   あまりおもしろくもない。

今回は③〜⑥についてご紹介しよう。

③何度も繰り返すことができる

 ここぞという本番と究極の鍛錬とのもっとも重要な相違点は、何度も繰り返せるかどうかにある。タイガー・ウッズは一シーズンで2、3度バンカーに深くボールが入る状況に見舞われたかもしれないが、もしそういうショットをそのようなときにしか打たないのなら、タイガーはあまりうまく打つことはできないにちがいない。

 特定の活動を何度も何度も繰り返すことこそが、究極の鍛錬の重要な要素だ。しかし、常に繰り返すだけでは能力開発には有効ではない。結局私は、ゴルフの打ちっぱなし練習でゴルフボールを打つことを繰り返しているが、それは単に繰り返しているだけだ。

 究極の鍛錬は単なる繰り返しとは二つの点で異なっている。一つは前述したようにラーニングゾーンで適度にきつい活動を選んでいることだ。私のゴルフの練習方法はたしかにこの基準を満たしてはいない。特定の課題に集中して練習していなかったからだ。

 もう一方は、繰り返しの回数の程度だ。達人になる者はバカバカしくて飽き飽きするまで鍛錬を繰り返す。メジャーリーグの有名な選手、テッド・ウィリアムズは両手から血が出るまでバッティング練習をした。40年以上たった現在でも大学バスケットボールの現役選手として記録が破られていないピート・マラヴィッチは、学生のころ朝体育館の開館と同時に行き、夜閉館になるまでシュートの練習を続けた。

 極端ではあるが有益な例としてゴルファーのモー・ノーマンがいる。ノーマンは、1950〜1970年代にかけて現役選手として活躍したが、トーナメントで勝つこと自体にはあまり興味がなかったという個人的な理由もあり、プロツアーではたいした成果を上げることはなかった。

 しかし、ゴルフボールをうまく打ちつづけることには強い興味があった。実際この点は誰にも負けない素晴らしい選手で、どのショットも次から次へとまっすぐに飛んだ。16〜32歳までのノーマンの練習メニューは日に800個のボールを打ち、その練習を週に5日行った。ノーマンはおそらくは間違いなくこのことに取りつかれており、自分が今までに打ったボールの数をすべて覚えていると報じられている。

 1990年の半ばにノーマンの打ったゴルフボールの総数は実に400万個になっていた。プロゴルファーでトップの水準になるには、ただまっすぐに打つだけでは十分ではない。しかし、この特定のスキルも気が遠くなるほど繰り返せば、目を見張るほどの能力を開発できる。

 もっと一般的にいうならば、究極の鍛錬の活動を効果的にしたいなら、その鍛錬は相当な数を繰り返すことができるものでなければならない。

④結果へのフィードバックが継続的にある

 ゴールドマン・サックスのCLO(最高教育責任者)のスティーブ・カーは、リーダーシップ開発の分野において著名な研究者で、フィードバックのない練習は、目の前に膝までカーテンが垂れ下がった状態でボウリングをやるようなものだと語っている。

 訓練は好きなだけやってもかまわないが、訓練の成果がわからなければ、次の二つのことが起こるとカーは言っている。一つはけっして上達しないこと、もう一つは注意深く練習をしなくなってしまうことだ。

 ほとんどの鍛錬でフィードバックを得るのは簡単なことだ。目の前のカーテンを上げさえすれば、ボウリングの球を投げたあと自分の一投の結果を即座に知ることができる。スポーツではたいていの場合、鍛錬の結果を知ることは容易だ。野心に燃えるチェスの達人は、過去の名人の対戦を研究して鍛錬を行う。

 駒の一手一手を自分で動かし、チェスのチャンピオンがその局面で何をどう動かしたかを知ることにより即座にフィードバックを得ることができる。

 鍛錬の結果を判断する必要がある場合はやっかいだ。たとえばブラームスの「バイオリン協奏曲」のあの一小節が完璧に弾きこなせたと自分では確信していたとして、自分の判断を本当に信じてよいのだろうか。就職の面接のリハーサルが一つも失敗せずにできたと信じていたとしても、大切なのは自分の評価ではない。こうした状況でのフィードバックには先生やコーチ、メンターの存在が欠かせない。

⑤精神的にはとてもつらい

究極の鍛錬では対象をとくに絞り込み、集中して努力することが求められている。よく考えず音階を弾いたり、普通の人がテニスボールを打ったりすることと究極の鍛錬とのはっきりとした違いがここにこそある。十分ではないと思う成果の要因を継続的にかつ正確に、厳しい目で洗い出し、懸命に改善しようとすれば、精神的には大きな負担となる。

 あまりにもきつい努力なので誰も長くは耐えられない。分野を超え驚くほど共通してみられる要素の一つに、究極の鍛錬の練習時間は一日に4〜5時間が上限で、一回のセッションは一時間から一時間半しか続かないということがある。前述の西ベルリン音楽学校のトップグループのバイオリニストの例でも、一日の総練習時間はおよそ3時間半だが、これは通常2回、3回に分けて行ったトータルの時間だ。

 他の多くの最高水準の音楽演奏家も一回4〜5時間の練習を上限としている。チェスのチャンピオンの場合も概して同等の時間数が報告されている。

 優秀なスポーツ選手の場合でさえ、集中的に考えることは練習の一部である。たとえば、タイガー・ウッズのコーチを10年間務めたハンク・ヘイニーは、もっとも有名な教え子についてこう報告している。

 「変わった特徴は、彼が小まめに休憩をとることだった。彼は25球以上続けて打つことはめったになかった。カートに座って、数分間黙って外を見つめることもあった。私は最初の数回は何も言わなかったが、しまいには『何をしているんだ』と聞いてみた。彼は『今自分たちが何を行っているのかを考えていただけだよ』と答えた。

 私たちが取り組んでいたことは、けっしていつも楽しいものではなかったから、彼は自分がプロセスのどこにいて、どこに向かっているのかを理解しているのかどうか確認していたんだ」

 ナタン・ミルシテイン、20世紀が生んだ最高のバイオリニストの一人だが、有名なバイオリン教師のレオポルト・アウアー(チャイコフスキーの「バイオリン協奏曲」は難しくて演奏するのは不可能だと公言したが、その後この曲の大ファンとなった人物)の弟子だった。

 聞くところでは、あるときミルシテインがアウアーに自分の練習量が十分か尋ねたところ、アウアーは「指だけで練習するなら毎日朝から晩まで練習が必要だろう。しかし、心を込めて練習するなら一時間半で十分だろう」と答えたと伝えられている。

 アウアーがつけ足さなかったのは、心を込めて練習すれば一日中練習しつづけることはできないから、一時間半でもよいということだ。

⑥あまりおもしろくない

 このことは究極の鍛錬のもう一方の特性、すなわちおもしろくないメニューへとつながっていく。上手にできることをやるのは楽しいものだ。究極の鍛錬では、まさにこのまったく逆のことが求められる。得意なことの代わりに、不得手なことにしつこく取り組むことが求められる。

 そうして、つらく難しいことをやることで技が向上することがわかり、鍛錬を繰り返し実行する。一回繰り返すたびに、どこがまだ不十分なのか自らを見つめたり他人から指摘を受けたりすることが強いられる。

 そうすることで、今終わったばかりのもっともつらく、困難な鍛錬を繰り返すことができるのだ。そして精根尽きはてるまでそのプロセスを継続する。

 これがまさに現実のスターがやっていることだと信じて疑わないことだ。ハンク・ヘイニーの話をもう一度聞いてみよう。

 「タイガー・ウッズのルーティンはジョフ・コルヴァンがその著書『究極の鍛錬(Talent Is Overrated)』で言う素晴らしい成果を上げた者が行っている『究極の鍛錬』の例である。それは、弱点に丹念に集中する必要があるため、もっとも難しく、最高レベルの練習である。

 多くのプレーヤーは多くのボールを打つが、自分の長所だけに集中する。偉大な上達者は、不快になることを厭(いと)わず、欠点を修正するために精神的、肉体的な努力を惜しまない。それはしばしば、難しい『反対指向』の補習を伴う。

 しかし、それはメジャー大会の準備モードに入ったタイガーそのものだった」エリクソンと同僚は論文で、究極の鍛錬は「本質的に楽しいものではない」と述べている。

 もし自己の能力向上でもっとも大切なことがおもしろくないことだと知り多少気がめいるようなら、次のように考えたらどうだろう。きっとそのほうがいい。もし達人になることが簡単で楽しいなら、誰もがこぞって鍛錬するようになり、最高の技をもつ者とそれ以外の人と区別がつかなくなる。

 究極の鍛錬がつらいという現実はむしろよい知らせともなりうる。つらいということは多くの人がやりたがらないのだから、喜んで精進すれば、他の人たちから見てそれだけあなたは際立った存在になる。

<本稿は『新版 究極の鍛錬』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>


【著者】
ジョフ・コルヴァン(Geoff Colvin)
フォーチュン誌上級編集長。アメリカでもっとも尊敬を集めるジャーナリストの一人として広く講演・評論活動を行っており、経済会議「フォーチュン・グローバル・フォーラム」のレギュラー司会者も務める。1週間に700万人もの聴取者を集めるアメリカCBSラジオにゲストコメンテーターとして毎日出演。ビジネス番組としては全米最大の視聴者数を誇るPBS(アメリカ公共放送)の人気番組「ウォール・ストリート・ウィーク」でアンカーを3年間務めた。ハーバード大学卒業(最優秀学生)。ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスでMBA取得。アメリカ、コネチカット州フェアフィールド在住。本書はビジネスウィーク誌のベストセラーに選ばれている。

【訳者】
米田 隆(よねだ・たかし)

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