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42.195kmに挑むランナー「直前の食事」何が適切か

ランチの後、しばらくして「眠くなる」「だるくなる」。あるいは十分に食べたはずなのにすぐに小腹が減る、集中力が途切れる、イライラする、首の後ろがずんと重くなる――。

こんな症状が出ている人に対して警鐘を鳴らすのは、北里大学北里研究所病院副院長・糖尿病センター長で『糖質疲労』の著者、山田悟医師。山田さんは食事をとった後に、血糖値の上がり幅が大きい「食後高血糖」、その後に急激に血糖値が下がる「血糖値スパイク」の影響で、食後に感じている体調不良を「糖質疲労」と名づけています。

糖質疲労の段階ではまだ病気とは言えず、今すぐに薬を飲む必要があるわけではないものの、放置しておくと、いずれドミノ倒しのように糖尿病・肥満・高血圧症・脂質異常症に至る可能性があるといいます。

山田さんによると、普段からかなりの運動をしている人やプロアスリートですら「食後高血糖」「血糖値スパイク」を呈して、糖質疲労を感じる方が多いそうです。

健康や美容のためにランニングをしている人の中で、ハーフマラソン(21.0975km)やフルマラソン(42.195km)を目標にするような人も要注意。走る直前の食事の取り方を間違えてしまうと、糖質疲労に陥ってしまうこともあるというのです。

本日発売となった本書『糖質疲労』より一部抜粋、再構成してお届けします。

『糖質疲労』(サンマーク出版) 山田悟
『糖質疲労』


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「ランニング」もやり方次第で糖質疲労

 ランニングの際、「カーボローディング」と呼ばれる食事法があるのをご存じでしょうか。長距離ランナーなどが試合前に大量の糖質を摂取し、筋肉内のグリコーゲン量を上げ、持久力の最大化をねらう、という概念がカーボローディングです。

 しかし、カーボローディングでパフォーマンスを低下させた経験のあるアスリートは相応にいらっしゃるようです。そうしたアスリートは、経験則として、普段から糖質を控え、脂肪をエネルギーとして使える体をつくり、試合でも脂肪を燃やして持久力を高めるという「ファットアダプテーション」という食事法を採用しています。

 カーボローディングの概念は、古く1967年の論文で、糖質制限をすると、筋肉内のグリコーゲン量が減っていて、筋肉内のグリコーゲン量と疲労困憊するまでの運動可能時間とが相関していたという研究に依っています。この研究では、糖質制限食(高脂質食)に切り替えてからすぐに筋肉の検査をしており、脂肪に適応(ファットアダプテーション)する時間が不足していたことがわかっています。

 通常、この適応(糖質をエネルギー源としている人が、脂肪をエネルギーとして使えるようになる)には、2〜4週間必要と考えられています。

 さらには、疲労困憊までの運動可能時間と筋肉内グリコーゲン量とは無関係であり、低血糖こそが疲労困憊を決定していたとの論文がその後に出されています。実は1967年の論文でも、筋肉内グリコーゲン量ではなく、低血糖が運動可能時間を決定しているとの解釈も可能な結果でした。

 さらに、高糖質食(カーボローディング)と低糖質・高脂質食(ファットアダプテーション)を普段から実施しているアスリートの筋肉内のグリコーゲン量を調べた研究結果では、運動前の筋肉内のグリコーゲン量に差異はありませんでした。そうなのです。カーボローディングは筋肉内グリコーゲン量とは無関係だったのです。

 その後、アスリートたちは最大酸素摂取量の65%程度(中等度)の運動を3時間行い、直後にグリコーゲン量を測定し、さらに2時間安静にした後、グリコーゲン回復度を調べました。ちなみに運動後の安静時には、高糖質食の選手には高糖質ドリンク、低糖質・高脂質食の選手には低糖質・高脂質のドリンクが提供されました。

 研究の結果は次のとおりです。

 運動前と同様、筋肉内のグリコーゲン量に食事法間での有意な差はありませんでした。

 3時間の運動中、ファットアダプテーションの選手は安定して脂質を主なエネルギー源としていました。カーボローディングの選手は運動を開始した直後は著しくグリコーゲンをエネルギーとして消費していましたが、その後はグリコーゲン量が枯渇したためなのか、エネルギー源を脂質に切り替えていました。

 グリコーゲンは体内に数百gしかありません。逆に脂質は体内に数キログラム蓄えられています。そもそもの量から考えても、安定したエネルギー源として「脂質」をチョイスするファットアダプテーションは合理的という考え方があるのです。

走る直前の「バナナ」「エナジードリンク」は糖質疲労を起こす

 余談ながら、大規模フルマラソンや駅伝で走る前に糖質を多く含むスポーツドリンクをランナーが飲むのには低血糖のリスクがあります。バナナやおにぎり、エナジードリンクなどでも同じです。

 運動前に高血糖を来すと、その後に急峻な血糖の下降が生じて(つまり、血糖値スパイクを生じて)糖質疲労を起こします。持久力が上がるどころか、パフォーマンスが低下してしまうでしょう。さらに、もっとひどくなると、完全に低血糖(70㎎/㎗以下)になり、動けなくなってしまいます。

 本来、箱根駅伝の1区間やハーフマラソンといった20㎞程度(1時間強)の運動では、運動中のエネルギー補充はほぼ不要とされています。それでも、箱根駅伝で低血糖で動けなくなる選手が出てくるというのは、運動前の糖質摂取に問題があるのでしょう。

 食後高血糖を処理するためにはインスリンが遅れて多量に分泌されます。分泌されたインスリンにより、血液中の糖は脂肪細胞に放り込まれ、筋肉内でのエネルギーとしては使われません。脂肪をエネルギーとして利用できるかというと、それもできません。インスリンが脂肪細胞から脂肪を溶かし出し、エネルギーとして筋肉に取り込むことを阻害するからです。

 それで走り続けるから、低血糖状態を招き、動けなくなるのです。トレーニングを重ねてきたはずの駅伝選手も、ここぞという場面で急に失速したならそのわけの少なくとも一部はこれです。

 そしてそれだけでなく、カーボローディングは高血糖の負の連鎖を生じる危険もあり、とくに日本人には向いていないと思っています。

 元来、欧米人と比べ日本人はインスリンの分泌能力が遅いのです。欧米人に比べると、少ない糖質量でもインスリンが追いつかなくなって、血糖異常を起こしやすいのです。

 そんな日本人がカーボローディングを行うと、かなりの頻度で食後高血糖が起こり、糖質疲労を生じ、パフォーマンスを低下させるでしょう。そして、普段から食後高血糖を呈することで様々な臓器の機能が低下し、糖を処理する能力も低下します。高血糖がさらなる高血糖を招く負の連鎖を生じるリスク大です。

 一方、ファットアダプテーションは、ロカボと親和性が高い栄養法です。市民ランナーなら、ファットアダプテーションを意識してロカボに取り組むこともよいでしょう。パフォーマンスの最大化にメリットをもたらす栄養法となり得ます。ただ、繰り返しですが、ファットにアダプトするのに4週間の時間を取ってください。

<本稿は『糖質疲労』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>


【著者】
山田 悟(やまだ・さとる)
医師。医学博士。北里大学北里研究所病院副院長、糖尿病センター長。
1994年慶應義塾大学医学部卒業。糖尿病専門医として多くの患者と向き合う中、2009年米医学雑誌に掲載された「脂質をとる食事ほど、逆に血中中性脂肪が下がりやすくなる」という論文に出会い衝撃を受ける。現在、日本における糖質制限のトップドクターとして患者の生活の質を高める糖質制限食を積極的に糖尿病治療へ取り入れている。日本内科学会認定内科医・総合内科専門医、日本糖尿病学会糖尿病専門医・指導医、日本医師会認定産業医。著書に『糖質制限の真実』(幻冬舎新書)、『運動をしなくても血糖値がみるみる下がる食べ方大全』(文響社)など。「ロカボ」という言葉の生みの親でもある。

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