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話が通じない人と、うまくやりたい人に普遍の真理を授ける1冊

 調達コンサルタントとして活動し、テレビ、ラジオなど数々の番組に出演、企業での講演も行っている坂口孝則さんはさまざまなジャンルにまたがって毎月30冊以上の本を読む読書家。その坂口さんによる『あいては人か 話が通じないときワニかもしれません』(著:レーナ・スコーグホルム、サンマーク出版)のブックレビューをお届けします。

『あいては人か 話が通じないときワニかもしれません』(サンマーク出版) 書影
『あいては人か 話が通じないときワニかもしれません』

目の前のヒトは、ほんとうにヒト? ひょっとしてサル? ワニ? 

 私の尊敬するコンサルタントかつ経営者の先輩はこう語っていた。

「疲れて帰宅してはいけない。元気なときに帰ろう。ヘトヘトになってしまうと、妻の話を適当にしか聞けなくなる。私たちは経営者だから、家庭の問題で時間を使ってはいけない」

 この話を聞いたときに、どこか冷めたような感じを私は受けた。

 そんな視点で、スウェーデンのベストセラー『あいては人か 話が通じないときワニかもしれません』を読んでみると、ちょっと考えが変わる。

 これだけテクノロジーが進化しているのに、世界から人と人との喧嘩やいさかいがなくなっていない。夫婦喧嘩を減らすためにはどうすればいいのだろうか。あるいはパートナーとの喧嘩を減らすためには?

 本書はこの永遠の課題に対して新しい視点を提供している。喧嘩をなくすための本ではない。周囲の人間を深く理解できるようになる本だ。

 私たちの脳は、生物進化の歴史を映し出す3層構造をしていると本書は解説している。

 最も基礎となる部分は生存本能を司り、爬虫類と同じような機能を持つことから「ワニ脳」。その上には感情を扱う「サル脳」、さらには人類特有の論理的思考を可能にする「ヒト脳」。つまり脳のなかには3体の生物がいる、というのだ。本書のタイトルである『話が通じないときワニかもしれません』はここからきている。

 この3つの違いを明確に説明したワインパーティーの場面が象徴的だ。

 ワインを飲み始めると、そのワインの味やら歴史やらを理知的に分析する。これがヒト脳だ。

  しかしワインの杯が進むうちに、リラックスして大声を出したり、感情のおもむくままに行動したりするようになる。情動のシステムが作動し、自分の行動の結果も想像できなくなり感情が制御されない。これがサル脳だ。

  そして、ついには脳幹しか作動しなくなる。怒ったり逃げたりするようになる。これがワニ脳だという。

  あくまでワインパーティーをたとえにしているものの、人は過剰なストレス等でも同じ状態に陥る。脳はエネルギーをたくさん使うから、疲れたりストレスを受けたりすると、ただちにヒト脳がシャットダウンし、サル脳、ワニ脳にいたる、というわけだ。

  この分類によって、私も含めた人間の特性が理解できる。「あ、なるほどね」と本書を読みながら何度も納得した。「疲れていない状態で帰宅しろ」なるアドバイスは、なるほどヒトのままで配偶者やパートナーと会おう、というきわめて実践的かつ研究とも整合する「叡智」だったのだ。

相手がヒトであることは少ないが、自分はヒトでいよう

 仕事で接する人はヒト脳であってほしいが、本書を読んでいると、あまりヒト脳でいる機会は少ないのではないかと思うようになった。ヒトでなくなる際、ストレスや疲れだけではない。嬉しいとき、悲しみ、怒りを吐き出したいときも同様だ。

 ということは、みなさんのまわりにいる〇〇さんや、□□さんは、ほとんどヒトでいる時間はないのではないか。相手がヒトではないタイミングでも乗り切るよう、本書は臨床的というか実務的な助言にあふれている。

とてもうれしいことがあって誰かとそれを分かち会いたいとき、悲しみや怒りを吐き出したいとき、私たちはサル脳のモードに入る。そして、自分の気落ちを言葉にしたくなる。その気持ちを誰かに伝えて、理解してもらいたくなる。

 じっくり時間をかけて聞いてもらいたいときもある。相手がそうした状態にあるときは、肝心な部分を飛ばして結論を急がないようにしよう。決してこう言ってはいけない。「きみの言いたいことはわかる。でも、いまは、どうすれば解決するかを話し合おう」

『あいては人か 話が通じないときワニかもしれません』P44、P45)より

 本書ではコールセンターではまず顧客の話をじっくり聞く必要があると述べている。お客がサルの状態で、理路整然と話をしても理解されない。感情を最優先するサルが、ヒトに切り替わるスイッチを待たねばならないのだ。

  そして自分自身へのアドバイスもある。

いつもヒト脳を作動させておくことは難しいが、それを日々の課題にしてほしい。

もちろん、常にそうはいかない。人生には良いときもあれば、悪いときもある。それでも、絶対に必要なことがある。自分をケアすることだ。

毎日のルーティーンのなかで必ず休憩をとること。決して疲れをためないこと。人間には、新たなエネルギーと回復をもたらすものが必要だ。

『あいては人か 話が通じないときワニかもしれません』P51より

私たちはまわりに好影響を与えるために存在する

 そして、なぜ自分自身は休みをとってヒトでいる必要があるのだろうか。これは大げさにいえば、人類愛のためだ。少なくとも、私は著者の記述からそう感じた。あなたがヒトでいると、まわりに好影響を与えるのだ。

あなたの家の近くに、スーパーマーケットが2軒あるとしよう。どちらの店も品揃えは同じで、値段も変わらない。ただし、いっぽうの店のレジ係はとても感じがよく親切で、もういっぽうのレジ係は早く家に帰りたいと思いながらレジにいる――あなたはどちらの店を選ぶだろう?

『あいては人か 話が通じないときワニかもしれません』P144より

 私たちはいとも簡単に他人の感情に伝染してしまう。自己啓発の世界で、他者は自分の鏡であるという言葉がある。ぶっきらぼうな挨拶はトゲのある返事を呼ぶ。だから相手に伝染させたいトーンで会話をはじめよう。そして相手に敬意をもち、お世辞でもいいから相手を褒めて、期待する。

 そう私たちはまわりに好影響を与えるために存在している。こう考えると、『不機嫌は罪である』『上機嫌の作法』(いずれもKADOKAWA)を書いた齋藤孝さんの主張ともつながる。とくに他者をどんどん褒めることは重要だ。

 日本人的な奥ゆかしさがあると、なかなか他者を褒める機会がない。すごく感じがいい店員さんがいたとして、毎日それを感じていても、なかなか口に出して「すばらしい接客ですね」とはいえない。むしろ、悪いと思ったらクレームなら入れやすい。

 でも、ポジティブな感情ほど口に出して相手に伝えたほうがいい。それは相手の心や気持ちをよくするためだ。そして相手が能力をさらに発揮するようになるからだ。

人は褒められると心地よい気分になり、能力を存分に発揮することができて、それが好ましい結果につながる。

『あいては人か 話が通じないときワニかもしれません』P243より

 なんと褒め続けた企業の利益率が、そうではない企業の約3倍だった(!)というような事例が紹介されている。

人類愛は自己愛から

 本書は、ヒト脳、サル脳、ワニ脳の分類からはじめ、それぞれの注意点を述べている。さらに、自らをケアすることによって、他者への好影響を与えることを勧めている。それは人類愛に支えられている、と私はこれまで説明した。本書は他者を観察するツールを与えてくれるだけではなく、自らを見つめる大切さも教えてくれる。

  ところで、以前に、某有名作家が「1日30分間の運動の重要さ」を講演で語っていた。すると聴衆の一人から質問があった。「忙しくて、1日30分も時間を確保できないので、5分くらいでいいでしょうか」と。

  この質問自体、「聞く価値があるのか?」と私は思った。「いい大人なのだから、そりゃあんたの勝手にどうぞ、くらいしか答えようがないだろう」と。しかしその有名作家の返事が最高だった。

 「あなた、仕事で忙しいって、それ他人のために23時間55分を捧げているわけでしょう。他人にそんなに時間を捧げて、自分自身になんで30分くらい捧げることができないの」と笑った。とても印象に残っている。

  話を本書に戻そう。

あなたは「あなたの唯一無二の親友」である。

(中略)

自分のケアを忘れずに。あなたの人生でいちばん大切なのはあなたなのだ。
あなたは一生涯続く唯一の人間関係を手にしている。それは、あなた自身との関係だ。

(中略)

自分を親友のように扱おう。自分を思いやり、内なる声を批評家ではなく、すばらしいサポーターの声に変えてほしい。あなた自身にとって、素敵な人になってほしい。

『あいては人か 話が通じないときワニかもしれません』P360、P361より

 人類愛も自己愛から。みなさん、明日はゆっくりと時間をとって自分をいたわる休息をとってみませんか。ぜひ、本書を読みながら。

(編集:サンマーク出版 SUNMARK WEB編集部) 
Photo by shutterstock


坂口孝則/調達コンサルタント
大学卒業後、メーカーの調達部門に配属される。調達・購買、原価企画を担当。バイヤーとして担当したのは200社以上。コスト削減、原価、仕入れ等の専門家としてテレビ、ラジオ等でも活躍。企業での講演も行う。

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