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「魂を奪う」…米軍特殊部隊“伝説の男”が敵を打ちのめす戦術のすごみ

 アメリカ軍の中で陸海空すべての任務をこなす海軍特殊部隊がネイビーシールズ。彼らにはBUD/S(バッズ)という基礎水中爆破訓練において「ヘルウィーク(地獄週間)」と呼ばれる5日間の猛特訓があります。

 極限状態の中で、彼らはどのようにして自分を奮い立たせ、乗り越えていくのでしょうか。ネイビーシールズの訓練を完遂し、砕けた足でフルマラソンを走破。60以上のウルトラマラソンを完走し、懸垂の世界記録まで打ち立てたデイビッド・ゴギンズ氏の著書『CAN'T HURT ME(キャント・ハート・ミー) 削られない心、前進する精神』よりお届けします。

『CAN'T HURT ME(キャント・ハート・ミー) 
削られない心、前進する精神』

あいつらから力を奪い取り、俺たちのものにするんだ

 ヘルウィークは悪魔のオペラだ。クレッシェンドみたいにどんどん過酷になり、水曜の試練でピークに達して、金曜の午後に終了するまでその状態がずっと続く。水曜の時点で、もう全員がボロボロでズタズタだった。特大のラズベリーのように真っ赤に腫れ上がった体から、粘液と血を垂れ流すゾンビになっていた。

 教官に簡単なボート上げを命じられても、誰もついていけなかった。俺のクルーでさえ、ボートを地面から持ち上げるのがやっとだった。その間サイコ・ピートやSBG(※1)シルバー・パック・ゴリラそっくりとして、ゴギンズがそう呼んでいた)たち教官は、いつものように「弱い者」を見つけようと、虎視眈々(こしたんたん)と目を光らせていた。

※1 サイコ・ピートの上司を「SBG=シルバー・パック・ゴリラ」そっくりとして、ゴギンズがそう呼んでいた

 俺は教官たちをマジで嫌っていた。あいつらは俺の頭の中に入り込もうとする「敵」だ。もううんざりだった。ブラウンをチラッと見ると、ヘルウィークに入って初めて参っていた。クルーはみんなそうだった。クソッ、俺もつらかったぜ。膝がグレープフルーツ大に腫れ上がり、1歩進むごとに神経が焼けるように痛んだ。

 何か、俺を燃え立たせてくれるものが必要だった。俺はサイコ・ピートに狙いを定めた。あのクソ野郎にはもうガマンならねえ。教官たちは余裕をかましていた。俺たちは切羽詰まっていた。あいつらには俺たちにないものがあった。エネルギーだ! そこで俺は考えた。今度は俺たちがあいつらの頭の中に住み着いてやる。そうやってあいつらから力を奪い取り、俺たちのものにするんだ。

外れ者たちの「魂を奪う」戦術

 教官たちは8時間のシフトを終えたら、俺たちがまだ必死に頑張っているのに、車で家に帰る。俺は、帰宅後もあいつらの頭からボートクルー2(※2)のことが離れないようにしたかった。奥さんとベッドインする時も、あいつらを悩ませ続けたかった。タたないほど、あいつらの頭を占領したかった。そうすれば、急所にナイフを突き立てるのと同じくらい、痛めつけることができる。そこで、俺が今では「魂を奪う」と呼んでいる戦術に出たんだ。

※2 シール候補生は、ヘルウィークが始まると、どこへ行くにもチームでボートを担がされるため、身長順に6、7人の「ボートクルー」というチームに分けられる。ゴギンズたち「ボートクルー2」は、外れ者揃いだった

 俺はブラウンのほうを向いて言った。「俺がなんでおまえをフリークって呼ぶか、知ってるか?」。フリークはボートをちょっと下げて俺を見て、それから予備電力でキコキコ動くロボットみたいに、ボートを機械的に持ち上げた。「おまえが史上最強のヤバいやつだからだよ!」

 ブラウンはニヤッと笑った。そして俺は、砂浜で身を寄せ合って熱いコーヒーを飲みながら談笑している9人の教官を肘で指して、「俺があのクソ野郎どもになんて言ってやりたいか、知ってるか?」と聞いた。「クソ食らえだ!」。ブラウンはうなずき、俺たちを苦しめる教官たちを目を細めて見た。俺は残りのクルーを振り向いて言った。「よう、これからクソボートを高く持ち上げて、俺たちの力を見せつけようぜ!」

「クソ美しいじゃねえか」とブラウンは言った。「いっちょやってやるか!」

 チームはたちまち生気を取り戻した。俺たちは、ただボートを勢いよく頭上で上げ下げしたんじゃない。空に向かって飛ばし、頭上で受け止め、地面に叩きつけてから、また空高く飛ばしたんだ。その効果はすぐに現れた。痛みと疲れが薄らいだ。これをくり返すたびに、俺たちはどんどん強く、どんどん速くなった。ボートを上に飛ばすたび、みんなで叫んだ。

 この叫びは、俺たちから教官への「クソ食らえ!」のメッセージだった。

 マラソンでは、もうダメだと思っても、そのまま走り続けると、フッと体が軽くなる、「セカンドウィンド(第二の風)が吹く」と呼ばれる状態になることがある。教官たちはセカンドウィンドに乗った俺たちを、まじまじと見ていた。世界で一番苛烈な訓練の、一番手強い週の、一番過酷な日に、ボートクルー2は光速で動いて、ヘルウィークをコケにした。

 教官たちの表情がすべてを物語っていた。前代未聞のできごとを目撃しているかのように、口をあんぐり開けていた。きまり悪そうに目をそらした教官もいた。SBGだけが満足げだった。

人生のどんな競争にもどんな障害にも使える

 ヘルウィークのあの夜以来、俺は「魂を奪う」戦術を数え切れないほど使っている。敵の魂を奪う目的は、敵意を利用して自分の予備電力を見つけ、セカンドウィンドに乗ることにある。人生のどんな競争に勝つのにも、どんな障害を克服するのにも使える方法なんだ。

 チェスの対局に勝つ、職場の権力闘争で敵を倒す、就職面接を乗り切る、成績を上げるといったことにも効果がある。もちろん、どんな肉体的試練を乗り越えるのにも使えるよ。

 でも、忘れないでほしい。これは君の心の中で戦うゲームだ。運動競技は別として、誰かを負かしたり、士気を挫(くじ)いたりすることが最終目的じゃない。そもそも、君がこのゲームをやっていることを相手に知らせる必要もない。これは君がここぞという時に全力を出し切るために使う戦術だ。あくまで君が君自身に仕掛ける心理戦だ。

 相手の魂を奪えば、「戦術的優位」を得る、つまり戦いや競争の中で君に「有利な立ち位置」をつくり出すことができる。人生そのものが、自分の力を一番発揮できる、有利な状況を見つけるためにあると、俺は思っている。俺たちがヘルウィークのスケジュール表を盗んだのも、サイコの後にピッタリついて走ったのも、俺が波打ち際で威勢よく『プラトーン』のテーマを歌ったのも、そのためだ。これらの1つひとつが、俺たちに力をくれる、反抗の行為だった。

 ただ、反抗しても魂を奪えない状況もあるよ。すべては状況次第なんだ。BUD/Sでは、俺たちがこういうやり方で優位に立とうとしても、教官はとがめなかった。頑張りさえすれば認めてくれた。

 つまり魂を奪うためには、まず下準備として、君の置かれた状況をしっかり確かめなくてはいけない。君の状況を把握して、いつ、どこでならルールを破っていいのか、守るべきなのかを判断しよう。

 次に、戦いの前夜に、君の心と体の状態をじっくり観察しよう。君の弱みや劣等感、そして敵の不安や劣等感を書き出してみよう。たとえば、もし君がいじめに遭っているなら、君自身の弱みや劣等感を知っておけば、いじめをするやつがどんなひどいことを言ってくるかを「先読み」できる。やつらと一緒に自分を笑い飛ばせば、やつらの力を奪うことができる。何を言われても客観的に受け流せば、やつらの力を弱められる。

相手の動きを読んで思考プロセスを乗っ取る

 自分の感情に振り回されないようにしよう。自分に満足している人は、誰かをいじめたりせず、誰にでもやさしい。それを忘れないでほしい。つまり、君をいじめるやつには、必ず弱みがあるってことだ。君はそれにつけ込むことも、相手を慰めてやることもできる。時には手を貸すことで、相手を打ちのめせることもあるよ。

 相手の動きを2、3手先まで読めば、思考プロセスを乗っ取れる。そうやって、気づかれないうちに魂を奪うんだ。

 BUD/Sで俺は、俺たちをいじめる教官を「敵」に見立てた。彼らは、俺がヘルウィークでボートクルー2を励ますために取った戦術に気づかなかった。気づく必要もなかった。きっとヘルウィークの間は俺たちをしごくことしか考えていなかったんだろう。気づいたのかどうか、本当のところはわからないよ。でもとにかく俺はあの歌を歌うことで自分のメンタルを落ち着かせて、クルーが戦いに勝てるように手助けしたんだ。

 これと同じで、もし君がライバルと昇進を競っているなら、まずは君自身の弱みを理解して、面接や査定の前に戦略を立てよう。こういう状況では、君の弱みを笑い飛ばしても何にもならない。君の弱みを把握しておくことが大事なんだ。また、ライバルの弱みがわかっていれば、そこを突いて有利な状況に立つこともできる。この戦略を立てるためには、下調べが必要だ。君の置かれた状況や、君自身のこと、敵のことをよく知ろう。

 そしていったん戦いに飛び込んだら、「戦い続けること」がカギを握る。肉体的試練なら、敵の魂を奪う前に、まず自分の心の中の「魔物」を退治しておかないといけない。つまり、いつか必ず頭に浮かぶ、「なぜ俺はここにいるのか?」という素朴な疑問に答えられるようにしておくんだ。この疑問が浮かぶ瞬間が必ず訪れることと、君がそれに答えられることを知っていれば、弱音を吐く心を迷わず無視して、進み続けることができる。戦い続けるために、君が「なぜ戦うのか」を知っておこう!

 そして、心身の苦しみには必ず終わりが来ることを忘れないでほしい! 苦しみはいつか必ず終わる。苦しくなったら、1、2秒ニッコリ笑って、苦痛が薄らぐのを感じよう。それができたら、その1、2秒をどんどんつなげていって、敵が思っているよりも長く耐え、セカンドウィンドに乗れるだろう。

 セカンドウィンドについては、科学的にたしかなことはわかっていないんだ。脳内ホルモンのエンドルフィンが神経系に放出されるからだという説もあるし、酸素が爆発的に増えて乳酸を分解するという説や、筋肉を動かすのに必要なグリコーゲンや中性脂肪の作用だという説もある。また純粋に心理的なものだという説もある。

 俺が唯一知っているのは、「心が折れそうな時に自分に鞭打って頑張り続けたら、ヘルウィークの一番つらい夜も乗り切れた」ってことだけ。セカンドウィンドを追い風にすれば、敵を打ちのめして魂を奪いやすくなる。難しいのは、その状態に自分を持っていくことなんだ。でも、どん底だと感じた時に、全力を尽くすことができさえすれば、勝利は目前だ。

<本稿は『CAN'T HURT ME(キャント・ハート・ミー) 削られない心、前進する精神』サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部) Photo by shutterstock


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【著者】
デイビッド・ゴギンズ(David Goggins)
退役海軍特殊部隊員(ネイビーシール)。米軍でシール訓練、陸軍レンジャースクール、空軍戦術航空管制官訓練を完了した、たった一人の人物である。これまでに60以上のウルトラマラソン、トライアスロン、ウルトラトライアスロンを完走し、何度もコース記録を塗り替え、トップ5の常連となっている。17時間で4,030回の懸垂を行い、ギネス世界記録を更新した。講演者としても引っ張りだこであり、全米の大企業の社員やプロスポーツチームのメンバー、数十万人の学生に、自らの人生の物語を語っている。

【訳者】
櫻井祐子(さくらい・ゆうこ)