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認知症になっても、自分らしく…「何もできなくなる」「人生は終わり」ではない
認知症と聞くと、「なりたくない病気」として恐れられがちです。しかし、仮に認知症になったとしても、「何もできなくなる」「人生は終わり」ではありません。本人も家族も恐れすぎず、偏見や誤解があることを知っておく必要があります。
「認知症のある方が実際に見ている世界」をスケッチと旅行記の形式でまとめた『認知症世界の歩き方』(ライツ社、2021年)の著者で特定非営利活動法人イシュープラスデザイン代表の筧裕介さんと、認知症の思い込みやイメージの偏りに一石を投じる1冊として今年1月に発売を迎えた『早合点認知症』(サンマーク出版)の著者で、認知症専門医の内田直樹さんに認知症とともに生きることの意味について伺いました。
(司会:武政秀明/SUNMARK WEB編集長)
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認知症は世界人類の教養だ
武政:生活の中での困りごとは、どのように始まってくるものなのでしょうか?
筧:基本的には地続きなんですね。特に40、50代の男性は「自分とは全く関係ない」と思いがちです。奥さんが親の介護をしているのに、旦那さんは全く無関心というケースもよく見られます。でも、この世代こそが、これから認知機能の変化と向き合っていく必要があるんです。
私は「認知症について知ることは、人生100年時代を生きる人類の教養だ」と考えています。誰もが認知機能について正しい知識を持つことで、今の自分の状態を認識でき、苦手なことは周りにサポートを求めたり、工夫をしたりしながら補うことができます。
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特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表"
特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表
武政:具体的にはどのような変化や工夫があるのでしょうか?
筧:例えば、大きなスーパーでの買い物が徐々に難しくなってくる方がいます。商品が多すぎて、欲しいものになかなかたどり着けない。そういう時に「もう少し小さな店舗の方が買い物しやすい」と気づいて、お店を変えるといった工夫をされる。このように、自分の認知機能や体力の変化に合わせて、少しずつ生活を調整していくんです。
内田:認知症は老化の一部だという考え方が重要です。多くの人は筋力の衰えはイメージしやすくて、年を取ると足腰が弱くなり、使わないとどんどん寝たきりになるとわかっています。認知症も同じで、年を重ねると認知機能が弱っていき、使わないとさらに弱っていく。
ただし、急に何もわからなくなるわけではありません。グラデーションのように少しずつ変化していくもので、その過程で工夫をしながら、できることを続けていくことが大切なんです。
「できない」を作らない関わり方
武政:ご家族や周りの人は、どのように接すればよいのでしょうか?
内田:中編でお伝えした、若年性認知症当事者の丹野智文さんが、こんなご自身の経験を話してくれたことがあります。丹野さんが、トースターでパンを焼きすぎて真っ黒にしてしまったときのこと、丹野さんのご家族は、それをとがめることもなく「また焼けばいいじゃない」と声をかけ、ご本人は「次は焼きすぎないように見ていよう」と、トースターの前でパンを見守り、無事おいしく焼くことができた、というお話です。
認知症の方に対して、周囲は多くの場合、「大変だから」と何もかも代わりにやってしまう。これは本人のためを思ってのことですが、結果的に本人が頭を使わなくなることで認知症の進行を加速させてしまうんです。失敗を恐れて先回りしすぎることで、かえって本人の機能低下を招いてしまいます。
実は一人暮らしの方のほうが進行が遅いケースもあります。福岡で一人暮らしを続けているノブコさんは、料理が好きで、最近も鍋で火傷をしてしまったそうです。私が「今はお惣菜も美味しいものがありますよ」と提案すると、こう答えました。「私がいちばん心配しているのは、何も頭を使わなくなって認知症が進行すること。だから買い物をして料理をすることで、頭を使い続けたい。やけどは治るけど、認知症が進行したら治らない」と。
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認知症専門医、医療法人すずらん会たろうクリニック院長、精神科医、医学博士
武政:つまり、安全のために何もさせないことが、かえって状態を悪化させる可能性があるということですね。
内田:そうです。本人がどうしたいのかをしっかり聞いて、一緒に考えることが大切です。認知症当事者の方がおっしゃっていたのですが、「失敗するチャンスを奪わないでほしい」と。失敗してもいい、でもその中で工夫して、できることは続けていく。そういう姿勢が重要なんです。
認知症だと認識したらどうする?
武政:認知機能の変化に気づいた時、どう対処すればよいのでしょうか?
内田:難しい問題です。認知症は老化の一部なので、年を取れば認知機能は弱ってきます。ただ、若い時のように行かなくなってきた時には、まず受診をして治療可能なものがないか確認することが大切です。同世代の他の人と比べてどれくらいのレベルなのか、元のレベルと比べて急激に落ちていないかなど。
一方で、そこをちゃんと見立ててくれる医療機関がどれくらいあるか。これは正直なところ、心もとない状況です。診断後の支援も課題です。多くの当事者の方が、まず診断でショックを受け、そしてインターネットで調べて極端なネガティブ情報に触れ、さらに大きなショックを受けるんです。
筧:診断を受けた時の対応も重要です。自分自身が認知症だと認識した時、大抵の人は「何もできなくなる」「人生は終わり」という古い認知症観に支配された状態で向き合うことになる。その結果、自ら引きこもってしまい、かえって症状が進行してしまうんです。
武政:支援体制はどうなっているのでしょうか?
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筧:認知症に積極的に取り組む地域が少しずつ増えてきているのは良いことですね。認知症基本法ができて自治体に基本計画の策定が求められていますが、それを積極的に活かそうとしている自治体は限られています。また、特定の担当者の熱意に依存している面も強く、担い手の厚みを増やしていく必要があります。
内田:コミュニティごとに課題も違います。福岡市の場合、仕事で移住してきた人が多く、地域に知り合いが少ないという課題があります。私自身もそうですが、仕事の関係で移住してきて、近所づきあいがあまりない。そういう環境では、困った時にどこに助けを求めればいいのかわからない。
一方、地方では若者が流出して、限られた人数でどう支えていくかという課題がある。だからこそ、地域の実情に応じた取り組みが必要なんです。本当にコミュニティごとに持っている資源が違うので、「これが答えです」というような一つの解決策では対応できないんですね。
筧:そういった意味で、古い認知症観を変えていく必要があります。「困っている認知症の人を周りでどう支えるか」という発想だけでは、もう立ち行かない。認知症の人が多数派になっていく中で、一人一人の困りごとの背景にある理由を理解して、どう支援していくか、一緒に考えるという姿勢が必要になってきます。
楽しみながら理解を深め、繋がりを保つ社会に
武政:最後に、読者へのメッセージをお願いします。
筧:自分のこととして捉えてほしいですね。人間の脳がどう働き、どんなトラブルを起こすのか─それ自体が興味深いテーマです。実際、私の講演を聞いてくださった方々からは「面白かった」「楽しかった」という感想をいただくことが多い。もっと好奇心を持って、楽しみながら理解を深めていける社会になればいいなと思います。
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内田:認知症を老化の一部として受け止めることが大切です。よく「がんよりも認知症の方がなりたくない」という声を聞きます。それほど認知症へのネガティブなイメージが強い。でも実際には、筋力低下と同じように自然な変化の一つとして受け止めることができる。
筋力が弱くなった時に杖があるように、認知機能の変化にも「記憶の杖」のような助けを借りながら歩んでいける。なりたくない気持ちはわかります。でも、年を取ってなるのはある意味自然なこと。その中でどう工夫して、今の生活を続けていくか。それを一緒に考えていけたらと思います。
大切なのは人との繋がりを保ち続けること。失敗が増えてくると引きこもりがちになり、それが認知機能の低下を加速させてしまう。むしろ、認知症をきっかけに新しい繋がりができることもある。診断を受けても、工夫をしながら今までの生活を続けていく。そんな希望を持って向き合っていただきたいと思います。
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【プロフィール】
筧 裕介(かけい ゆうすけ)
特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表
1975年生。一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。慶應義塾大学大学院特任教授。2008年ソーシャルデザインプロジェクトissue+design を設立。以降、社会課題解決のためのデザイン領域の研究、実践に取り組む。2017年より認知症未来共創ハブの設立メンバーとして、認知症のある方が暮らしやすい社会づくりの活動に取り組む。 代表プロジェクトに、東日本大震災のボランティアを支援する「できますゼッケン」、妊娠・出産・育児を支える「親子健康手帳」、300 人の地域住民とともに未来を描く「みんなでつくる総合計画」、認知症とともにより良く生きる未来をつくる「認知症未来共創ハブ」、他。 GOOD DESIGN AWARD 2019 BEST100「SDGs de地方創生」カードゲーム開発者。 日本計画行政学会、学会奨励賞、グッドデザイン賞、D&AD(英)他受賞多数。著書に『地域を変えるデザイン』、『ソーシャルデザイン実践ガイド』、『人口減少×デザイン』、『持続可能な地域のつくりかた』『認知症世界の歩き方』など。
【プロフィール】
内田直樹(うちだ・なおき)
認知症専門医、医療法人すずらん会たろうクリニック院長、精神科医、医学博士
1978年長崎県南島原市生まれ。2003年琉球大学医学部医学科卒業。2010年より福岡大学医学部精神医学教室講師。福岡大学病院で医局長、外来医長を務めたのち、2015年より現職。認知症の専門医として在宅医療に携わるかたわらで、福岡市を認知症フレンドリーなまちとする取り組みを行なっている。NPO地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク常任理事、日本老年精神医学会専門医・指導医・評議員、日本在宅医療連合学会専門医・指導医・評議員、など、認知症や在宅医療に関わる団体において役職多数。自身でもプログラミングを行うなど、テクノロジーの活用にも積極的である。編著に『認知症プライマリケアまるごとガイド』(中央法規)がある。
サンマーク出版の公式LINE『本とTREE』にご登録いただくと、この本『早合点認知症』の実際と同じレイアウトで目次を含み「はじめに」「第1章 認知症はこう「誤解」されている」まで冒頭49ページをすべてお読みいただけます。ご登録は無料です。ぜひこの機会に試し読みをお楽しみください!
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(取材・構成:武政秀明/SUNMARK WEB編集長 撮影:吉濱篤志/フォトグラファー 編集:サンマーク出版 SUNMARK WEB編集部)