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落語の「枕」を聞くだけで落語家の腕前がわかる理由

 日本の伝統芸能である落語は「古典落語」「新作落語」「上方(かみがた)落語」「江戸落語」に分けられます。その基本構成がどうなっているかご存じでしょうか?

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『ビジネスエリートがなぜか身につけている教養としての落語』サンマーク出版
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落語の基本構成は「枕」「本題」「オチ」

 時代を超えて受け入れられてきた落語の噺は「枕」「本題」「オチ」で構成されています。

 まず「枕」でお客さんの緊張を解いて、「本題」である「噺」をじっくり聞かせ、物語の結末である「オチ」で感動させたり、笑わせたりする。

 落語とは、このような一連の「型」で成り立っているのです。

 まず「枕」から見ていきましょう。

「枕」とはそもそも、噺の導入部分、つまり噺の「頭」に置くことから命名されたといわれています。

 和歌にも「枕詞」という技法があり、特定の言葉を修飾したり、歌全体の調子を整えたりします。落語における「枕」も、それと似た役割を果たすものです。

 落語家は、高座に上がると、お客さんに感謝を伝えます。それから自己紹介や近況を面白おかしく話したり、時事ネタと「本題」のテーマを絡めて話したりして、「本題」に向けてトークをうまくつなげていきます。古典落語の場合は「枕」で江戸の風習について簡単にレクチャーすることも。これが「枕」です。

「枕」のわかりやすい落語といえば、名作「時そば」でしょう。

「時そば」では、江戸時代の時刻について「枕」の部分で説明してから、「本題」に入ることが珍しくありません。なぜなら、江戸時代の時刻の数え方は独特で、それを理解していないと、オチでピンとこない恐れがあるからです。たとえば昔は、夜10時頃を「(夜の)四つ」、深夜0時頃を「(暁の)九つ」と呼んでいました。

 このように基本的な知識をわかりやすく伝えてから本題に入るので、江戸の言葉や風習に慣れていないお客さんでも落語を楽しむことができるのです。

「枕」をきけば、落語家の腕前がわかる

 落語の枕は、おおよそ次の四つに分類することができます。これはプレゼンやスピーチにも使えるので知っておいて損はありません。

①「本題」のバックボーンである時代背景などを解説する(昔の慣習や言葉を「本題」で初めて聞かされても、理解が難しいことがあるため)

②お客さんの反応を探る(どのようなネタ、どのような本編のアレンジがウケるか、落語家がリサーチできる)

③「オチ」への伏線を張る(噺の最後にあるオチで「枕で聞いたあのエピソードは、オチへの伏線だったのか」と気づいてもらえると、感動や笑いが増幅する)

④「オチ」とは逆の伏線を張る(「オチとは真逆のメッセージ」を逆算して「枕」で伝える手法も有効。たとえば、親子の情愛がテーマの本題の場合、「親なんかいらない」というエピソードを枕でしておくと、お客さんの感動が増す)

「枕」の面白さに定評がある落語家もいます。その代表格といえば柳家小三治師匠(十代目)でしょう。

「〝枕〟の小三治」という異名をとり、枕だけを集めた本も出版されているほどです。

 一方、あえて「枕を割愛する」という落語家もいます。昭和の爆笑王・林家三平師匠(初代)です。

「どーも、すみません!」を連発する、というトリッキーなスタイルでしたが、それがトレードマークとなり、お茶の間に一大ブームを引き起こすことに成功しました。彼の場合、なんと「枕」がありませんでした。

 このように、型をあえて踏襲しないケースもあります。しかし、たいていの落語家は、「枕」「本題」「オチ」という型に沿います。

 客をどれだけ「本題」の世界に引き込めるか。「枕」は演者である落語家の個性やセンスがよく表れます。たとえるなら、お店のショーウインドーです。落語家の腕の見せどころであり、逆にいえば「枕」でその落語家の腕前がわかるといっても過言ではないでしょう。

落語の神髄「オチ」で最も多いのがダジャレ

 次に、「オチ」に注目してみましょう。

「オチ」とは噺の最後を締めくくる、ウィットの利いたセリフやシャレなどのことです。枕がなくとも落語になりますが、オチがなければ落語は成立しません。落語の中でも非常に大事なポイントです。

 現代でも、「オチ」という言葉は広く親しまれています。たとえば「○○さんの話には、いつもオチがない」などと使われます。

 そもそも、この「オチ」という言葉は、「落語」の別名である「落し噺」という言葉から生まれました。だから、ほとんどの落語にオチがあります。また「オチ」は「サゲ(下げ)」とも呼ばれます。

「演者が〝落とす〟(サゲる)と、観客が落ちる(オチる)」。このような関係から転じて、「オチ」を「サゲ」と呼ぶようになった、とされています。

「落ちる」という言葉は、〝客商売〟的には縁起がよろしくありません。そこで「サゲ」という言い方も使われるようになったのです。

「上方落語四天王」の一人、桂米朝師匠(三代目)は、名著『落語と私』(ポプラ社)で、「サゲ」についてこう定義しています。

サゲ……というものは一種のぶちこわし作業なのです。さまざまのテクニックをつかって本当らしくしゃべり、サゲでどんでん返しをくらわせて「これは嘘ですよ、おどけ話ですよ」という形をとるのが落語なのです。

「オチ」でよくあるのは「地口(じぐち)オチ」です。「地口」とは「洒落」と同じような意味で、わかりやすくいうと「オチの言葉がダジャレになっているもの」を指します。落語のオチの中では、この「地口オチ」が最も多いのです(上方落語では「地口オチ」のことを「にわかオチ」と呼びます)。

<本稿は『ビジネスエリートがなぜか身につけている 教養としての落語』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shuttestock

【著者】
立川談慶(たてかわ・だんけい)

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