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超一流の仕事人がやっている「究極の鍛錬」の本質

何かが「できる/できない」は天賦の才能によるもの、と考えている人は少なくありません。そこに異論を唱えるのが20カ国以上で翻訳され、何年も読まれ続けるロングセラーの新装版『新版 究極の鍛錬』です。

タイガー・ウッズ、ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェットなどの天才たちを研究した成果とともに、才能の正体に迫り、ハイパフォーマンスを上げる人たちに共通する要素――「究極の鍛錬」――があることをつきとめました。

究極の鍛錬の要素とは以下の通り。

①しばしば教師の手を借り、実績向上のため特別に考案されている。
②その鍛錬は練習者の限界を超えているのだがはるかに超えているわけではない。
③何度も繰り返すことができる。
④結果に関し継続的にフィードバックを受けることができる。
⑤チェスやビジネスのように純粋に知的な活動であるか、スポーツのように主に肉体的な活動であるかにかかわらず、精神的にはとてもつらい。しかも、
⑥あまりおもしろくもない。

上記を解説してきた「誰でも超一流の人になれる「究極の鍛錬」6つの鉄則」(3月7日配信)、「超一流の人をつくる「究極の鍛錬」はひたすら地道だ」(3月14日配信)に続き、今回は究極の鍛錬について、もっと掘り下げていきます。

『新版 究極の鍛錬』(サンマーク出版) ジョフ・コルヴァン
『新版 究極の鍛錬』

企業では行われていない「究極の鍛錬」

 実は、究極の鍛錬の原則はほとんどの企業にはいずれも当てはまっていない。

 まず基本的に我々が仕事で通常行うことが第一の原則にまったく反している。たとえば、仕事は従業員の能力向上を目的には設計されていない。たいていの場合、まったくそうはなっていない。

 雇い主の目的を満たす必要がある場合に限って、従業員に能力向上の機会が与えられ、かつ能力向上が期待されているにすぎない。狭く短期的な見方に立つ多くの雇用者にとって、これは当然なことだ。従業員は、個人の固有の能力開発に時間を使うために雇われてはいない。雇用主に結果を出すために雇われているのだ。

 2番目の原則すなわち能力を向上させる活動を繰り返し行うことだが、たいていの場合仕事では何度も繰り返して行うことができない。競争相手が起こすイノベーションや顧客の大きな変化など新しく今までなかった試練に直面した場合、道しるべとなるような過去の経験はほとんどない。それまでそうした状況に対応したことがほとんどないからだ。

 バンカーの砂に埋もれたボールに年に2、3度しか遭遇することがないのに、そのために200回練習するゴルファーはいない。同様に納入業者との交渉や従業員の福利厚生の手配など、たとえ携わるとしてもめったにないことで、自己の限界まで訓練したり、ある特定の業務でうまくできない点はどこか見つけ出そうとしたりする意欲はわかない。

 仕事での失敗の代償は通常とても高いので、むしろ究極の鍛錬で自らの限界を追求したり、解決策を見いだしたりするやり方とは反対に、できるだけ安全で確実なものに頼ってしまう。

 フィードバックはどうだろう。たいていの企業でのフィードバックは、こっけいなまやかしだ。フィードバックを提供する側からも受け取る側からも恐れられている年に一度の業績評価が典型だ。たとえそれがうまくやりこなせても、そんなものが効果的であるはずがない。11か月前に完了した仕事の良し悪あしを相手に伝えたところで、まったく役に立たない。

 仕事は究極の鍛錬同様、しばしば精神的につらく疲れるものだ。しかし、つらさの原因は普通、緊迫した集中から来るのではない。むしろどのようにすればいいかすでにわかっていることを長時間にわたって繰り返すことから来るのだ。もしこのことに疲れきってしまうなら、究極の鍛錬と呼べる活動にさらに何十時間もつぎ込むというのは、考えただけでも悲惨な気持ちになるかもしれない。

 同様に、仕事も普通はおもしろくないものだ。しかし、これもまたおもしろくないのは自己の限界を超えようとするからではなく、何事も成し遂げようとすれば現実の世界では退屈でつらい仕事となるからだ。

 もし、これが多くの企業での現実なら、偉業をもたらす原則を採用すれば、個人的にも組織的にも、とてつもなく大きな優位性を手に入れることができる。実際、本当にとてつもなく大きなものなのだ。

 しかし、まず究極の鍛錬とはいったいどういうものか、もう少し掘り下げて考えてみたほうがいいだろう。究極の鍛錬の原則が直感的に理解しにくいものでも難しいものでもないのに、ほとんどの組織がまったく暗中模索の状態にあることには誠に驚かされる。だが、いったんそうした原則が明らかになり表に出はじめると、あらゆる分野にその効果は浸透しはじめる。

「究極の鍛錬」はこうして行われる

 一つの例を考えてみよう。大みそかの夜、ニューヨークのマディソンスクエアで、2万人の聴衆の前への出演の準備に取りかかっているクリス・ロックは世間から注目され、ギャラも高いコメディアンだ。そのロックが自分の演技を磨くためどのように準備したか、究極の鍛錬の原則に照らして検証してみよう。

 このことをある新聞記事は次のように書いている。

 長年ロックは喜劇界の頂点に君臨していたので、大きな会場のすべての聴衆が腹を抱えるほど笑わせることは、ロックにとっていとも簡単のように思える。なぜなら、ロックはそのために生まれてきたからだ。タイガー・ウッズ、ビル・クリントン、トム・ブレイディのように、ロックは自分の仕事を正確にこなすことを、遺伝子に埋め込まれているように思えるのだ。

 この記事は一見、神から授かったひらめきの典型例を書いているようにみえるが、記事の焦点はそれとはまったく逆である。クリス・ロックがショーの前にいかに準備を周到に行ったかについて驚くような話が書かれている。

 最初の笑いが起き、そして波となって伝わり、ついにはもっともチケットが安い最後部の席に笑いが到達したとき、一番驚いていない男はロック本人だった。何か月もの間、ロックはニュージャージー、ニューヨーク、フロリダ、ラスベガスのナイトクラブを転々とし演技を磨いてきた。ネタを一分ずつ積み重ねて2時間のショーに練り上げて客を大笑いさせ、このショーを大当たりにさせていた。

 このツアーの成功にとって、ニュージャージー州のニューブランズウィックにあるコメディ劇場ストレスファクトリーで行った18回にわたるウォームアップを兼ねたショーは、これまでロックが勝ち取った三つのエミー賞よりも重要だった。

 ストレスファクトリーのオーナーであるヴィニー・ブランドは次のように語っている。

「クリス本人には自分の名前だけで最初の笑いがとれることはわかっていたはずだ。しかし、ここへ来てからクリスは何度も台本を削ったり修正したりし、最後の晩のショーまでにどれほど練り直したかは誰も想像できないほどだ。どんなに有名になろうとも、クリスは一人のコメディアンとしてのハングリー精神を依然もちつづけている男なのだ」

・クリス・ロックの例にみる究極の鍛錬

 このクリス・ロックの例に究極の鍛錬の要素をみることができる。ロックは小さなナイトクラブへの出演を自分の演技を磨く唯一の機会として活用した。コメディアンとしてすでに高いレベルに達していたロックには、自分で鍛錬の方法を考案する力が十分にあった。鍛錬の過程で行った高い頻度での繰り返しには、とくに驚かされる。

 出演のたびに何度も台本を見直す。ロックの仕事の場合、幸いにもフィードバックを受けることは簡単だった。大切な客の反応を即座にかつ継続的に得ることができるからだ。そしてお客の反応は残酷なまでに正直なものだ。

 ロックは技を磨く作業を徹底的に集中して行った。そして、ありがちなことだがとくに新しい台本がうまくいかないときには、それはおもしろいことではなかったにちがいない。ロックはこうしたプロセスのおかげで大成功を収めた。この記事はこう結んでいる。「ロック以上におもしろい男がいるならば、その男はどこに隠れているのだろう」

<本稿は『新版 究極の鍛錬』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>


【著者】
ジョフ・コルヴァン(Geoff Colvin)
フォーチュン誌上級編集長。アメリカでもっとも尊敬を集めるジャーナリストの一人として広く講演・評論活動を行っており、経済会議「フォーチュン・グローバル・フォーラム」のレギュラー司会者も務める。1週間に700万人もの聴取者を集めるアメリカCBSラジオにゲストコメンテーターとして毎日出演。ビジネス番組としては全米最大の視聴者数を誇るPBS(アメリカ公共放送)の人気番組「ウォール・ストリート・ウィーク」でアンカーを3年間務めた。ハーバード大学卒業(最優秀学生)。ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスでMBA取得。アメリカ、コネチカット州フェアフィールド在住。本書はビジネスウィーク誌のベストセラーに選ばれている。

【訳者】
米田 隆(よねだ・たかし)

Photo by Shutterstock


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