最高の地図があっても「不完全」と考えたほうがいい理由
地図を眺めていると、あたかもそれが「現実」であるかのように考えてしまうことがあります。複雑なものごとをうまく抽象化しているからこそで、会社の財務諸表や作業マニュアルなどにも同じようなことが当てはまります。
ただ、それらを丸ごと鵜呑みにしてしまうのは禁物。現実には地図に表れない地形のリスクがあります。
「抽象」を道具に「現実」をとらえるには? 人類を代表する知者たちのメンタルモデルを紹介した『知の巨人たちの「考え方」を一冊で、一度に、一気に学びきる グレートメンタルモデル』よりお届けします。
「地図は現実の地形よりも
リアルに見えるものだ」
D・H・ローレンス
(イギリスの小説家、詩人、批評家)
「縮小」の特徴──有用だが不完全
現実の地形を表す地図は、現実そのものではない。最高の地図であっても不完全なものだ。なぜなら、地図はそれが表すものの「縮小版」だからだ。
地図が完全な忠実度で地形を再現するならそれは縮小ではなく、私たちにとってもはや有用なものではなくなる。
地図はまた「ある時点」におけるスナップショットであり、過去に存在したものを表していることもある。
さまざまな問題について考え、よりよい決定を下すときに、このことをぜひ覚えておいてほしい。
「理解」と「予想」に役立てる
地図は、複雑な事項を単純化するのに役に立つ。
会社の財務諸表を考えてみてほしい。これは、何千という取引の複雑さをより単純なものに、わかりやすくすることを目的としている。社内手続きについてのマニュアル、2歳児の子育てに関する手引書、社員の業績評価手順などもそうだ。
こうしたすべてのものは、さまざまな複雑なものごとを単純化して対応しやすくするためのモデルであり地図なのだ。
地図やモデルに欠陥があるからといって、それらを無視していいことにはならない。地図は、ものごとを理解し予想を立てる役に立つなら有用だ。
情報は「咀嚼」されて届く
1931年、数学者のアルフレッド・コージブスキーは、ルイジアナ州ニューオーリンズで数学的意味論に関する論文を発表した。コージブスキーはこの論文で、「地図は地形そのものではない」という概念を提唱し普及させた。
言い換えれば、ものごとの説明はものごとそのものではなく、現実のモデルは現実そのものではない。抽象的な概念は抽象化された対象と同一ではないのだ。
コージブスキーはこう書いている。
①地図は実際の地形と似た構造を持つ場合もあれば、そうでない場合もある
ロンドンの地下鉄路線図は旅行者にとって非常に便利だが、地下鉄の運転士は路線図を使うことはない。どんな地図も特定の目的のために作られるため、誰もがそれを利用しやすいわけではないのだ。
②2つの類似した構造には、類似した「論理的」特性がある
正確な地図がドレスデンの位置をパリとワルシャワの間だと示していれば、同様の関係が実際の地形でも見られる。ドレスデンがどこにあるかを示す地図があれば、それを使ってそこにたどり着くことができるはずだ。
③地図は実際の地形ではない
ロンドンの地下鉄路線図は、コベントガーデン駅構内の様子は教えてくれないし、そこからどうやって外に出ればいいのかも教えてくれない。
④理想的な地図は、「地図の地図」「地図の地図の地図」などが際限なく含まれる
この特性は「自己反射性」と呼んでもいい。フランスへの旅行で詳細すぎる「パリ旅行ガイド」を使い、次に「パリのガイドへのガイド」である別の本を購入しなければならないことを想像してみてほしい。それが際限なく続くのだ。
できれば何も問題がないのがいいのだが、詳細な情報を入れようとしていくとどうしても詳しすぎることになってしまう。
私たちが複雑な現実とうまくやっていく唯一の方法は、ある種の抽象化に頼ることだ。
ニュースを読むとき、私たちは他人の誰かが書いた抽象概念を理解している。記者は膨大な量の情報を吸収し、それを咀嚼して、読者に伝えるために抽象化して結論を引き出す。同時に、その過程で何かが失われる。
重要な情報も抽象化によって失われる可能性がある。そして、こうした抽象概念は理解するのに便利だから、私たちはしばしば自分の頭を働かせて考えようとせず、地図が実際の地形と一致していなくても気づけなくなってしまう。
地図が現実ではないことをうっかり忘れてしまうのだ。
地図に「崖」は載っていない
私たちには人生のガイドとして地図とメンタルモデルが必要だ。
しかし、その2つが抽象的な概念だと理解していないために、それぞれの限界もわからないことが多い。「地図では必ずしもカバーしきれない地形がある」ことを忘れてしまう。
そうした地形は地図に記載されていない詳細な情報を含んでいる。実際の地形に注意を向けずに、地図だけを知識として身につけると問題が発生する。
単純化を「目的」にすると失敗する
地図を現実そのものと思ってしまうと、すべての答えがわかったように思い込み始めてしまう。地図を固定的なものと解釈するルールや方法論を考え出すが、自分たちが常に変化する環境にいることを忘れてしまうのだ。
現実からのフィードバックを受け止めないと、地形が変化したことに気づかず、変化する環境に適応できなくなる。
現実の世界はまとまりがなく複雑なものなので、できるだけ単純化して考えたくなるのも無理はない。だが現実を理解するためではなく単純化そのものを目的にするようになると、私たちは誤った判断をし始める。
地図を真理と考えることはできない。地図とメンタルモデルは、ずっと変わらない情報でありつづけることを意図していない。
世界はダイナミックに動いている。地形を把握するためのツールは、変化に応じてさまざまな状況を処理したり、時代に適応するための柔軟性を備えている必要がある。
現実が変わった場合、地図も変わる必要があるのだ。
「知っていること」がすべてと思わない
史上もっとも影響力のある科学者の一人として数えられるアイザック・ニュートンの古典物理学を考えてみよう。
何百年もの間、それは私たちの世界の働きを理解するための非常に有用なモデルとして役立ってきた。重力から天体の運動まで、ニュートン物理学はさまざまなことを理解するための地図だった。
その後、アルバート・アインシュタインは1905年に特殊相対性理論を発表して宇宙に対する私たちの理解を大きく変えた。アインシュタインはニュートンがその数百年前に創始した学問を根本から変革し新しい地図を作成したのだ。
ニュートン物理学は現在でも非常に有用な科学モデルだ。アインシュタインが指摘するとおり多少の制約はあるものの、物体の大きさに関係なく非常に正確にその運動を予測できる。
そしてその反対に、アインシュタインの物理学もまだ完全ではなく、極小世界の動きを説明する量子物理学との整合性がとれないままであることに、物理学者たちは近年ますます不満を募らせている。
物理学界には新たな地図が誕生するかもしれない。
一般人には難しいが、物理学者はニュートンとアインシュタインの物理学が説明できるそれぞれの現象をとても上手に区別する。
物理学者たちは、両方の物理学が現実への有用なガイドである領域とそうでない領域を、小数点以下の桁数まで知っている。そして、量子力学のような未知の領域にぶつかったとき、彼らは自分たちの地図がそれをすべて説明できるとするのではなく、その解法を注意深く探求するのだ。
「いいところ」「だめなところ」両方を把握する
地図に関して注意しなければいけないのは、地図に表れない地形に潜むリスクだ。
周囲をよく見ないで地図だけを頼りに歩いていると、そうした隠れた地形に足をとられることがある。
地図やモデルの限界と、「現実を縮図にしたもの」の意味を理解せず、地図の長所と短所がわからないなら、それは役に立たないか、危険でさえある。
<本稿は『知の巨人たちの「考え方」を一冊で、一度に、一気に学びきる グレートメンタルモデル』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock
【著者】
シェーン・パリッシュ(Shane Parrish)
リアノン・ボービアン(Rhiannon Beaubien)
【訳者】
北川 蒼(きたがわ・そう)
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