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「ど忘れ」に焦る人に知ってほしい記憶のカラクリ

 別の部屋に物をとりに行ったとき、部屋のドアを開けた途端に、「そういえば、何をとりに来たんだっけ?」と、とりに来た物を忘れてしまう。そんな経験はありませんか?

 こんな「ど忘れ」は、誰にでもあると思いますが、こうした「ど忘れ」がたびたび起きると、認知症にでもなったのかと心配になります。しかし、こうした「ど忘れ」は、認知症や長期記憶とは直接、関係がありません。

 精神科医・樺沢紫苑さんの著書『記憶脳』よりお届けします。

『記憶脳』

「ど忘れ」の本当の原因とは?

 別の部屋に物をとりに行ったとき、部屋のドアを開けた途端に、「そういえば、何をとりに来たんだっけ?」と、とりに来た物を忘れてしまう。そんな経験はありませんか?

 こんな「ど忘れ」は、誰にでもあると思いますが、こうした「ど忘れ」がたびたび起きると、認知症にでもなったのかと心配になります。しかし、こうした「ど忘れ」は、認知症や長期記憶とは直接、関係がありません。

 歩いている途中に考え事をしていた、あるいはスマホに気をとられたなどの理由によって、脳が一時的に情報過多になったのです。

人間の記憶力は、膨大な情報を記憶できるポテンシャルを持っているものの、情報入力の入口は非常に狭く、簡単にオーバーフローを起こしてしまいます。

 脳の中には、脳の作業スペース、すなわち作業記憶(ワーキングメモリ)があります。脳を使って考えたり、判断したり、記憶したり、学習したりするための作業スペースが作業記憶です。

 数秒から、長くても30秒ほど、ごく短い時間だけ情報を保持しますが、その情報処理が終わると、すぐにその情報は消去され、次の情報が上書きされていきます。

 例えば、友達から携帯電話の番号を告げられたとき、スマホにそれを入力するまでの間、頭の中にその番号が記憶されているはずです。しかし、登録が終了した瞬間に、その番号は脳の中から消えてなくなります。そんなときに使われているのが「作業記憶」です。

 あるいは、「26−7+12」を暗算してください。

「26−7」で、「19」。「19+12」で答えは31となりますが、この途中に出てきた「19」という数字が短時間保持されないと、次の計算ができなくなります。

 こうしたときに、脳内の作業スペース「作業記憶」が使われているのです。

脳は一度にたくさんのことを処理できない

 今日中に締め切りを迎える仕事が5件あったとしましょう。そんな状況で、あなたはかなり追い込まれ、そして焦るはずです。かなりのペースで仕事をこなしていかないと到底終わらず、パニック状態に陥るかもしれません。こんな状態を「テンパる」といいます。

 しかし、今日の仕事が2件しかなければ、テンパることもなく余裕でこなせるでしょう。

「テンパる」というのは、実は、作業記憶の不足状態、パソコンでいうところの、メモリ不足で動作が不安定になってしまった状態なのです。

 さて私たちは、どれくらいの情報を同時に処理できるのでしょう。

 作業記憶の処理能力として、一昔前までは、「7±2」、つまり7つくらいのことを同時に処理できるという「マジカルナンバー7」という仮説が広く知られていました。しかし最近の研究では、そんなに多くはなく、「4」前後が妥当であるといわれています。

 これは、実験レベルで測定できる「単語の数」や「数字のユニット数」で測定したものです。仕事や日常的な情報処理でいうと「3」とさらに少なくなります。

 いずれにせよ、作業記憶で一度に処理できる情報量は非常に少ない。そして、その情報量を超えると、処理スピードが著しく低下するか、作業停止してしまう。あるいは、今聞いたばかりのことを忘れてしまう「ど忘れ」が起きてくるのです。

 同時に処理できる数というのは、作業記憶の個人差や作業の負荷によっても変化しますが、わかりやすく「3」という数字で統一したいと思います。

 作業記憶を「脳の作業スペース」とイメージするとしたら、そこには3つのトレイ(皿)がのっています。そこに「視覚情報」「聴覚情報」「考え」「アイデア」などが、次から次へと入ってきます。それを瞬間的に、あるいは秒単位で処理してトレイを空にしていく。そして、また次の情報を処理していくというイメージです。

脳のメモリを解放すると仕事がはかどる!

「作業記憶」はパソコンでいうところの「RAMメモリ」のようなものです。

「作業記憶」は、海馬に一時保存された情報、側頭葉に長期保存された情報ともに瞬時にアクセスして情報処理を行っています。「作業記憶」を中心として、海馬への情報アクセスなども含めて、短時間で情報処理をする脳のメモリスペースを、もう少しわかりやすく「脳メモリ」と表現したいと思います。

 初期の頃のパソコンを使った経験のある人は、思い出してください。パソコンでソフトウェアを3つも立ち上げると、パソコンの速度が異常に低下しました。さらに、ソフトを4個か5個立ち上げると、パソコンがフリーズして、全く動かなくなります。

 これは、メモリ不足が生じるためです。それを防ぐためには、不必要なソフトを立ち上げない、使わない常駐ソフトは極力オフにするなど、メモリの空きスペースをできるだけ大きく確保することが重要です。

 これは脳についても、そのまま当てはまります。

「今日の3時から重要な会議がある」「5時までに見積書を提出しないと」「夜8時からの彼女とのデート楽しみだな」「スマホのメッセージをチェックしないと」……。頭の中でこうした考えが複数浮かんでいるときは、私たちは「脳メモリ」を消耗しているのです。

 脳のトレイは3つしかありませんから、メインの仕事にこうした「雑念」が入ると、それだけで「脳メモリ」はオーバーフローを起こし、仕事効率を低下させてしまいます。

 ですから、一度にたくさんのことを考えすぎない。一度に複数の仕事をこなさないなど、「脳メモリ」の負担を減らす、つまり「脳メモリ」を解放することで、仕事効率、学習効率をアップさせることができるのです。

<本稿は『記憶脳』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです、次回は脳メモリを最大化する方法について解説します>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock


【著者】
樺沢紫苑(かばさわ・しおん)
精神科医、作家

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