頭のいい人は効率的に分ける「線の引き方」が抜群にうまい
調達コンサルタントとして活動し、テレビ、ラジオなど数々の番組に出演、企業での講演も行っている坂口孝則さんはさまざまなジャンルにまたがって毎月30冊以上の本を読む読書家。その坂口さんによる『「しやすい」の作りかた』(著:下地寛也、サンマーク出版)のブックレビューをお届けします。
うまく線を引ければ仕事や生活は向上する
『「しやすい」の作りかた』は生活や仕事をラクにするための、きわめて効果的なノウハウがつまった傑作だ。そして、本書は「線を引くための」本である。
もちろん製図の意味ではない。すぐれた人、頭がいい人は、いつだってぱっと線を引くのが得意だ。普通の人が悩んでしまうところ、「悩んでも解決できないところ」「解決できるところ」をさっと線を引いて、まずは解決に乗り出す。また問題が起きたら、「この原因は3つある」と曖昧な状況に、光を照らすような鮮やかな分類をしてみせる。または話をするときにたとえば「論点は2つあって、それぞれ順に説明する」と流れを提示し、聞き手を退屈にさせない。
私はコンサルタントを生業としている。また仕事で原稿を書いたり、資料を作成したり、演台で話したりする。テレビのコメンテーターもやっている。この「線を引くための」技法を人一倍に模索している。
また私生活では家庭人であり社会の一員であるため、できるだけ「線を引きつつ」わかりやすく説明しなければならない(そうではないと、家族はまったく言うことを聞いてくれないのだ!)。
この1冊で「線を引くための」の達人になれるか……は読後の実践にかかっている。しかしながら、同書を読んで試行錯誤するだけで大きな成長につながるだろう。その意味で本書はすでに序章で答えを書いている。
では、考え実践するときに何を考えればいいか。
① 目的のために最善策を考える
サンマーク出版の隠れた名著に『かまぼこはなぜ11ミリで切るとうまいのか?』(著:北折一、2006年)がある。これは実証主義に貫かれた本である。これは、料理を重ねる過程で、理屈ぬきで最善のノウハウを紹介した書籍としてきわめて興味深かった。書名に「なぜ」とあるが、うまいものはうまいのだ。弾力やみずみずしさを味わうために適した厚みなのだ。
『「しやすい」の作り方』にも通じるところがある。本書では優れた分け方の一例として「宅配ピザがなぜ8等分であるべきか」が論じられている。詳しくは同書に譲るものの、けっきょくのところ、それが「食べやすさ」「調整しやすさ」「美しさ」の観点からすれば消費者にとっていいからだ。
もしかすると、これまでかまぼこは20ミリで切られていたかもしれない。でもゼロベースで切り方を考えると違う厚みがあるかもしれない。ピザもかつては4等分だったかもしれない。でも「食べやすさ」「調整しやすさ」「美しさ」を考えると8等分がいいかもしれない。分け方、線の引き方を考えるとは、目的を考えることだ。
②世の中の常識を捨ててみる
コンサルタントはよく「論点は3つあります」という。ロジックツリーで3つに分岐させるケースが多い。論理展開はすべて3つに枝分かれするかのようだ。現在、3つにわけることが常識化している。しかし、これは万能ではない。著者の下地寛也さんは同じく仕事の現場で3つにわけることが多かったようだが……。
私も“3つ常識”からの脱皮を勧めたい。
有名な企業経営者がこんなことを言っていた。「つねに物事が3つで分類できるはずはないし、3つの解決策のはずはない。4つかも100かもしれない。狂人の定義は「同じことをやっているのに違う結果を求める人だ」。いつも“3つ”と連呼している人は、“3つ常識”を捨て分類を再検討してみようという意味だ。
③物理的・視覚的に分けてみる
本書では次のような面白い思考実験が書かれている。電車を想像してほしい。満員時に、「座る人」「つり革を掴む人」「つり革を掴む人とつり革を掴む人のあいだにいる人」がいるとする。「座る人」が足を置く場所がA部分、「つり革を掴む人」が立つところはB部分。「つり革を掴む人とつり革を掴む人のあいだにいる人」が立つところはC部分。その前提で、どうやればスムーズに“収納“できるか。
これは私も効果的だと思う。製造業出身の方であれば、すぐに思いつくのが工場での「はみ出し防止線」と「積み上げ上限線」だろう。前者は、床面に黄色テープを貼り付け、仕掛り部材がそれ以上にはみ出さないようにするものだ。後者は在庫が積み上がりすぎないように、上限の高さを示す。両方とも、物理的・視覚的な仕掛けだが、これが意外に効く。
以上が、本書から読み取れ、さらに私が整理した「線の引き方」3“選”だ(線ではなく)。
差別化という「線」
本書では他社製品との差別化の意味の「線の引き方」も示唆深い。たとえばこんな箇所だ。
なお、いまから遡ること約12年前に、私はコンサルティング業界に身を賭した。その理由は、コンサルタントこそがもっともスイッチングコストが高いからだ。というのも自社のことを洗いざらい話して、しつこいほど調査されて、膨大な時間のインタビューを受けて、さらに自社とコンサルタントで戦略を練る。コンサルタントは、一度、採用されてしまえば、なかなかクライアントも離れないと考えた。その通りだった。
また、講師という仕事がある。研修会社から考えてみよう。一定水準の講義をやってくれる講師がいる。切り替えたらどうなるかわからない。これもスイッチングコストが高いだろう。実際に、私はほとんどの会社からいまにいたるまでリピートで依頼をいただいている。
ところで--。
やや余談だが、私は38冊の書籍を上梓している。本を出す側でもある。その立場から見て、本書『「しやすい」の作りかた』の「線の引き方」にも注目せざるをえなかった。あるいは「分け方」「節・章の立て方」といってもいい。
本書では「動きやすい」「整理しやすい」「買いやすい」「話しやすい」などが列記されたあと、「生きやすい」で同書は終わる。なるほど、これは著者の思考形態の分類であるとともに、これらのテーマを考えざるをえなかった、著者の生き様とか業の分類でもあったわけだ。だから実感を伴って読者に迫るわけね。
本書では、野口悠紀雄さんの最高傑作<「超」整理法>が参考にされている。この「超」とは、「すごい」整理法、という意味ではなく、むしろ「反」整理法という意味だと私は理解している。整理なんてするな、もっと仕事の目的を考えろ(だから野口さんは整理を放棄してもっとも使う書類群を優先アクセスできるような手法を生み出した)。その意味で、同書も反・整理的な本なのだ。
いくつかノウハウはある、だけど仕事の目的とかお客のことを真剣に考えたら、勝手に線は引けるぜ――と。それが自分にとっても、相手にとっても最善な分類になるはずだ、と。私はこのように本書を理解した。
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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坂口孝則/調達コンサルタント
大学卒業後、メーカーの調達部門に配属される。調達・購買、原価企画を担当。バイヤーとして担当したのは200社以上。コスト削減、原価、仕入れ等の専門家としてテレビ、ラジオ等でも活躍。企業での講演も行う。