私たちの体が「疲れを感じる」理由を知っていますか
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エネルギーの「でどころ」をふやす
初めて会ったとき、リアは健康を絵に描いたような女性に見えた。
年齢は30代半ばで、週5日運動し、食事は自然食品をたっぷり取り入れた健康食中心。砂糖も炭水化物の加工食品も摂らないよう気をつけている。
ところがここ数年、彼女の体内のエネルギーレベルは確実に下がりつづけていた。最低でも7~8時間は睡眠を取っているのに、毎朝ベッドからなかなか出られない。まずコーヒーを1杯飲まないと「スイッチが入らず」、その後もずっとコーヒーをガブ飲みしつづけてなんとか1日をやり過ごす。
かかりつけの内科医のところに行って検査をしても、どこにも異常は見つからない。結構なお金をつぎこんで、いろんなヒーリング治療も試した。自然療法、ハーブ療法、ホメオパシー、鍼(はり)治療に運動療法……。
だが、どれも効果はなかった。
私に相談してきたニールも似たような状態だった。何をしても不安と疲れが消えない。3人目の相談者ジャスミンは、ひどい胃痛と膨満感、不規則な便通を訴え、やはり激しい疲労感が消えないということだった。
3人とも激しい疲れと体の不調に苦しんでいたが、それらの症状について説明したり、治療したりできる医師はひとりもいなかった。
一見、この3人は違う症状を抱えているように思えるかもしれない。だが実は、彼らの体の奥底には同じ原因がひそんでいた。
私たちは「ミトコンドリア」に生かされている
まず、最も基本的なところから説明しよう。生物学的には、疲労とは根本的にエネルギーの供給と需要のバランスが崩れた状態のことをいう。
細胞が必要とするエネルギーの供給を受けられないときや、反対にエネルギーに対する需要が多すぎるとき(あるいはその両方)、慢性的にエネルギーレベルが低い状態になる。これが「エネルギー不足」を引き起こし、その結果として疲労の症状が表れる。
エネルギー不足の要因はいくつもあるが、重要な事実が1つある。「疲労はミトコンドリアを中心として発生する」ということだ。
ミトコンドリアとはそもそもどういうものだろう? 高校や大学で生物学を学んだ人なら、ミトコンドリアは「細胞の発電所」と習った記憶があるかもしれない。
私たちの体の細胞ほぼすべてのなかに、500個から2000個のミトコンドリアが含まれている。その役割は、文字どおり「細胞が働くために必要なエネルギーをつくり出す」こと。ミトコンドリアはあなたが吸いこんだ酸素や食べた食物(おもに炭水化物と脂肪)を利用して、「アデノシン3リン酸(ATP)」をつくり出す。ATPは、すべての細胞および代謝の働きを促すための燃料だ。
細胞は、自らが働くためのエネルギーをつくり出す能力をもたない。そのため、ミトコンドリアがないと体内の活動が設計どおり行われない。私たちはミトコンドリアがなければ生きられないのだ!
基本的に、エネルギーレベルが低下する原因は、細胞のエネルギー不足が慢性的に起きているからといえる。疲労とはすなわち、筋肉、ホルモンをつくり出す腺、心臓、肝臓、脳といった、あなたの体をつくり上げる数兆個の細胞内のミトコンドリアが、細胞が効果的に働くのに必要なエネルギーを十分につくり出せていない「症状」なのだ。
慢性疲労に悩む人や、疲労をともなうことが多いその他の病気を患う人を調査した数々の研究によると、疲労症候群とミトコンドリア機能不全のあいだには一貫した関連性があり、患者には次のような特徴が見られる。
ここで中心になっているのは、マクロレベル(あなた)のエネルギー不足はミクロレベル(あなたを構成する数兆個の細胞)のエネルギー不足によって引き起こされる、という考え方だ。
だが、「なぜミトコンドリアが十分なエネルギーをつくり出せないのか」という問いに対する答えはきわめて複雑で、研究者たちはその全貌を解明しようと何十年もの時間を費やしてきた。
最大の疑問は次のようなものだ──なぜ私たちの細胞ではエネルギー不足が起こるのか? なぜ私たちのミトコンドリアは、ときどき十分な量をつくり出せなくなるのか?
答えは──信号(シグナル)にある。
ミトコンドリアの「数」と「大きさ」を決めるもの
ミトコンドリアの働きの質を決めるのは、そのミトコンドリアがいまどんな環境下にあるかを伝える信号だ。言い換えれば、あなたがどういう行動を「取り」、どういう行動を「取らない」かだ。
あなたの環境(あなたが置かれた状況)を伝える信号は、ミトコンドリアのエネルギー産生能力が20%になるか100%になるかを決めるのに最も大きな意味をもつ要因なのだ。
長期的に見ると、こうした信号は、ミトコンドリアの数と大きさを調整するよう細胞に伝える役目ももっている。このプロセスは、あなたのエネルギーレベルだけでなく、さまざまな病気に対する抵抗力にも大きな影響を与える。そして病気にかかりやすいかどうかは、あなたの老化と寿命に重大な影響を及ぼす。
疲労をなくし、エネルギーあふれる体づくりを実現するには、ミトコンドリアのもつ力を最大限に発揮させられるような信号を送ることが重要なポイントになる。
ミトコンドリア機能不全は慢性エネルギー不足の最大の理由である。
体は「冬眠」する
ミトコンドリアのエネルギー産生量は、置かれた環境によって決まる。では、その環境を伝える信号とは、いったいどんなものだろう?
この問いに答えるために、医学博士ロバート・ナヴィオーの論文をひもといてみよう。ナヴィオー博士の論文は、慢性疲労の原因、なかでもミトコンドリアがエネルギーレベルの決定に果たす役割について知識を深めるのに大いに役立つ。
数年前、ナヴィオー博士は画期的な「メタボロミクス(代謝学)」研究を実施した。この研究で、博士のチームは慢性疲労に苦しむ人たちの63の生化学的経路から採取した600以上の代謝物(細胞代謝の産物)を調べた。
すると、被験者の代謝物が、健康な人のそれと比べて80%も減少していることがわかった。つまり、慢性疲労を覚える人の臓器や細胞では、代謝機能に大規模な組織的変化が起きているということだ。
興味深いことに、この代謝機能が下方制御された状態は、「ダウアー(持続睡眠状態)」と呼ばれる特殊な生理状態と化学的に似ているとナヴィオー博士は言う。「ダウアー」とは、虫が極端に過酷あるいは有毒な環境下に置かれたときに取る生き残り戦略だ。
そうした環境に置かれた虫は、生き残るために代謝機能を停止し、体の働きを生命維持できるギリギリの状態に保つ。そしてそのまま、もっと安全で毒性の少ない環境が訪れ、代謝機能のスイッチを入れられるときが来るのを待つ。
言い換えると、慢性疲労を抱える人の生化学機能は冬眠状態のようなもので、エネルギー産生のボリューム調節ダイヤルが下がったままになっていることをナヴィオー博士は発見したのだ。そうした人の体は、かろうじて生きていけるだけのエネルギーを産生してはいるが、元気に活動できる状態にはほど遠い。
<結論>
疲労とは一種のサバイバル機能であり、あなたが過酷な環境にいることを示す信号を受けると代謝機能を停止するスイッチが入る。まるで、虫が冬眠に入るかのように…。
<本稿は『回復人 体中の細胞が疲れにつよくなる』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>