「他人とどう話したらいいか」の正解を見つけられていない人に推したい1冊
調達コンサルタントとして活動し、テレビ、ラジオなど数々の番組に出演、企業での講演も行っている坂口孝則さんはさまざまなジャンルにまたがって毎月30冊以上の本を読む読書家。その坂口さんによる『「考えすぎて言葉が出ない」がなくなる』(著:齋藤孝、サンマーク出版)のブックレビューをお届けします。
話し手でなく聞き手がコミュニケーションを主導する
「なぜこの人は、ここまで具体的なんだろう」
私が『「考えすぎて言葉が出ない」がなくなる』の著者で明治大学文学部教授の齋藤孝さんに感じていることだ。齋藤さんが著書やメディア出演などで披露する話はひたすら、その瞬間から使える技ばかりなのだ。
本書も例外ではない。おそらく齋藤さんが大学教育で実践的な知を意識し続けてきたからだろう、と私は思う。
優しく、そして易しく読者に語りかける。これは他人とのコミュニケーションが苦手な凡人のためのメソッドに溢れた1冊だ。
「ものすごく面白い話をする必要はない」「面白そうに聞くリアクションだけでも会話がうまくいく」という本書の教えには安堵すら覚える。
以前、新宿ルミネの「ルミネtheよしもと」でそんな漫才を見たことがある。
大爆笑だった。コンビ名も忘れたし、その後のオチも忘れた。しかし、このフレーズはよく覚えている。普通に聞けば、「キリンを買いに」というボケが面白い。ただ、この会話で真に面白いのは、「えー、何しにいったん?」という質問だ。だって、動物園に行くんだから、「動物を見にいった」という動機しかないはずだ。だけど、受ける側の転がしによって笑いが生じている。
もしかすると、この受け手側が重要な役割を果たしていると誰もが気づかないかもしれない。でも、「会話で重要なのは受け手側であり、とにかくリアクションさえよければ、最高の会話者になれる」という齋藤孝さんの言葉は勇気をくれる。
私の見た「受け手の超達人」
本書の話にも通じるが、実際に私が見た、会話を受ける側の達人に聞いたエピソードをご紹介したい。
私がコンサルタントとして取引のある企業の50代プロジェクトリーダーの話だ。彼が、短時間でプロジェクトの構成員を面談して採用する必要があったという話を教えてくれた。そうした面談のときに、相手をリラックスさせるため、聞き手としての場を盛り上げる鉄板ネタがあるのだそうだ。
といって、その場を和ませるという。
ずらすことで会話の達人になれる
本題を齋藤さんに戻そう。もちろん、単に聞くだけではない。齋藤さんは、ポイントとして「少しずらす」ことを勧めている。
これは私自身にも経験がある。
私は31歳からテレビに出ている。現在は46歳だから、運良く15年も出演させてもらっている。FMラジオではMCとして話している。ポッドキャストで聴取いただける、このラジオ(「坂口孝則と牧野直哉のオールビジネスニッポン」)ではゲストを毎回お呼びしている。
私はゲストにはその場でいかに快適に思ってもらえるかに注力する。不快な雰囲気の番組を聞いたり、見たりしたい人はいないからだ。
そんなとき「話を変えるんですけれどね」というと、あまり感じが良くない。しかし、「なるほど、その話で思い出したんですけれど」とか「なるほど、その話の流れでいいますと」というと、続きがまったく関係のない内容でも、好意的に受け止めてもらえる。つまり、「話し方次第」なのだ。
たとえば、あなたと酒場でビールを飲んでいる人がいて、その人が「この前、新しいバーを見つけた」という話をしているとする。そのとき唐突に、「いや、話を変えるんだけど、この前、齋藤孝さんの“「考えすぎて言葉が出ない」がなくなる”を読んでさ」というと、「こいつは何を言っているんだ」と思われるだろう。
しかし、「なるほど、その話で思い出したんですけれど、この前、齋藤孝さんの“「考えすぎて言葉が出ない」がなくなる”を読んでさ」とつなげると、自然だ。では、つなげたあとに、どういう話をすればいいか。
そのまま齋藤孝さんの『「考えすぎて言葉が出ない」がなくなる』についての感想を言えばいい。目の前の人の「新しいバーを見つけた」という話とつながっていなくてもいい。だって、目の前の人の話を聞いて思い出したという話なのだから、相手からすれば事実として伝わる。それにもっと極端にいえば、話したあとに、「それでなぜだかわからないけれど、この話を思い出しちゃったんです」と言えばいい。
「場と相手の尊重」だけに終わらない
2020年、コロナが世界を襲ったとき、ZoomやTeamsといったビデオ通話アプリがあっという間に広がった。そのときに、「自分の頭髪が薄くなった、と気づく男性が急増した」といわれた。
ビデオ会議では自分を含む参加者が並列で並んで画面に映る。そのときに誰もが、自分自身を見ていたのだ。いまでもそうだろう。他人の顔を見るのではなく、自分を見ている。だから、自分の肌の荒れや、薄毛に注目してしまう。
ということは、他人は意外とあなたを見ていない。他人も自分自身を見ている。つまり、よくもわるくも人間は自意識過剰なのだ。だから、話し手はつねに「自分の言いたいこと」ばかりを言わないように気をつけなければならない。
本書にも、同様の思想を感じる。つまり、「自分なんて気にしないでいいから、場と相手のことを考えて会話したら上手くいくよ」というものだ。
齋藤さんが本書で明かしている「受け側のテクニック」や「相手の会話を尊重しつつ、うまくつなげるテクニック」は結局のところ、場と相手の尊重ゆえといえるのではないだろうか。
ただ、齋藤さんはそれだけで終わらない。
これは名著中の名著である『論語』にも通じる話だと思った。
ざっくり現代訳すると「酷い相手に、人徳をもって接するのはどうか、と誰か聞いた。すると先生は、ふざけるな、ならば素晴らしい対応をしてくれた人には、どう返すんだ、と言った。酷いやつには酷く、人徳には人徳をもって返せ、と言った」。
もちろん、「未熟な人間」にはあからさまに酷い態度を取る必要はない。心のなかで侮辱し、表面上はさっと過ぎ去るほうが良い。しかし私たちの時間もエネルギーも有限なのであり、相手を選択するべきだ。その意味で、この『「考えすぎて言葉が出ない」がなくなる』は忖度を語っている本ではない。人生を改善していく本でもあるのである。
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by shutterstock
坂口孝則/調達コンサルタント
大学卒業後、メーカーの調達部門に配属される。調達・購買、原価企画を担当。バイヤーとして担当したのは200社以上。コスト削減、原価、仕入れ等の専門家としてテレビ、ラジオ等でも活躍。企業での講演も行う。