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「傷ついた記憶」を思い返して何度も再体験しないで

京都にある、小さなクリニック。ここで診察にあたる91歳の心療内科医、藤井英子さんの言葉が話題になっています。

過去のいやな記憶、悲しみを抱えている人に対して、藤井さんが声をかけているのは「気持ちの切り替え」、そして「時間は薬」。著書『ほどよく忘れて生きていく』より一部抜粋、再構成してお届けします。

『ほどよく忘れて生きていく』(サンマーク出版) 藤井英子
『ほどよく忘れて生きていく』


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「鬱々した気分」を忘れる

<いやな記憶を思い返して何度も再体験しないことです。悩みの桶から目線を上げるための、自分なりの方法を見つけたいものです。>

 傷ついた記憶や、自分の居場所を奪われた記憶を何度も思い出すたびに、その悲しみや痛みを再体験してしまい、不安やうつ症状、自己否定が強くなることがあります。

 もちろん、大事故などに遭遇した場合や死に直面した際に起きる心的外傷後ストレス障害(PTSD)のような場合は病院やカウンセリングなどで適切な治療を受ける必要がありますが、人の心というのは人生のあちらこちらで傷ついてしまうものです。

 人から言われた言葉が何度も思い出されてつらいときや、人から受けた仕打ちが忘れられないときは、その思いを誰かに話すこと。カウンセラーなどの専門家でもいいですし、友人でもいいでしょう。

 人に話すことによって少し心が軽くなるのと同時に、「今もそれが引き続き起き続けているのかどうか」を確認することもできます。

 気持ちを切り替えるために自分なりの方法を身につけることも大切で、私はといえば、末娘への電話です。その話を聞いてもらうときもあれば、他愛のない世間話のときもありますが、話すうちに気分は不思議と晴れ、決まって娘が「そういえばお母さん、次、いついつ(京都弁で何月何日、という意味です)美容院行こ?」と聞いてくれます。

私は月1回程度、娘とふたりで美容院に通っているのですが、「そうか、いつにしよ?」と、視点が明日以降の未来に、さっと切り替わるのがわかります。それだけで元気になって、また翌日から、普段どおり頑張れます。

 悩みの桶から、目線を上げる方法は意外なところにもあります。

ときどき「時間」を忘れる

<時間は薬です。でも、悲しみが癒えるには途方もない時間がかかるのも事実。「無心」が少し時間を忘れさせてくれます。>

 家族を亡くした悲しみから抜け出せずに苦しみ続ける人は多くいます。

 3年ほど介護した夫が亡くなり、悲哀反応が強く出て何もする気が起きないという方がいらっしゃいました。そのつらさが2カ月ほど続いていると言われたのですが、家族を亡くした悲しみというのは、早々になくなるものではありません。

 ただ、どっぷり悲しみに浸って家から出ず、動かずだと、からだの元気が失われ、筋力も衰えてしまい、心がさらに元気を失ってしまいます。

 私はその方に、「何か自分ですぐにできる趣味、手を動かしてできることはありませんか?」とお尋ねしました。

 あまり思い浮かばないと言われていましたが、考えるうちに「昔はお花の教室をやっていたので、またお花を生けてみようかしら」とのこと。

 次にいらしたときには少し元気になられていて、「また、お教室なんかはじめてみようかしら」「教えてほしいと言う人がいて必要とされている気がしました」と言って、前回の診察時には見られなかった笑顔を見せてくださってほっとしました。

 悲しみが人生を襲うとき、仕事を持っていたり、何かしなくてはならないことがあったりすると、それを無心にやりながら、心の回復を待つことができます。

「時間は薬」は本当ですが、その時間とはとても長く遠い道のりであることも事実です。悲しみや寂しさに寄り添ってくれる、時間を忘れさせてくれる「手仕事」はとてもいい相棒になると思います。

<本稿は『ほどよく忘れて生きていく』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

【著者】
藤井英子(ふじい・ひでこ)
漢方心療内科藤井医院院長。医学博士。現在も週6で勤務する91歳の現役医師。1931年京都市生まれ。京都府立医科大学卒業、同大学院4年修了。産婦人科医として勤めはじめる。結婚後、5人目の出産を機に医師を辞め専業主婦に。育児に専念する傍ら、通信課程で女子栄養大学の栄養学、また慶應義塾大学文学部の心理学を学ぶ。計7人の子どもを育てながら、1983年51歳のときに一念発起してふたたび医師の道へ。脳神経学への興味から母校の精神医学教室に入局。その後、医療法人三幸会第二北山病院で精神科医として勤務後、医療法人三幸会うずまさクリニックの院長に。漢方薬に関心を持ち、漢方専門医としても現場に立ってきた。89歳でクリニックを退職後、「漢方心療内科藤井医院」を開院。精神科医と産婦人科医としての視点から、心のケアに必要な漢方薬を処方することを人生の役目とし、日々診察に当たる。「心配には及びませんよ」「大丈夫ですよ」という声かけに「それだけでほっとした」という声も多い。精神保健指定医。日本精神神経学会専門医。日本東洋医学会漢方専門医。

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