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運のいい人は目いっぱいの愛情をもって人を育てる

あなたの近くに、愛(いと)しいと思える、自分より弱い存在の人はいませんか。

我が子や孫はもちろん、会社の部下や後輩、アルバイト先の教え子などでもかまいません。

もしいるとしたら、その存在を目いっぱいの愛情をもって育てること。それがあなたの能力向上、ひいては、「運」の向上につながる可能性があります。

運のいい人には共通した考え方や行動パターンがあります。運をよくするための振る舞いがあり、運はコントロールできるのです。これらを脳科学的見地からつきとめて自分の脳を「運のいい脳」にするためのヒントを紹介したのが、脳科学者の中野信子さんによる『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』。本書から一部抜粋、再構成してお届けします。


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愛情をもって子どもを育てたラットの記憶と学習の能力が高まった

 アメリカ・バージニア州リッチモンド大学の神経科学者、クレイグ・キンズレーとランドルフ・メイコン大学の神経科学者ケリー・ランバートは出産経験のあるラットのほうが未婚ラットより記憶と学習の能力が高まる、という研究成果を発表しています。

 ふたりは、2度の出産、子育て、乳離れの経験のある母親ラットのグループと同じ年齢で交尾をしたことのないメスのラットのグループをつくり、それぞれをエサを隠している迷路に入れて、エサを見つけさせるというテストを行いました。

 このテストの結果、母親のラットのほうが短時間でエサのありかを覚えることができたのです。

 また、マーモセット(キヌザル)でも同じような実験が行われ、ここでも好成績を収めたのは母親のマーモセットでした。

 つまり、愛情をもって子どもを育てた経験のあるラットとマーモセットのほうが、そうでないラットとマーモセットより記憶と学習の能力は高かったのです。

 この実験の結果だけをみると、記憶と学習の能力向上には実の子どもを育てることが重要と感じるかもしれませんが、そんなことはありません。クレイグ・キンズレーとケリー・ランバートは、次のような実験も行っています。

 母親ラット、未婚ラット(交尾の経験のないラット)、里親ラットを、それぞれ、エサの隠してある迷路に入れます。そしていつも同じ箇所にエサを隠し、そこへ戻る道順を記憶させました。

実の母親であるかどうかは関係ない

 里親ラットは、未婚のラットですが、長時間赤ちゃんラットと同じケージに入れ、赤ちゃんに慣れさせたラットです(なかには、なめたり、毛繕いしたりするなど母親らしい行動を見せるラットもいたそうです)。

 この実験でも、戻る道順をもっとも早く記憶したのは母親のラットでしたが、2位は里親のラットで、その成績は僅差(きんさ)だったのです。

 また、父親のマーモセットと独身のオスのマーモセットでも、同じように隠されたシリアルの場所を記憶させる実験が行われました。ちなみにマーモセットのメスは、多くの場合双子を産み、オスも育児に参加します。この実験では、父親のマーモセットのほうがエサの場所を記憶する能力が高いことがわかったのです。

 つまり、実の母親であるかどうかは関係なく、たとえ里親であっても父親であっても、愛情をもって「子ども」を育てれば、記憶と学習の能力は高まることがわかったのです。

 では、このラットやマーモセットの脳には、どのような変化が起きたのか。

 その変化のひとつとして、オキシトシンというホルモンが注目されています。

 オキシトシンは、出産時の陣痛を促進し、出産後は母乳の分泌を促す働きがあります。また、感情や行動を落ち着かせたり、互いの信頼関係を強化し、夫婦や親子の絆きずなをつくりやすくしたりする効果もあるとされ、その特徴から「愛情ホルモン」とも呼ばれています。

 岡山大学の富澤一仁助教授(当時)の研究チームは、次のような実験を行いました。

 妊娠したことのないマウスの脳にオキシトシンを注射し、エサを隠した迷路に入れます。この迷路には8つの順路があり、そのうち4つの順路にエサを隠しました。

 この結果、オキシトシンをより多く注入されたマウスのほうが、エサのある順路を記憶する能力が高いことがわかったのです。

 また、妊娠を経験したマウスの脳にオキシトシンを抑制する注射をし、同じ迷路に入れました。すると、このマウスでは記憶力が低下していることがわかりました。

 つまり、この実験結果から、オキシトシンが記憶と学習の能力を向上させることがわかったのです。

 オキシトシンは、女性のほうが分泌されやすいホルモンですが、男性でも分泌されます。

 オスのマーモセットを単独でケージに入れた場合と、オスのマーモセットを子どもと一緒にケージに入れた場合では、子どもと一緒だったマーモセットのほうがオキシトシンの分泌量が多かった、という実験結果もあります。

 これらの実験結果からわかるように、オキシトシンは愛情をもってだれかを育てれば、たとえそれが自分の子どもでなくても、分泌されるのです。そしてこのオキシトシンが記憶や学習の能力を向上させます。

 人の場合なら、子どもに限らず、部下や後輩などを愛情をもって育てた場合にも分泌される、といえるでしょう。

育てる相手が実の子どもかどうかも関係ない

 このことを証明するかのような事例がユニクロにあります。

 ユニクロは、障がい者の雇用率が高いことでも有名です。障がい者の法定雇用率は2・3%(2023年1月現在)ですが、ユニクロでの障がい者雇用率は2021年では4・6%です。

 ユニクロが積極的に障害者雇用に乗り出したのは2001年3月だそうですが、翌年には6%の雇用率を達成したといいます。

 そしてユニクロは、障がいのある人たちが一緒に働くようになってから「サービスが向上した」といわれるようになったのです。

 代表者の柳井正氏は、ある取材で「障がいのある方の雇用を通じて、各店舗で人に対する思いやりみたいなものや、一緒に仕事をしていこうという姿勢が生まれたのではないかと思う」ということを語っています。おそらく、サービスが向上したといわれる店舗では、店長が率先して、障がいのあるスタッフに対し、愛情をもって育てようとしたのではないでしょうか。

 その姿は、ミラーニューロンの働きによってほかのスタッフにも影響を及ぼしたはずです。そして店舗全体のオキシトシン分泌量が上がったのではないでしょうか。それがサービス向上につながった、ともいえます。

 よく、子どもをもった母親が「子どもを育てることで自分が成長できた」と言うのを聞きます。これは実際にそのとおりで、だれかを育てることは自分を育てることにつながるのです。

 そして、それは実の子どもかどうかは関係なく、他人の子どもであれ、部下や後輩であれ、だれでも目いっぱいの愛情をもって育てれば、自分も共に成長できるのです。

<本稿は『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

【著者】
中野信子(なかの・のぶこ)
東京都生まれ。脳科学者、医学博士。東日本国際大学特任教授、森美術館理事。2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。著書に『エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術』(日経BP)、『脳の闇』(新潮新書)、『サイコパス』(文春新書)、『世界の「頭のいい人」がやっていることを1冊にまとめてみた』(アスコム)、『毒親』(ポプラ新書)、『フェイク』(小学館新書)など。