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ドイツで見た「たった1人でも反対できる人を育てる」教育に日本人の僕が感じたこと

 自分にとっては「おかしい」「違和感がある」と思っていても多数派の意見のほうが強い時、反対の声をあげるのは勇気がいります。

 一方、48例に及ぶ世界のシン常識をまとめた『シン・スタンダード』の著者、谷口たかひささんがドイツの教育機関を訪ねた際、強烈に記憶に残った言葉が「ドイツの教育では、自分たった1人だとしても反対できる人間を育てる」こと。その理由とは?

 本書よりお届けします。

『シン・スタンダード』サンマーク出版
『シン・スタンダード』

ドイツで好まれる人材はたった一人でも反対できる人間

 ドイツに住んでいた頃、教育に関心があり、ヨーロッパ各地の教育機関を訪ねた。

 その時に聞いた言葉で、耳から離れない言葉がある。これは先述もしているが、

「自分たった一人だとしても 反対できる人間を育てる。

 ドイツの教育ではそれを目指している」

 というもの。

 第二次世界大戦の過ちから学び、悲劇が繰り返されないために、社会が暴走しかけたその時には歯止めをかけられる、そんな世界を目指しているのだとか。

 ドイツ人の友人にも、このことについて聞いてみたら、こう返ってきた。

「それが明確にどこかに書かれているわけではないですが、そのように感じています。

 もし反対意見を持つのが、自分たった一人だけだったとしても、それを声に出すことが歓迎されます。

 そして学校でも、政治や倫理に関する話し合いがたくさんなされます。

 戦争の歴史や、ドイツが犯した過ちなども、13歳から、5~6年にわたって話し合いを行います。

 それは歴史の授業だけに限らず、国語や英語といった様々な科目のなかで、です。

 表現の自由や民主主義は、私たちの教育の根本にあるものです」

 心のなかでは「おかしい」と思いながら、勇気が出せずにその意見に従ってしまうと、社会の暴走は加速していくだろう。

 そして、放っておくとそれはやがて止めることのできないスピードに達してしまう。

 もしも今、この国で生きづらいと感じているなら。

 そして、この国の何かを変えたいと思うなら。

 今がつまり、声を上げる時なのだ。

 この本で何度も言っているように、沈黙は容認と同じだから。

 では、声を上げるためにできることって一体、なんだろうか?

「現状」を「こうなれば」に近づけるために、「自分」は何をするのか。

「同調圧力」のせいにすることも、

 人のせいにすることも、

 人任せにすることも、

 容易い。

 だけどそれでは何も変わらない。

「あなた」はどうするのか。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 SNSで声を上げるのも良し。

 身近な人の力になるのも良し。

 それこそ、友人たちを集めて、不平不満を並べるのではなく、「何ができるか」討論することだって良いかもしれない。

 とにかく、動かないと現状は変わらないし、変わるわけがないのだ。

<本稿は『シン・スタンダード』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock


【著者】
谷口たかひさ(たにぐち・たかひさ)

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