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灰原哀への愛を綴った文章が示す「ChatGPTに勝てる人」の文章

 ChatGPTやClaude3などの生成AIが広がり始め、簡単な文章はAIに書いてもらえる時代になってきています。今後さらにその精度も進化するでしょう。
 
 そんな中で、人間が書く文章はどうやってテクノロジーに対抗すればいいのでしょうか?
 
『サカナクション「陽炎」を徹底的に愛した男が綴った「一点集中」文章の強烈な魅力』(5月22日配信)に続いて、「書くこと1本」で月間240万PV達成、冠ラジオ番組まで辿り着いたブロガー「かんそう」さんの初の著書で、培ってきた文章にまつわる「考え方」「書き方」を余すことなく伝授した『書けないんじゃない、考えてないだけ。』よりお届けします。

『書けないんじゃない。考えてないだけ』(サンマーク出版) かんそう
『書けないんじゃない、考えてないだけ。』

誰かに対する愛はテクノロジーを遥かに凌駕する

 イギリスのオックスフォード大学でAI(人工知能)の研究を行うマイケル・A・オズボーン教授が2013年に発表した論文をご存じでしょうか。

 そこには、

当時の調査から後10〜20年程度で、アメリカの総雇用者の約47%の仕事が自動化されるリスクが高いと主張。

(オックスフォード大学の論文「THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?」より)

 と書かれています。論文自体はアメリカを対象としたものですが、世界全体としてAIによる仕事の変化が予測できるでしょう。

 また、日本国内に関しては野村総合研究所が2015年に発表したレポートにおいて、10〜20年後には日本の労働人口の約49%がAI(人工知能)等で代替可能と書かれていました。

 これは仕事だけでなく、文章でも言えることです。

 ChatGPTやBingなどの生成系AIがこれからもっと普及すれば、ほとんどの文章は人間が書く必要がなくなってしまう。いずれは「◯◯(有名小説家)の新作」と入力すれば、それっぽい物語が一瞬で書き上げられる時代が訪れるでしょう。つまり、

 非常にヤバい

 ということなのです。

 そんなテクノロジーに唯一対抗できるのが「愛」です。

 心から対象を深く愛し、書かれた文章は、AIには決して真似できません。こんなふうに。

小学生の時、『名探偵コナン』の「推理ガチ勢」だった。

被害者の死因、死亡推定時刻、現場の状況、容疑者の名前と職業、被害者との関係性を全て把握し、犯人が誰かコナンの目線に立って全力で推理した。おかげでコナンが小五郎を眠らせる前にはだいたい犯人がわかってた。コナンよりも早くドヤ顔をすることが生きがいだった。俺にはネクストコナンズヒントなんて必要なかった。名探偵コナンという作品の「事件」「推理」の部分にだけ、のめり込んでいった。そんな俺に、突然吹いた風。それが「灰原哀」だった。

あれは忘れもしない1999年、小学4年。第129話『黒の組織から来た女 大学教授殺人事件』。

あの頃の俺は完全に「江戸川コナンそのもの」だったので、小学校が退屈で仕方なかった。突然、転校生として現れた彼女は「チッ、ま〜たガキどもとくだらねぇ授業受けなきゃいけねぇのかよバーロ…」とため息をついてた俺(コナン)の席の隣になにも言わず座り一言、

「よろしく…」

一撃で心臓を撃ち抜かれた。それは灰色の弾丸。彼女の氷のように冷たい目と、その奥に隠れた悲しみ。「守りたい」そう思った。

…それからというもの、完全に俺は「江戸川コナン」ではなくなっていた。いや「最初から江戸川コナンではなかったことにようやく気づいた」と言うべきか。そう、俺は江戸川コナンなどではなかった。

ではいったい誰なのか。

僕は「光彦」という一人の恋する男だったのだ。

灰原哀に出会い、自分が光彦だということに気がついてからは満開の桜のような日々だった。彼女の心の氷が回を追うごとに少しずつ溶けていくたび、とても嬉しい気持ちになった。「事件」? 「推理」? そんなものはどこか遠くに消え去っていた。彼女以外、誰がどうなろうがどうでもよかった。灰原さんが活躍する回は神回、それ以外は僕にとってはクソ回だった。

だが、改めて光彦になって光彦の視点で『名探偵コナン』という作品に触れ「灰原哀」という一人の女性を見つめると、頭がおかしくなるほどに痛感してしまう。

「灰原さんには僕じゃない」

灰原さんがあの日僕たちの前に現れてから今にいたるまで、一貫して灰原さんはコナンくんしか見ていない。いや、正しくはコナンくんだけを「対等に見ている」。僕や元太くん、歩美ちゃんを見る目線は、友達や恋人というよりもむしろ「母親」の目線に近い。僕は灰原さんを「守りたい」のに、実際は灰原さんに「守られている」現状が悔しくて仕方なかった。

「大丈夫…?」

と微笑む彼女の優しさに触れるたび、泣きたくなる。

しかし、コナンくんだけは違う。灰原さんがコナンくんを見る目は僕たちに向けられているものとは明らかに別物だった。時には、一緒に事件を解決する「相棒」のような眼差しで、またある時は苦楽を共にする「夫婦」のような眼差しで灰原さんはコナンくんを見つめている。

灰原さんとコナンくんは時々、僕たちを置きざりにして二人だけの世界に入ることがある。僕には想像もつかないが、二人の間には僕たちの知らない大きな「秘密」があり、僕たちでは太刀打ちできないほどの強い「信頼」があるのだろう。それが悔しくて仕方ない。

でも、僕は知っている。灰原さんが僕のことをなんとも思っていないのと同じで、コナンくんもまた、灰原さんのことをなんとも思ってないということを。灰原さんの中にコナンくんしかいないように、コナンくんの中には「毛利蘭」しかいない。

そして、そのことを誰よりもわかっているのが灰原さん自身だということも、僕は知っている。そう、灰原さんはコナンくんを見ていたんじゃない。コナンくんに自分を見てほしかったんだ、と。

だからこそ、コナンくんが灰原さんに対して思わせぶりな態度を取ることが、最初は本当に許せなかった。あのムダにデカいメガネを叩き割って蝶ネクタイで首を締めてやろうかと何度思ったかわからない。

なにが「あれれ〜」だよ、僕たちの前では威張り散らしてるくせに大人の前でだけ子供ぶりやがって。なにが「ごらんのスポンサーのていきょうで! おおくりします!」だよ。ふざけるのもいい加減にしろ。

…でも、数々の事件を一緒に解決していくにつれ、彼の正義感はまぎれもなく「本物」なんだということに気がついた。それだけは認めざるを得なかった。灰原さんが彼に惹かれる理由がわかる気がした。彼には未来を変える力があった。でも僕は…

コナンくんはいつもなにかにつけて、こう言う。

「真実はいつもひとつ」

…僕にとっての…真実…?

灰原哀という「難事件」を解決するネクスト光彦ズヒントはまだわからない。愛を伝える勇気もない。曖昧にはぐらかすだけのdays 泳ぐeyes そんな自分が本当にふがいない倉木麻衣シークレットオブマイハート。

(kansou「「名探偵コナン推理ガチ勢」だった僕を変えた灰原哀」より)

 序盤は「自分はコナンだ」と、勘違いしていた男が「灰原哀」という一人の女性に出会うことで「自分は光彦だった」と気づくまでの物語。序盤は「俺」、中盤からは「僕」と、シームレスに一人称を変化させているのですが、これは『名探偵コナン』においても、コナンは「俺」、光彦は「僕」という一人称を使っていることから、自分という人格が徐々に変化していることを表しています。そして「僕」の中で灰原哀がいかに大きな存在なのか、光彦の心情と自分の心情を完璧にリンクさせることで、文章の世界観にグッと引き込んでいく。

 灰原哀という「難事件」を解決するネクスト光彦ズヒントはまだわからない。愛を伝える勇気もない。曖昧にはぐらかすだけのdays 泳ぐeyes そんな自分が本当にふがいない倉木麻衣シークレットオブマイハート。

 この最後の段落は「ラップ」になっており、「ai(アイ)」で韻を踏みながら彼女への爆発するほどの愛情を表現しています(灰原哀、わからない、勇気もない、泳ぐeyes、ふがいない、倉木麻衣)。

 これがAIに書けない「生きた」人間の文章です。誰かに対する愛はテクノロジーを遥かに凌駕します。あなたの中にある溢れる情熱を文章にしてみてください。

<本稿は『書けないんじゃない。考えてないだけ』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock


【著者】
かんそう
ブロガー。1989年生まれ。北海道釧路市出身。2014年から、はてなブログにて個人ブログ「kansou」を運営し記事数は1000超、月間PVは最高240万アクセス、累計PVは5000万アクセス。読者登録数は全はてなブログ内で6位の多さを誇る。その名の通り音楽、ドラマ、映画、ラジオ、漫画、ゲームなどあらゆるカルチャーの「感想」を常軌を逸した表現力で綴っている。
また自身の感情を爆発させた日記も人気で、「Mステの知らねぇ高校生がダンスするコーナーどういう気持ちで見りゃいいんだよ」「人生初の飛行機ファーストクラスで天国と地獄を見た」「死ぬほどサウナ入ってるのに一回も整ったことないしむしろ乱れてる」などの記事はX(旧Twitter)で数万リポストされ「Mステ」「ファーストクラス」「サウナ」のワードがトレンド入りを果たすほどの反響があった。クイック・ジャパン ウェブ、リアルサウンド テックなどの媒体でライター活動を行うほか、TBSラジオで初の冠番組『かんそうの感想フリースタイル』のパーソナリティも務めた。

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