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失敗を想像できる人こそ「目標達成」に意外と近づける理由

 まもなく12月。今年の最初に立てた目標は達成できましたか?

 新年の抱負は多くの人が掲げるものの、その達成率はわずか8%という衝撃的な事実があります。なぜ私たちは目標達成に失敗してしまうのでしょうか。

 目標達成のカギは「ポジティブ思考」ではなく、「ネガティブ思考」にあるかもしれません。『How to Decide 誰もが学べる決断の技法』より、失敗を想像することで逆説的に成功への道が開けるという、科学的根拠に基づいた画期的な方法論をお伝えします。

『How to Decide 誰もが学べる決断の技法』(サンマーク出版) 書影画像
『How to Decide 誰もが学べる決断の技法』

思考はポジティブ、プランはネガティブ

 あなたは新年の抱負として、平日の夜は早く家に帰ろうと決める。しかし1月の2週目には、友人の誕生日会で水曜の深夜まで外出している自分に気づく。

 新年の抱負をすぐに破ったのはあなただけではない。23%の新年の抱負が1週間以内に破られている。そして92%の人は、自分の決めた目標を達成できない。

 目標を達成するには、実行の問題がともなう。

 健康的な食生活を送ろうと思うのもそのひとつだ。しかし誰かの誕生日ケーキを目の前にしたら、それは別の話になる。

 毎日仕事の前にジムに行こうと思うのも決意のひとつだ。だがスヌーズボタンに毅然と立ち向かってベッドから跳ね起きるのは、まったく別の話である。

 株式市場が落ちこんでもパニックにならないと心に誓うのもそのひとつだ。しかし市場で5%の下落に直面したときにその姿勢を保つのは、また別の話だ。

 目標を達成するためにやるべきだとわかっていることと、実際に決意することには大きなギャップがある。ファイナンシャル・プランナーのカール・リチャードは、これを「行動ギャップ(behavior gap)」と呼んだが、この言葉は2012年に刊行した同名の著書で一般に知られるようになった。

「行動ギャップ」は実行に関するものだが、いい知らせは、ギャップを小さくするのに役に立つ決断のツールがあるということだ。ネガティブ思考は、そのなかでももっとも効果的なツールのひとつである。

引き寄せの法則──ポジティブ思考の力

 ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』(きこ書房)や、ノーマン・ヴィンセント・ピールの『積極的考え方の力』(ダイヤモンド社)をはじめ、「ポジティブ思考」はいまや一大ジャンルとなっている。ピールの著作は広く親しまれ、彼の友人や愛読者のなかにはアイゼンハワー大統領やニクソン大統領もいたという。さらにピールは、ドナルド・トランプの最初の結婚式で司会を務めている。

 こうした作品の前提にあるのは、ポジティブな思考やその考えの可視化は成功のチャンスを高めるということで、その逆に当たるネガティブ思考は、成功のチャンスを下げ、失敗を生むことさえあると考えられている。

(極端ではあるが)ポジティブ思考を究極に表したのは、書籍『ザ・シークレット』(角川書店)だろう。この本のウェブサイトによると、『ザ・シークレット』はニューヨークタイムズのベストセラーリストに190週間にわたってランクインし、発行部数は2000万部にのぼるという。強烈なポジティブ思考の力について書かれた同書は、ポジティブ思考とネガティブ思考、成功と失敗の因果関係を明確に主張するだけでなく、因果関係のメカニズム──磁気──についても説明している。

『ザ・シークレット』によると、あなたの脳波には、ポジティブ思考にはポジティブなもの、ネガティブ思考にはネガティブなものが引き寄せられる磁気の性質があるらしい。ダイヤモンドの指輪を思い浮かべれば、大切な人からそれを贈られ、通勤の渋滞を思い浮かべれば、翌朝は渋滞に巻きこまれる。

(プロのアドバイス:これは詭弁である。思考が磁石のように物事を引きつけることはない)。

『ザ・シークレット』の主張する特定の因果関係が怪しいとしても、思考と結果のあいだに因果関係があるという主張は、この作品内で議論の余地はない。この手の書籍を読む人はだいたい、ポジティブ思考はポジティブな結果を、ネガティブ思考はネガティブな結果を生むと考えるのが合理的だと思っている。

目的地とルートを混同するな

 ポジティブ思考の著作の多くは、あなたにポジティブな目的地を設定させ、すべてのポイントをクリアしながらルートに沿って旅をするよう指示を出す。これがほのめかすのは、途中で失敗すると思ったら、失敗が現実になるということだ。しかしこれだと、目的地とルートに対するそれぞれのプランがごっちゃになってしまう。「自分は失敗する」と思うのと「失敗するとしたら原因は何か」と考えるのには大きな違いがある。

 このふたつを混同してはいけない。

 失敗の理由を具体的に想像しても現実にはならない。むしろ、なかなか目的地にたどり着けないようにしたり、道に迷わせたりする障害物を想像することには多くの価値がある。

 この価値は、昔ながらの紙の地図の使用と、ナビゲーションアプリのWazeなどの使用くらいの違いだと考えてほしい。紙の地図なら、目的地にいたるまでのさまざまなルートを見ることができる。しかしそうしたルートはすべてクリアな道路として表示され、通行止め、渋滞、事故、スピード違反の取り締まり区域は表示されない。あなたの進行を阻む可能性のある障害物は示されないのだ。一方、Wazeならそれを示してくれる。

 紙の地図がほとんど使われなくなったのはこのためだ。

 ナビゲーションに関しては、ネガティブ思考のほうが確実にあなたを目的地へと連れて行ってくれる。

障害物をイメージして意思決定する──メンタルコントラスティング

 ネガティブ思考の力を実証する「メンタルコントラスティング」に関する研究機関がある。メンタルコントラスティングとは、目的地への途上で立ちはだかる可能性のある障害物をイメージする作業である。

 これは意思決定にWazeを使うようなものだ。

 ニューヨーク大学で心理学を教えるガブリエル・エッティンゲン教授は、「物事が目標達成への道のりで失敗する可能性を予想すれば、より確実に目標を達成する助けになる」ことを示す研究を20年以上にわたっておこなってきた。

たとえば、50ポンド(約23キロ)以上の減量を目指すダイエットプログラムの参加者のなかで、失敗する原因を想像した人たちは、ポジティブな結果だけを思い浮かべていた人よりも平均して26ポンド(約12キロ)多く減量に成功している。エッティンゲンは、メンタルコントラスティングが成績の向上、宿題の効率化、職探し、術後の回復、デートのお誘いにいたるまで、さまざまな領域で成果を上げることを発見した。

 昔ながらの地図に代わってWazeを使うときのように、あなたは意思決定が間違ったり、不運に邪魔されたりするかもしれない箇所を知りたいと思う。そうすれば、それらが実際に起こっても驚かないし、すぐに反応できるように準備しておけるからだ。

 これがネガティブ思考の力である。

 メンタルコントラスティングの明白な利点にもかかわらず、ネガティブ思考が、ポジティブ思考の持つような時代精神をとらえていないのは驚くに当たらない。

 成功を想像することは、目標を達成するための自信や能力を肯定することであり、それは成功のすばらしさを体験することによく似ている。

 ポジティブな想像は、実際に成功したときのような高揚感を与えてくれる。一方失敗を想像すると、実際の失敗に近い感情を味わうことになる。私たちが自己啓発のジャンルに惹かれるのは、自分の気持ちを高め、悪い感情を遠ざけてくれるからだ。

 しかしメンタルコントラスティングは、失敗を想像して一時的に嫌な気持ちになっても、それだけの価値があることを教えてくれる。実際には、嫌な気持ちを受け入れたほうが成功する確率が上がるからだ。

 精神的な痛みは、現実世界に利益をもたらすのだ。

メンタルコントラスティング:達成したいことを想像し、そこにいたるまでに立ちはだかる可能性のある障害に立ち向かうこと。

メンタルタイムトラベル──麓よりも頂上のほうがよく見える

 メンタルコントラスティングのプロセスは、メンタルタイムトラベルと組み合わせることで向上する。

 簡単に言えば、メンタルタイムトラベルは過去や未来のある時点の自分を想像する能力だ。人間はつねにタイムトラベルをしていると言っていい。自分の子どものころのことや、10年後、20年後の世界のようすを想像し、あるいは死んだあとのことを考えたりもする(遺産相続について考えるのは、メンタルタイムトラベルの訓練のひとつだ)。

 過去と未来の自分を想像しながらおこなうこの有機的な行為は、「前知恵(Prospective hindsight)」と呼ばれる生産的な意思決定ツールに変えることができる。

「前知恵」はメンタルコントラスティングを高めてくれるが、その理由は、目的地からふり返るほうが、目的地をふり仰ぐよりも最適なルートを計画しやすいためだ。

 登山で山頂を目指すなら、まずは麓(ふもと)からスタートしなければならない。その際、目の前にあるものが視界の大部分を占め、頂上までのルートや、途中で遭遇するはずの障害物をはっきりと確認することはできない。

 しかし山頂にたどり着けば、スタート地点を見下ろし、麓からは見えなかった倒木や通行を妨げる岩など、全体の景色を見渡すことができるようになり、自分がたどってきた道よりも安全なルートや効率的なルートが明らかになる。

 あなたが登山を開始する前に、すでに山頂に到達している人に導いてもらうと助かるのはこのためだ。

 私たちは「現状」というものがこの先も続くと考える傾向がある。そしてこの「現状」もまた、私たちの意思決定に大きな影響を及ぼす。現在の状況がこの先も続くという感覚は「現状維持バイアス」として知られている。

 もちろん、大半のものは時間とともに変わっていく。あなたの感情もそうだし、収入や政治情勢などもそうだ。パラダイムはシフトし、課題は変わり、市況は発展し、テクノロジーは解決策を提供するとともに新たな問題を生み出す。

 現状から未来を見ると、現状維持バイアスがあなたの視野を歪めてしまう。

 しかし未来のある時点から現在をふり返れば、行く手を阻む障害物だけでなく、状況がどう変化するかといった、目の前にあるものの先を見通す能力が向上する。

 幸福度テストは、メンタルタイムトラベルがいかにクリアな視野を与えるかという実例だ。幸福度テストで想像する未来への旅は、間違った映画や料理を選ぶといった、現在においては重要に思えるものも、時間が経てば視界から消えていくことを思い出させてくれる。

前知恵:目標を達成した、あるいは失敗した未来のある時点の自分を想像し、未来の自分がどうやって目的地にたどり着いたのか、その経緯をふり返ること。

現状維持バイアス:現在の状況が将来も変わらないと信じる傾向。

メンタルタイムトラベルのもうひとつの利点──外の視点を得る

 一般的に人は、現在信じていて今後変わるであろうものよりも、かつては信じていたがいまはそうでもないものを思いつくほうが簡単だったことを思い出してほしい。

 これは、メンタルタイムトラベルのさらなる利点を明らかにしている。メンタルタイムトラベルをおこなうことで、外の視点から、つまり客観的視点で自分を見られるようになるのだ。

 私たちは誰しも自分のアイデンティティを守りたいと思っている。自分の信念を傷つけたくないと思っている。だからこそ自分を客観的に見るのがむずかしくなってしまうのだが、自分のそれを守るように、他人のアイデンティティや信念を守ろうとは思わない。

 過去の自分をふり返るのは、ちょっとした他人を眺めるようなもので、たとえば最悪なデート相手について文句を言う友人の話を聞いているときのような感じに似ている。あなたは、少し離れたところから客観的にその状況を眺めているのだ。いまとは異なる過去の信念を思い浮かべるのが簡単なのはこのためだ。

「前知恵」は、未来の自分がいまの自分をふり返るところを想像させてくれる。いまという引力にとらわれている瞬間に、見晴らしのいい場所から「その人物」が定めた目標や決断について考えることができるのだ。

<本稿は『How to Decide 誰もが学べる決断の技法』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by shutterstock


【著者】
アニー・デューク(Annie Duke)
作家、コーポレートスピーカー、意思決定に関するコンサルタント
米国科学財団(NSF)から奨学金を得てペンシルヴェニア大学で認知心理学を専攻し、修士号取得。認知心理学の知識をもとにプロのポーカープレーヤーとして活躍し、2012年の引退までにポーカーの大会で400万ドル以上の賞金を獲得。共同設立した非営利団体「Alliance for Decision Education」は、意思決定に関する教育を通じて生徒や学生を支援し、彼らの生活を向上させることを使命としている。このほかにも「National Board of After-School All-Stars」のメンバーや、「Franklin Institute」の役員を務め、2020年には「Renew Democracy Initiative」の一員となる。自著『確率思考──不確かな未来から利益を生みだす』(日経BP、2018年)が全米ベストセラーになる。

【訳者】
片桐恵理子(かたぎり・えりこ)

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