バレンタインに別れ話、彼女が渡したかったチョコ
2023年12月に発売となった新作小説『元カレごはん埋葬委員会』(川代紗生著)の第6話『仕事と俺どっちが大事なのチョコレート』の試し読みを本日からスタート。3日間にわたる3回連載でお届けします。
第6話「仕事と俺どっちが大事なのチョコレート」——みんなとおんなじ女のふり
「……もはや聞くのもめんどくさいんだけど、何やってんの、二人とも」
コーヒー豆の買い出しから帰ってきた店長が、カウンター席で静かな戦いをくりひろげる私たちを見て、呆れたようにそう言った。
「ああ、店長、おかえりー。終わったらすぐに仕込みするから、ちょっと待っててね」
私は両手で掴んだ黒田さんの親指をスマホの画面に押しこみながら言う。眼前にあるのは、黒田さんのレビューアプリだ。
「ほら、店長が待ってるのよ、黒田さんお願い! 押して! この親指でタップして!」
「い、や、です! 絶対に星5なんてつけません!」
「なんでよ! 新メニュー、おいしいでしょ? 星5の味でしょ?」
「身内びいきの偽装工作などしたら、僕が大事に育ててきたこの聖域が台無しになります! 第一、僕はスイーツ専門でやってるって言ってるでしょ!」
「この頑固者!」
「頑固者はどっちだ!」
「……今日も元気だねえ」
店長は、あいかわらず冷めた声で言いながら、紙袋をどさっとカウンターに置く。けれど、これは死活問題だ。譲れないのだ。だって、新メニューをようやく出せたんだから! 体の中で、商売人・結城桃子の血がごうごうと煮えたぎっている。
いや、まあ、黒田さん一人が星5をつけてくれたくらいで問題が解決しないことくらい、私も頭ではわかっているのだけれど。
でも、そうせずにはいられないくらい、今の私には焦りがあった。なぜかというと、いよいよ「魔の十月」がやってきたからだ。
私が二十代のほとんどを費やしてきた居酒屋では、毎年十月になるとがくっと売上が落ちた。一般的に、飲食店の売上が落ちやすい時期は二月と八月と言われていて、通称「ニッパチ」なんて言葉もあるくらいなのだけれど、なぜか私が担当する店は、ことごとく十月に売上が落ちる。ほとんどジンクスみたいなものだが、案の定、「雨宿り」も見事に客足が落ちた。そこで、テコ入れせねばと私が出した苦肉の策が、今、黒田さんに食べてもらっている「肉定食」だった。
「まあ、おいしいのは認めますよ」
私の手を無理やり振り払い、スマホをポケットにしまいながら、黒田さんは言う。
「そりゃあ、そうよ。安達さんにあんだけ無理いって、いいお肉わけてもらったんだから。おいしいに決まってる」
肉定食は、その名のとおり「肉を思いっきり食べたいときのための定食」がコンセプトだ。基本メニューは、ごはん、お味噌汁、おしんこ、卵焼き、納豆と、それにくわえて、日替わりの肉メニューがつく。大体は、安く仕入れられてお腹いっぱい食べられる香草チキングリルだ。最近の「雨宿り」には、昼休憩でふらりと立ち寄ってくれるスーツ姿の人も多い。だからそんな仕事人たちががっつり食べられるように、と思ったのだけれど。
私は、がらんとした店内をぐるりと見渡して、ため息をついた。
「おいしいと、思うんだけどなあ……。何がいけないんだろう」
うーん、と考えはじめたところで、ぎい、ぎぎい、と、ドアが軋む音がした。秋の空気が店内へとなだれこみ、足元が一気に冷たくなる。
私はあわてて椅子から立ち上がり、エプロンを整えてドアのほうを振り向く。
「あ、いらっ……いらっしゃいませー」びっくりして、ちょっと言葉につまってしまった。
背の高い、とっても背の高い女性がそこにいた。
身長一五八センチの私がかなり見上げないと目を合わせられないくらいだから、一七〇センチは軽く超えているだろう。シンプルな薄いグレーのジャケットに、白のテーパードパンツ。セミロングくらいの髪をうしろで一本に結んでいて、わりと無難なオフィスカジュアルといった雰囲気なのに、それでもどこか、はっと目を引くところがある。
彼女はしばらく大きな目で、きょろきょろと店内を見渡していたけれど、
「あ、外の看板に書いてあった……肉定食ひとつ、お願いします」
と、小さな声で言って、窓際のソファ席に座った。
「あっ、はい……すぐにお持ちしますね!」
やったあ、肉定食、オーダー入った! それも、はじめて来たお客さんが頼んでくれるなんて。
いそいで、香草チキングリルを準備する。仕事の途中で立ち寄ってくれたのだろう彼女が、これで元気になってくれたらいいなと願いながら、私はお味噌汁をよそった。
*
「すいません、まだ、肉定食きてないんですけど」
肉定食を出して四十分ほどが過ぎ、レジチェックでお金を数え直しているときだった。さっきのお客さんが私の顔を見て、いたって真面目な顔で手を挙げている。
え!? 出したよね?
うん、出した。まちがいなく出した。「熱いのでお気をつけくださいね」と言った自分の声も、鉄板の上でじゅわじゅわと跳ねるグリルソースの音もよく覚えている。
「あの、さっき……この香草チキンを、お出ししたと思うんですけど……」
と言いながら、私はポケットに入れていたメニューの写真を見せた。
彼女はその細長く骨ばった指でメニューを受け取り、しばらく食い入るようにその写真を見ていたが、やがて、私の顔をまじまじと見て、心底驚いたように言った。
「あれが、肉定食なんですか?」
「は?」
どういうこと?
私はぎこちない笑顔をはりつけたまま、その場に立ち尽くしていた。振り返ると、店長が心配そうにのぞきこんでいる。助けて店長、私、何がいけなかったのかわかんない!
彼女は固まったまま、その頬に手のひらを当てて考え込んでいたけれど、やがて、「あ、そういうことか……」と、小さくひとりごとを言った。
え、何がそういうことなの?
彼女は気まずさをかきけすように、サービスの水を一気にごくごくと飲み干したかと思うと、今度は、勢いよく立ち上がった。
「すいません、変なこと言って。ごちそうさまでした」
そう言ったかと思うと、お財布からお札を取り出し、レジのコイントレイに置き、そのまま颯爽と店を飛び出していった。
「あっ、ありがとうございましたー! って、これ!」
よくよく見ると、それは一万円札だった。
一万円!? 九百八十円の定食なのに、一万円?
「ちょっとお客さん、お釣り忘れてますよ!」
あわてて私も外に出たけれど、もう、背の高い女性の姿はどこにも見えない。
店に戻り、店長と顔を見合わせ、手元に残った一万円札をながめる。
「なんだったんだ?」
*
「ひとまず、カルビと、タン塩。あと、ホルモンお願いします」
埋葬委員会前の腹ごしらえに、今夜私たちは、商店街でも有名な焼肉屋に来ていた。冷蔵庫の残りものでさくっとまかないを作るのでもよかったのだが、あえて焼肉に行こうと思ったのは、どこか、今日のお客さんのことがひっかかっていたからかもしれない。
いや、ただの変わった人で終わらせてしまってもいいんだけど、「あれが、肉定食なんですか?」と言ったときの表情が、こう……。絶望がじわじわと顔全体に広がっていく様子を見せつけられたような気がして、一料理人として、ちょっと、いや、かなりショックだった。
そんなわけで、「おいしい肉」とは何か、あらためて研究してみようと思ったのだ。
それほど広くない店内は、ほとんど満席だった。網で焼かれたお肉から、もうもうと煙がたちのぼる。あっ、あつい。セーターの袖をまくりながら、ウーロン茶を飲む。
「そういえばさ、ももちゃん。このあいだの埋葬いいんか……」
「なに、どうしたの店長……店長?」
私の正面に座る店長が、ハイボールのジョッキを片手に持ったまま、固まっている。右向かいの一点を凝視して、まるで、メドゥーサに石にされてしまったように。
つられて、私と黒田さんも、隣へ目をやった。
見事な、拍手したくなるくらい見事な食べっぷりの女性が、そこにいた。
ブロックのように分厚いハラミを一口で頬張り、さらにごはんをかきこみ、わかめスープでそれを喉の奥に流し込む。と同時に、右手でタンを四枚均等に並べ、すぐさま裏返し、ネギ塩をのせてさらに焼く。肉が焼けるわずかなあいだに、取り皿にあったタレにからめたロースでごはんを巻いて食べる。長めの前髪が顔にかかるのを気にも留めず、サンチュに肉をのせ、手で豪快に口へ放り込む。汚れた左手を拭きもせず、またごはんをバキュームのように吸い込んでいった。
おそらく一分にも満たないくらいの短い時間だったと思うけれど、彼女のまわりだけ時が止まったようだった。いや、逆か。彼女だけが動いていてこちらが止まっているのだ。
うっとうしくなったのか、彼女は顔にかかった長い前髪をかきあげ、うしろで一本にしばった。切れ長の大きな目と、白くて長い首があらわになる。
「あ」
彼女と、目が合った。
「あー! さっきの!」
もう、どうして気づかなかったんだろう。
「肉定食お姉さん! お釣り返さないと。あー、持ってくればよかったな」
九千二十円。絶対にいつか返さないとと思っていたから、よかった、会えて。
けれど当の彼女は、遠慮がちに首を振る。
「いや、あれは、お詫び代というか……。私、たまにやらかしちゃうんです」
「やらかすって?」
「あ、いつもは普通に生活してるんですよ。一応、こう見えて出版社で課長やってるし、部下も十人くらいいるし」
「じゃあ、なんのお詫びなんですか?」
そう聞くと、ビールを一口飲んでから、決心したように、お姉さんが言った。
「いや……個人的には、『肉定食』って名前であれはひどいと思ったんですけど……言うべきじゃなかったかなって」
うっ、やっぱり。あのときの絶望に満ちた表情は、私の勘違いじゃなかったんだ。
「あの……。おいしくなかった、ですか……?」
せっかくお客さんが意見を言ってくれたのだ。このチャンスを無駄にはできない。たいていの人は不満があっても口にせず、心の中にとどめるか、あとでレビューサイトに書いたり、「あそこまずかったよ」なんて誰かに愚痴を言ったりして終わりだ。聞け、桃子!
「いや、味はめちゃくちゃおいしかったですよ。ハーブが効いてて、爽やかで」
どういうこと? 私は思わず、店長の方を見る。店長はもうあまり関心がないのか、さっさと黒田さんと一緒にカルビを焼きはじめていた。わー、おいしそー、と、二人できゃっきゃとはしゃいでいる。もう!
「でも、味付けがどうとかいう問題じゃないんですよ。だってあれ、肉じゃないでしょ?」
お姉さんが、トングをカチカチといわせながらびしっと言う。
「肉じゃないって……いやいや、正真正銘の肉ですよ!」
「いいですか。鶏肉は、肉じゃないです」
「……は?」
「これが、こういうのが、肉、です!」
そう言ってお姉さんは、目の前の皿を手に取り、つやつやに輝く肉をトングでつかんで、まるで何かのトロフィーのように掲げてみせた。
「肉って、赤くなければ肉じゃないじゃないですか。こんなふうに」
お姉さんは、ハラミを見せつけながら言った。たしかにそのハラミはいかにも「肉」だった。新鮮そうに赤々として、白いあぶらの筋が水脈のように、肉の大陸の上を走っている。
いや、でも、待てよ。
「……別に、赤くなくても肉でしょ」
あぶないあぶない。なんか、勢いに負けるとこだった。
「だってさっきも、『鶏肉は肉じゃないです』とか言ってましたけど、自分でとりにくって言っちゃってるじゃないですか!」
「鶏肉は、準肉です」
じゅん、にく。
じゅんにく?
「……はい?」
「準ずる肉と書いて、準肉。残念ながら鶏肉は、肉にはなりきれていません」
彼女は無念そうに首を振った。まるでスポーツ選手のケアレスミスを指摘する解説者みたいなテンションで言っているけれど、えっと、今ってお肉の話をしてるんだよね?
「じゃあ、さっき私がランチで出したチキングリルも、肉じゃないっていうんですか? だから、『肉定食』とは名乗るなと?」
「そうですね、はっきり言って、肉定食というのは間違いかと」
「でっ、でも、おいしかったって言ったじゃないですか? なのに」
「だから、おいしいとか、おいしくないとか、そういう問題じゃないんですよ。『肉を食べる』という行為そのもの、『私は肉を食べている』という実感そのものが、何よりも大事なんです。鶏肉には、肉を食べている実感が不足しています」
断言すると、お姉さんはビールを一気に飲んだ。ぷはあ、と威勢よく息を吐く。
え~? なんか、あまりに自信満々に言うから、私がずれてるみたいな気がしてきた。
「私、出版社で営業をやってるんです」
彼女は脂のついた手をおしぼりでよく拭いてから、名刺入れを取り出した。慣れた手つきで三枚、名刺を取り出し、私たちに手渡す。
〈株式会社青嵐(せいらん)出版 営業部 課長 山田菊乃(やまだきくの)〉
「営業部なので、まあ、ひらたく言えば、自社の本をより多くの読者に手に取ってもらうのが仕事です。今日は、外まわりの途中で、『雨宿り』さんに寄りました。でも肉を食べられなかったから、ここに来てるんですよ。この意味わかります?」
いや、わかるわけない。
「私の座右の銘は、『一日一肉』なんです」
菊乃さんは、私の顔の前に、ずいと人差し指を立てて見せた。
「い、いちにちいちにく?」
「そんな、一日一善みたいな」
黒田さんが、卵スープを飲みながら、ぼそっとつっこんだ。
「一日一善って、一日に一回は、人のためによい行いをしましょう、ってことでしょ? とてもじゃないけど、私にはそれは無理。一日に一回は、自分のためによい肉を食べましょう。私の人生には、こっちのほうが圧倒的に大事」
「は、はあ」
「だから、今日は『雨宿り』さんの肉定食で『一肉』がクリアになるはずだったのに、鶏肉だったんだもん。だから、慌ててこの焼肉屋さんに入ったってわけです。あぶなかったー」
「いや、だから、鶏肉も肉でしょ!」
「鶏肉は準肉です。そこは断固譲れません」
菊乃さんがびしっと言う。何よ、そこに対する異常なこだわりはなんなの!?
「せんせー、豚肉は肉ですか? 準肉ですか?」
店長がふざけて手を挙げる。ああもう、店長、完全にこの状況を楽しんでるな……。
「いい質問です。豚肉は肉です」
「でも、豚肉って火を通すと白くなりますけど、いいんですか?」
「もちろん、その点、やはり牛肉には劣りますが、かまいません」
何がもちろんなんだ……。
あまりにも当たり前みたいに話すし、店長と黒田さんもおもしろそうに聞いているので、やっぱり私がおかしいような気がしてきた。
「ラム肉はどうなんですか?」
「豚肉以上、牛肉以下ですが肉です」
「えー、じゃあハンバーグは?」
「鶏肉以上、豚肉以下ですがギリ肉です」
「からあげは?」
「あー、準肉ですかね」
やっぱり鶏肉は、何をやっても肉のハードルを越えられないのか……。
「なんか俺、ちょっと気持ち、わかるかも」
店長がくすくすと笑いながら言った。
「微妙に共感してる、俺。でもそもそも、どうして『肉を食べること』にそこまでこだわってるの?」
あー、それ聞いちゃいますかと、菊乃さんは眉間に皺を寄せ、メニューに手をのばす。
一息つくようにお肉を追加で注文し、私たちもそれに倣った。
「私、農家出身なんですよ」
菊乃さんはシャツの袖をまくり直し、テーブルの脇の目盛でコンロの火加減を調節した。
「長野で米を作ってて。祖父母、両親と、育ち盛りの弟が三人」
「ってことは……八人? 大家族ですね」
黒田さんが、指折り数えて言った。
「もー、すごいですよ。特別お金がある家でもないし、農家ってこともあって、基本、おかずは野菜なの。だから、たまーにお肉が出ると、もう戦争。わーってまず弟たちが群がるでしょ、で、そのあとは、仕事で疲れたお父さんに食べさせてあげたいし。ってなると、お腹いっぱいお肉が食べられる機会なんて、ほとんどなかったんですよ」
店員さんが来て、網を取り替えてくれた。新しいきれいな網の様子を、菊乃さんは、好奇心旺盛な鳥のような目で点検する。
「だから私、子どもの頃から肉への憧れがすごくて。社会人になったら東京に出て、お腹いっぱいお肉を食べるんだって決めてました。いざ、出版社に入社したらあまりにも忙しくて、そんな野望はすっかり忘れちゃってたんですけど」
「あー、出版社って激務のイメージあるよね。午前三時まで仕事してる、みたいなさ」
店長がそう言うと、菊乃さんは、その長い首をうんうんと縦に動かした。
「まさにまさに、おっしゃるとおり。スケジュールも営業ノルマもきついし、マルチタスクだし。でも仕事は楽しくて、はやく一人前になりたいと思って、起きてる時間のほとんどを仕事に費やしてた。でも……」
ようやくちょうどいい火加減になったと判断したのか、菊乃さんは、分厚い霜降り肉をうやうやしく網の上に寝かせる。
「二十七歳になったばかりの春。仕事でお世話になった取引先のお偉いさんが、超高級なステーキ屋さんに連れてってくれたんです。そのとき、なんて言うんだろ……『おいしい』とか、そういう次元じゃなく、生きてるー! って、思った」
菊乃さんは、目を輝かせて私たちを見た。
「肉を噛みちぎった瞬間にね、私の全身が生きてる感じがした。それで、思ったんですよ。自分にちゃんと『いいもの』を与えてあげなきゃだめだって。仕事をがんばれば、こうして自分にいいものを与えてあげられる。私は自分のために仕事するんだって」
「だから、一日一肉、なんだ」
店長が、菊乃さんの言葉をより深く理解するために、カルビをほおばった。
「そう。どっかでふっきれたんですよ。肉のために働く。働くために、肉を食べる。シンプルだけど、それでいいじゃんって」
「……せっかく食べに来てもらったのに、お肉出せなくてすいません……」
自分でもなんでだよと思うのだが、ぐっと込み上げてきてしまって、気がつけば視界が歪んでいた。まさか、そんな理由で来てくれていたなんて思いもしなかったのだ。
「ももちゃん、泣くの早くない?」
「さっきまであんなに鶏肉は肉だって言ってたくせに……」
黒田さんが、店員さんに新しいおしぼりをもらってくれ、なんとか涙をおさえこむ。
たしかに、さっきとまるで言ってることが違うけど……でも、料理人のくせに私は「食べる」ことが、そこまで「生きる」ことに直結しているとは気づけていなかった。きっと私に足りなかったのは、そこだったんだ。
「いやいや、謝らないでください」
感極まっている私を見て、菊乃さんはあわてたように両手をふった。
「そもそも本当は、元カレごはん埋葬委員会ってやつに参加しようと思って、下見のつもりでランチに伺ったんです」
「埋葬委員会に!?」
聞き慣れた言葉が飛び込んできて、涙が一気にひっこむ。
「へー、ならちょうどよかったね。元カレごはんは何肉? やっぱり高級松阪牛とか?」
脂のついた手をおしぼりで拭きながら、店長がたずねる。
「いや、チョコレートですけど」
「えええ!?」
第2回はこちら<全3回>
【著者】
川代紗生(かわしろ・さき)