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いいか悪いかでこの世の全てを判断するのは難しい

過去は忘れて、未来の心配も保留に。後悔しない、競争しない。我慢しすぎない「今」の歩き方――。京都にある、小さなクリニック。ここで診察にあたる91歳の心療内科医、藤井英子さんの言葉が話題になっています。

人間生きていると誰でも譲れないこと、許せないことの1つや2つ出てくるものです。白黒つけたり、優劣をつけたりしたくなるものですが、藤井さんは「いいか悪いかで、この世の全てを判断するのはそもそも難しい」と言います。著書『ほどよく忘れて生きていく』から、一部抜粋、再構成してお届けします。

『ほどよく忘れて生きていく』(サンマーク出版) 藤井英子
『ほどよく忘れて生きていく』

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人への「負けん気」は忘れる

<自分への負けん気は大切。でも、人への負けず嫌いはほどほどに。経験豊富な人の一歩引いた謙虚さが美しく思えます。>

 負けず嫌いは大いに結構。私も振り返れば負けず嫌いによって道を開いてきたように思います。そして、その矛先を自分だけに向けることができれば、それは誰も傷つけることがない大きな武器になるでしょう。

 「自分は持っていない」「あの人はあれができる」と、他人と自分を比べて劣等感を抱く必要などありません。他人に対する過剰な競争心も、持っていると相手に操られてくたびれてしまいます。人の評価を求め続けるのは、心とからだ両方の毒になります。

 年齢を重ねてからの負けん気は、今の自分にできる最大限に対して抱けるといいですね。それは、今できることの中から挑戦したり、やりたかったことを経験をしたりするための「人生の青春18きっぷ」のようなものです。

 挑戦すれば少しずつできるようになることもあれば、病気や加齢で少しずつできなくなっていくこともある。年齢を重ねるということは、誰もがそうなのですから、誰かより上とか下とかいう考え方自体が不毛です。

 意地を張らず、できないことに執着しない素直さをいつも携えておきたいですし、他者に対しては謙虚でいたいと思います。

 年を重ねるごとに、一歩引いてみる。聞かれる前には話さない。自分が話すよりもまずは聞く。謙虚さは大人の証明です。人生の経験値が生み出す器の大きさとも言える気がします。

「白か黒か」は忘れる

<いいか、悪いか。二極で考えないほうがいいときもあります。白黒つけないグレーも悪くありません。>

 正義感が強くてまじめな人ほど、ものごとを白黒はっきりさせたいのかもしれませんが、世の中のほとんどは曖昧で、見方によって真逆です。正義も、こちらから見ればこちらが正義、あちらから見ればあちらが正義。白黒つけるなんてできません。

 以前、多忙を極める40代の男性がクリニックにいらっしゃいました。「うちの会社はおかしい。ワークライフバランスなんてあったもんじゃない」と、会社の上司や組織を責めておられ、その怒りとイライラは相当なものでした。

 大変な状況にあるのは確かですが、過剰な怒りの原因は、外的なストレスによってからだのめぐりが悪くなっていることにもありました。ひとしきり不満をお聞きして、「愚痴を言い続けるとご自身にとってご損ですよ」とお伝えしました。少しでもお気持ちが和らぐよう、焦燥感に合わせた漢方薬を処方しました。しばらくしていらしたときには、少し落ち着かれて、以前よりもものごとを俯瞰(ふかん)して見る力を取り戻されていました。

 いいか悪いかで、この世の中のすべてを判断するのは、そもそも難しいのです。

 互いの立場もそう。優劣をつけようとしたところで、基準が変われば上下はすぐに逆転します。自分の正しさを振りかざすと、相手を傷つけることもあれば、自分の正しさが通らないことに憤り、ストレスをためてしまうことにもなります。

 世の中には多様な人たちがいて、その多様性が認められる時代です。それぞれの正しさや価値観で生きていることを受け入れることで、心がラクになる気がします。

「競争」は忘れる

<目の前の「少しでもお役に立てること」をやりたいと思っています。競争するよりも、自分の納得感を大切にするようにしています。>

 コロナ禍もあって、心身ともに疲れている人が多いことに胸を痛めています。

 最近は、私のクリニックも2週間以上先まで予約でいっぱいなのですが、至急診察したほうがいいと思われるようなご連絡をいただくときは、なんとか予約を受けることができないかと考えます。

 コロナ禍になってから、近隣の心療内科や精神科はもっと予約でいっぱいで数カ月待ちということも珍しくない状況ですから、受付をしている息子から「追加で予約を入れても大丈夫ですか?」と聞かれたら、「どうぞ」とあまり躊躇(ちゅうちょ)なく答えます。

 私は、自分が今日生きていて、社会のお役に立てることがあるのなら、それは、人生のお役目として喜んでやらせていただきたい。結果、休み時間がほとんどなくなってしまったり、帰宅が遅くなったりしても、それはあまり気になりません。

 人は、社会に所属し、人の役に立てていると感じられるとき、幸福感や充実感を持てるようになっています。必ずしも大きなことをする必要はありません。ただ、自分がそこにいることで、役に立っていると感じられるかどうかがとても大切です。

 年齢を重ねて今日も命があるのなら、誰かと競争するのでも、評価を求めるのでもなく、ただ誰かのためになり、自分も幸福になれる生き方を選んでいく。競争ではない、本当の充足は、とても心地よいものですね。

<本稿は『ほどよく忘れて生きていく』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

【著者】
藤井英子(ふじい・ひでこ)
漢方心療内科藤井医院院長。医学博士。現在も週6で勤務する91歳の現役医師。1931年京都市生まれ。京都府立医科大学卒業、同大学院4年修了。産婦人科医として勤めはじめる。結婚後、5人目の出産を機に医師を辞め専業主婦に。育児に専念する傍ら、通信課程で女子栄養大学の栄養学、また慶應義塾大学文学部の心理学を学ぶ。計7人の子どもを育てながら、1983年51歳のときに一念発起してふたたび医師の道へ。脳神経学への興味から母校の精神医学教室に入局。その後、医療法人三幸会第二北山病院で精神科医として勤務後、医療法人三幸会うずまさクリニックの院長に。漢方薬に関心を持ち、漢方専門医としても現場に立ってきた。89歳でクリニックを退職後、「漢方心療内科藤井医院」を開院。精神科医と産婦人科医としての視点から、心のケアに必要な漢方薬を処方することを人生の役目とし、日々診察に当たる。「心配には及びませんよ」「大丈夫ですよ」という声かけに「それだけでほっとした」という声も多い。精神保健指定医。日本精神神経学会専門医。日本東洋医学会漢方専門医。

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