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「憮然」がもともと「怒る」とは違う意味で使われていたって知っていますか?

「憮然とする」というキーワードを見て「怒っている話?」というのは一般的な受け止め方でしょう。

 実はもともとは違う意味だったことをご存じですか?

「やるせないが「遣る瀬無い」と書くのを知ってますか」(5月25日配信)に続いて、『教えて! 宮本さん 日本人が無意識に使う日本語が不思議すぎる!』よりお届けします。

『教えて! 宮本さん 日本人が無意識に使う日本語が不思議すぎる!』(サンマーク出版)より

漢字そのものの意味から推測できる日本語

アン・クレシーニ(以下、アン):宮本さん、アンちゃんは最近「呆然(ぼうぜん)」「愕然(がくぜん)」「憮然(ぶぜん)」って言葉を知った。どれもゾクゾクする漢字だね。でも、どうやって使い分ければいいのかと思って英語を調べたら全部「They are stunned」でびっくりしたよ!

宮本隆治(以下、宮本):日本語の細かい使い分けは外国人の方には難しいかもしれませんね。日本人でもその意味を正しく理解し使うことができる人は少ないと思います。

アン:日本語は複雑で、単語の細かいニュアンスを知りたくて和英辞典を開いても、英語だと同じ表現になる言葉がいっぱいで困る!

宮本:その場合は、まず、漢字が持つ意味を理解してみましょう。漢字は、意味を形に置き換え表現した表意文字ですからね。「呆然」「憮然」「愕然」にはそれぞれ、「然」という漢字が使われています。アンちゃん、「然」がつく言葉を思いつきますか?

アン:「自然」「依然」「雑然」「当然」あ、あと「一目瞭然」とか!

宮本:「一目瞭然」が出てくるなんてすばらしいですね。では、それらの意味を考えてみましょう。

「自然」は、山や川など、人為的ではないもの、ありのまま の状態。

「依然」は、前と変わらない様子。

「雑然」は、いろいろなものが混じり合ってまとまっていない状態。

「当然」は、誰から見てもその状態が当たり前であること。

「瞭然」は、明白で、はっきりしていて疑いようがない様子。

こうして単語の意味合いを見ていくと、「然」というのが、状態や様子を表しているのがわかると思います。その前につけられた漢字の意味を探ると、それぞれの単語の微妙な違いが見えてきます。

アン:漢字から意味をとらえていくとわかりやすいのか。

宮本:その通りです。では、まずは呆然から見ていきましょう。

「呆然」の呆(ほう)という漢字には、感覚が鈍ってぼんやりとする、意外に思って驚くという意味があります。

そこから考えると「呆然」とは、意外に思って驚き、感覚が鈍ってぼんやりした状態というのがわかります。また、ショック状態が長く続いている様子だと理解できるはずです。

●彼は事態が飲み込めず、呆然としていた

というように使います。

「愕然」の愕(がく)という漢字には、思いがけないできごとに衝撃を受けて非常に驚くという意味があります。体の状態よりも心の状態を指しています。

そこから考えると、「愕然」とは、思いがけないできごとに衝撃を受けて非常に驚いた状態だと理解できます。その意味から考えて、呆然よりも驚きの度合いが強くなることもわかりますね。

●騙(だま)されたことを知って、愕然とした

というように使います。

「憮然」の憮(ぶ)という漢字には、失望や落胆、がっかりするという意味があります。

そこから考えると「憮然」とは、失望してがっかりした状態だと理解できます。

●憮然としてため息をついた

というように使います。

ただ、「憮然」は、1990年ごろから「ムッとして腹を立てている様子」を指す言葉として、誤用されるようになったといわれています。2007年に文化庁が実施した「国語に対する世論調査」の中では、「憮然」を「失望してぼんやりとしている様子」として使う人は17・1%で、「腹を立てている様子」として使う人が70・8%という結果に。現在では「腹を立てている様子」という意味も正しいとされています。

アン:「憮然」は本来の漢字が持つ意味から、誤用を通って市民権を得たんだね。ん表意文字かぁ! ワクワクして今晩眠れないよ! 日本語、奥が深すぎる!

まだまだある、驚きを示すたくさんの言葉

アン:日本語には2字熟語以外にも、たくさんの驚きを示す表現があって、アンちゃんはそれにしょっちゅう驚いている。

宮本:日本語の美しさというのは、表現の微細さに比例していると思います。アンちゃんは、驚きを示す言葉で何が思い浮かびますか。

アン:「絶句する」も、呆然とするに近いのかな。あとは、「言葉を失う」とか「言葉が見つからない」など、驚くと日本人は何も言えなくなるんだって思う(笑)。英語のsurpriseだけではとても表現できないね。きっと、英語圏の人がこの奥深さを知ったら愕然とするよ。

宮本:言われてみるとそうですね。これらの慣用句を、先ほどの「呆然」「愕然」「憮然」に照らして考えると、当てはまるのは、

呆気(あっけ)にとられる、呆(あき)れてものが言えない、は「呆然」。

衝撃を受ける、絶句する、仰天する、は「愕然」。

というようなところでしょうか。

アン:アンちゃんはいつも、日本語の奥深さに度肝を抜かれているよ!

<本稿は『教えて! 宮本さん 日本人が無意識に使う日本語が不思議すぎる!』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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【著者】
アン・クレシーニ
北九州市立大学准教授

宮本隆治(みやもと・りゅうじ)
元NHKアナウンサー

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