認知症と間違われやすい「せん妄」を知っていますか
自宅にいるのに「家に帰らないといけない」とそわそわする――。
「認知症かもしれない」と思われる症状の中には、実は異なる原因が隠れていることがあります。せん妄もその一つ。認知症の症状と混同されやすい意識の変化で、実は改善可能な状態かもしれません。
全国の医師たちが診断法を学びに来る認知症専門医が、最新の知見と現場での経験から、「認知症の診断」「治療」「周囲のかかわり方」「社会の取り組み」などを徹底解説した『早合点認知症』より、お届けします。
意識が「ゆらぎ」、認知機能に影響が出た状態
「せん妄」とは、一般的にはあまり知られていない言葉かもしれませんが、医療界では「患者さんの年齢にかかわらず、手術後などに起きやすい状態」として知られ、重症者に起きやすいという認識から「ICU症候群」などとも呼ばれています。
ところがせん妄は、もっと広い範囲で誰にでも起こることがあるもので、決して病院で起こるものとは限りません。認知症の人に重なって起こりやすい「改善できる認知機能障害」の代表的なものと言え、普段の生活の場でも起こります。
どのような状態かというと、覚醒はしているものの、自分のまわりのことがわかる能力「見当識」が低下しているような意識レベルで、イライラや不眠、精神的興奮を伴って、幻覚を見たり、妄想を述べたりします。「軽度から中等度の意識障害」の状態です。
こうした状態は認知症の症状と混同されたり、認知症の悪化と考えられたりしやすいので、極めて注意が必要なこととお考えください。
認知機能の土台にある「意識」がゆらいでいるため、認知機能に影響が出て、さまざまな状態を現すのです。特徴としては、症状が比較的急に始まり、短時間の間に変動すること、夕方から夜間にかけて悪化しやすいことがあげられます。
認知症の状態にあると「せん妄」を起こしやすい
せん妄のメカニズムを解説すると、脳の機能が低下している「準備状態」に、いくつもある「誘因」の何かが加わったときに起こると考えられています。
準備状態になる原因は2パターンあり、1つは身体的な病気が重症である場合で、もう1つは認知症(とくに脳血管障害による認知症)などで脳の機能が低下している場合です。
身体的な病気が重症といっても、大病や大けがとは限りません。血圧の変動、心肺機能の低下、発熱、下痢、脱水、貧血、手術直後、多量の飲酒、断酒など、とても身近な体調の変化によって準備状態となることもあります。
たとえば、高齢の人が夏場にエアコンをつけないまま室内で過ごしていて、体調を崩している状態も、準備状態と言えます。熱中症のリスクとともに、せん妄を起こすリスクも高い状態、ということです。
2024年の夏も猛暑が続きましたから、クリニックで訪問診療を担う医師たちは東奔西走してエアコンをつけてまわりました。高齢になると若い頃と比べて脳の機能が低下していて、暑さ、寒さに対して鈍感になっている場合も多いので、熱中症に加え、せん妄を防ぐためです。
つまり、認知症を疑うようなタイミングにある人や、認知症の人の場合はなおのこと「せん妄の準備状態にある可能性が高い」という視点で見守る必要があるということです。そしてせん妄が疑われたら、治療の基本として「誘因の除去」をします。
ところが、認知症に隠れてせん妄は見逃されやすいです。
せん妄の誘因となることというのは、実はそれほど希少な物事ではなく、認知症とせん妄の合併はめずらしいことではないのに、それが知られていません。往々にして、せん妄が認知症の周辺症状である「行動・心理症状(BPSD)」と間違われたり、認知症の悪化と考えられたりしています。
注意! せん妄を起こす最大の誘因は「身近な薬」
せん妄を引き起こす最大の誘因は薬の服用です。(『早合点認知症』では誘因となりやすい薬の一覧を表にしてご紹介しています)。医師が処方しなくても、ドラッグストアで買える薬も含まれるので、症状が見られたらこれらを服用していないか確かめ、服用をしていたらそれを中止し、誘因を除去することが治療となります。
せん妄を認知症の周辺症状である「行動・心理症状(BPSD)」と早合点し、薬を追加して症状を抑えようとするなどもってのほか、ということです。
ただし、処方されて飲んでいた薬に関しては、先にも述べたとおり、必ず主治医に相談し、離脱症状などを起こさないよう、慎重に減薬・中止をしていくことが鉄則です。
また、『早合点認知症』本書内の表でピックアップしたものに限らず、あらゆる薬剤はせん妄の誘因になり得るので、認知症の人に限らず、高齢の人の場合、「やめられる薬はやめる」がすこやかさを守る基本と考えましょう。
薬による健康被害を避けるには、薬の処方は1人の主治医に一本化することを希望する、処方医の一本化が難しければ、せめて調剤薬局を一カ所にする、薬が5種類を超えたら整理できないか主治医に相談するなど、何らかの対処をするのが賢明です。
高齢者では「離別」や「孤立感」、「夕方になること」もせん妄の誘因に
せん妄は、ほかにも環境や、メンタルの状態などを誘因として起こる場合もあります。
どのようなことかというと、
● 入院や転居などによる急激な環境の変化
● 身近な人との離別や死別
● 経済的な問題や不安
● 周囲からの孤立感
● 睡眠を妨害されること
● 身体抑制をされ自由に動けない状態
● せん妄が起こりやすい夕方や夜間になること
なども誘因としてあげられます。誰にでも起こる可能性がある出来事や、それに伴う心の状態の変化などが誘因になるのです。
認知症の人は「時間」「場所」「人」の順にわからなくなる
先に、せん妄は「見当識」が低下しているような意識レベルのときに起こる状態と紹介しました。見当識とは、
● 時間……今の時刻、日付、季節がいつか
● 場所……自分がいまいる場所、住んでいる場所がどこか
● 人………自分の周囲にいる人が誰か
を認識する認知機能です。
認知症の人では一般的に、はじめに「時間」、次いで「場所」、そして「人」の順に障害が出るとされています。
せん妄がどのように現れるか、例をあげて説明しましょう。
たとえば軽度の認知症で、普段、時間の理解がやや低下しているものの、場所や人についての理解は保たれている人がいるとします。
しかし、夜になると度々場所がわからなくなり、自宅にいるのに「家に帰らないといけない」とそわそわするようになったら?
この人はせん妄の症状が出ている可能性が大きいと考え、誘因は何か探るのが◎。普段の見当識障害の状態との違いが、せん妄を教えてくれているのです。
このようなとき、「眠れないのか?」と考えて睡眠導入剤の処方が出るなど、服用する薬を増やしてしまったら、症状はどうなるでしょうか。せん妄は見逃され、追加された薬は誘因になる可能性があるので、さらに症状が悪化するリスクが高まってしまいます。
<本稿は『早合点認知症』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 SUNMARK WEB編集部)
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【著者】
内田直樹(うちだ・なおき)
認知症専門医。医療法人すずらん会たろうクリニック院長、精神科医、医学博士。1978年長崎県南島原市生まれ。2003年琉球大学医学部医学科卒業。2010年より福岡大学医学部精神医学教室講師。福岡大学病院で医局長、外来医長を務めたのち、2015年より現職。福岡市を認知症フレンドリーなまちとする取り組みも行っている。日本老年精神医学会専門医・指導医。日本在宅医療連合学会専門医・指導医。編著に『認知症プライマリケアまるごとガイド』(中央法規)がある。