「努力を苦しめ」米軍特殊部隊“伝説の男”の自伝がこんなにも心を震わせる理由
調達コンサルタントとして活動し、テレビ、ラジオなど数々の番組に出演、企業での講演も行っている坂口孝則さんはさまざまなジャンルにまたがって毎月30冊以上の本を読む読書家。その坂口さんによる『CAN'T HURT ME(キャント・ハート・ミー) 削られない心、前進する精神』(著:デイビッド・ゴギンズ、サンマーク出版)のブックレビューをお届けします。(文中敬称略)
異常なほど興奮できる『CAN'T HURT ME』
「負けの99%は自滅である」
20年間無敗だったという伝説の雀士、桜井章一さんはこう言った。
これほど『CAN'T HURT ME』に通じる言葉はないと思う。諦めればそこで終わり。諦めなければ可能性は残される。本書は異常なほどの努力を重ねてきた著者デイビッド・ゴギンズの半生記だ。
彼のプロフィールがすさまじい。
「退役海軍特殊部隊員(ネイビーシール)。米軍でシール訓練、陸軍レンジャースクール、空軍戦術航空管制官訓練を完了した、たった一人の人物である。これまでに60以上のウルトラマラソン、トライアスロン、ウルトラトライアスロンを完走し、何度もコース記録を塗り替え、トップ5の常連となっている。17時間で4,030回の懸垂を行い、ギネス世界記録を更新した。講演者としても引っ張りだこであり、全米の大企業の社員やプロスポーツチームのメンバー、数十万人の学生に、自らの人生の物語を語っている」
本書には通常はその何十分の一の試練であっても、ほとんどの人が耐えられないようなエピソードが満載だ。それなのに、読後は相当な興奮に包まれる。原書は全米で500万部を突破し、世界24カ国で翻訳されており、Amazon.com史上最高評価となる10万件以上のレビューで平均4.8星を獲得したという。
本書のキャッチフレーズに「熱源になる本」「人生はすべて心との戦いだ。」とある。まさに、それらが示している通り、過酷なほどの状況にくじけずに自ら道を拓いていった「努力バカ一代」(もちろんホメ言葉)の自伝にほかならない。
ちなみにネイビーシールズは、アメリカ海軍の特殊部隊。非常に厳しい訓練をくぐり抜けて、テロ対策、人質救出、偵察、特殊作戦などの任務をこなすエキスパート集団であるが、日本人にとってはこうした特殊部隊とかレンジャースクールとか、何が何だかわからないかもしれない。しかし、それでいいのだ。過酷な状況でも、自らの意思で前進しようとした異常な興奮を感じ取れればそれでいい。
①自らの行動がすべての起点
本書の中でゴギンズがテレビを見てネイビーシールズに憧れるシーンがある。
私事になるが私も似た経験を持っている。私は20代後半で初めて出版社から本を出した。そのとき、出版社のリストを探して、ためしに「あ」(要するに「あ」から始まる出版社名)から順番に出版社をたどって企画書を持ち込んでみた。そんな私を拾ってくれたのは「に」の日刊工業新聞社で、いまだにご縁がある。
日刊工業新聞社の担当者からは「こんなに若いのに、『本を出させてくれ』という人に初めて出会った」と言われた。つまり、本を出したいと思っている多くの人がそんな行動に出ていない。
何かを始めたり、成したりしたいと思った時、関係者やキーマンへとりあえず接触して可能性を探ってみる。それを実行したゴギンズは人生を前進させるすべての起点は自身の行動にあることを示唆している。
②困難な状況は自らが選んだと考える
本書のクライマックスはゴギンズが「ヘルウィーク」(地獄の5日間)というネイビーシールズの訓練を受けるところにある。人間を極限まで追い詰める計130時間の壮絶な試練だ。走り、海にまみれてみたり、睡眠不足のなか重荷を背負ったりして体力と気力の限界に挑む。そして、挑戦者の多くが脱落する。
これはおそらく幸福度を感じる秘訣とも近いかもしれない。自らの境遇が他者から与えられた能動的なものと考えるよりも、自らが能動的に選んだとするほうが、すっきりするし、それは人生の愉悦にもつながるだろう。
仕事などの失敗や、うまくいかない状況をすべて他人の責任=他責にしている人は、自分の責任=自責と考えるといいのかもしれない。
③実績を残すためには極端なことをする
これは非常に印象的なのだが、ゴギンズはすべてにおいて過剰で極端である。これらは同書のなかで繰り返し語られる。
とまあ、私は適切に休んだほうがいいんじゃないか、とは思うものの、頭角を表すにはそれくらいの極端な努力や行動が必要ということであろうと解釈した。
本書の終盤ではゴギンズ自身のことと、兄弟の家族について衝撃的な告白がなされる。そこは本書をぜひお読みいただきたい。おそらく、運命の残酷さを感じるだろう。そして、その残酷さをもってしてもなお、強靭な心をもつことが可能なのか――。ラストはこの根源的な疑問に向かって進む。
『CAN'T HURT ME』の何に感動するのか
私は本書の「感動の本質」とはなんだろうかということを考えた。やや変な表現になるのだが、本書を読んでみて「あ、これくらいの努力は当然だな」と思う人にとっては、もちろん感動はしないだろう。ということは「私はこんな努力をする機会がない」という読者こそ感動すると思うのだ。
ゴギンズはアメリカ社会を風刺しているが、日本社会にも通じるところがある。
現在、「働き方改革」「コンプライアンス(法令遵守)強化」の重要性が高まる中、長時間労働に対する批判が強まっている。また職場での厳しい指導や働かせ方がパワハラと受け取られる可能性もあり、上司・先輩は部下・後輩に対する言動や指導方法、働かせ方などに一層の配慮が求められるようになっている。もはや会社は極限的な状況に社員を置いて成長できるような機会を与えてはくれない。一発でハラスメント、ブラック企業といわれるだけだからだ。
かつてのパワハラまがいで長時間残業が当たり前だった風潮を手放しに礼賛するつもりもない。一方で、現在のような職場環境では『CAN'T HURT ME』でゴギンズが体験したような、絶望的かつ極限の仕事を経験する機会はかなり減っているといっていい。この「経験することがないからこそ、極限までの経験をした人に感動する」という構図があると私は思うのだ。
人々の本音、潜在意識的には「大変な仕事」「極限まで追い詰められる仕事」が個人を成長させると、実はわかっているのではないだろうか。私は、『CAN'T HURT ME』が全米で500万部を超える大ヒットになっている理由がここにあるように思えてならない。建前が行き過ぎた反動ではないか。
この本が、心に火を灯すのは間違いがない。私も仕事で重荷を自らに課そうと思ったほどだ。「努力を楽しめ」、いやいや、本書は「努力を苦しめ」とすら言っている。それは自らを成長させるからだ。昨日の自分よりも、向上した自分に出会えるからだ。
そして、その反動的な重課主義は、もしかすると昨今の労働時間緩和風潮からやってきているかもしれない。本書が投げかけるメッセージはさまざまな意味で重い。必読の1冊だ。
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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坂口孝則/調達コンサルタント
大学卒業後、メーカーの調達部門に配属される。調達・購買、原価企画を担当。バイヤーとして担当したのは200社以上。コスト削減、原価、仕入れ等の専門家としてテレビ、ラジオ等でも活躍。企業での講演も行う。
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