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なぜオタクは「推し」へ惜しげもなく課金するのか

 香取慎吾さんにハマったのをきっかけに若手俳優たちが次々と「推し」になり、それまでまったく縁のなかった「オタク」生活に足を踏み入れたというライターの横川良明さん。

 「オタクになったことで、お金の使い方もずいぶんと変わった」と明かします。確かに明確な「推し」のいる人は、一般的に「推し」に対してたくさんお金を使う傾向があるといえます。

なぜオタクは課金するのでしょうか。横川さんの著書『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』よりお届けします。

『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』(サンマーク出版) 横川良明
『人類にとって「推し」とは何なのか、
イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』

愛のままにわがままに僕は推しだけにお金を使いたい

 以前は週5で飲みに行くのが当たり前みたいなライフでして。それはそれで楽しかったのですが、ぱたっと食と酒にお金を使わなくなった。食は500円の丼丸で満足だし、お酒は近所で98円で売ってる氷結でじゅうぶん。

 それに引き換え、ぐんっと増えたのがチケット代やらグッズ代です。推し活には消費がつきもの。というか、オタクの界隈では消費を美徳としているフシがあります。ある種、お金を使うことをエンタメ化していると言ってもいいでしょう。

 おかねつかうのたのしい。すべて平仮名にすることで深刻さを薄める。ええ、僕もよくやる手口です。

 自分でもいつも合理性がないと思うのですが、推しの Instagram を見ていると「あ~~好き~~~~」という感情がどんどん膨れ上がって、最終的に風船のようにぱんっと弾けた瞬間、中から桃太郎が出てくるように「課金しよ」の4文字が飛び出してきます。なぜ「好き」を煮詰めた先にあるのは「課金しよ」なのか。

 そもそも実際の恋でも「好き」という感情を持て余すと、クッキーを焼いたりマフラーを編んだり、という何かしらの生産行為に帰着します。何か手を動かさないと居ても立ってもいられないわけです。

 つまり、オタクにとっての課金は手作りクッキーとかマフラーと同じ分類。ただ、そこそこいい大人になるとクッキーを焼いたりマフラーを編んだりしている時間もないわけで、お金にものを言わせるのが手っ取り早いという結論に。結果、ついついお金をぶちこんでしまうわけです。

 さらに言うと、インスタって無課金ゾーンだと思うんですよ。無料で使えるし、ただフォローするだけで推しの美しい顔が日々供給されてくる。座ってるだけで推しの新しい写真がわいてくるなんて、かけ流しの温泉かよ。もう雑誌とかブロマイドとか買う必要なんてね~~~。となるはずが、なぜかその逆。供給が増えれば増えるほど、もっと推しにふれたくなる。ザイオンス効果と言いまして、接触頻度が上がるにつれて相手に好意を持つのは心理学的にも有名な話。そんなザイオンスの掌てのひらで転がされるように、有料ゾーン(雑誌、写真集、DVDなど)に手を出してしまうのです。ザイオンスめ~。

 付け加えると、そもそも散財自体が、強い快楽の伴う行為なのです。なぜ人はお金を使うと気持ちがいいのか。それは、ほしいものを手に入れる所有欲と、何かしら推しに貢献できる奉仕欲、そして汗水流して稼いだお金を浪費している背徳感の3つがセットで味わえるから。

 子どもの頃、みなさんも一度ぐらいは、ほしいオモチャやお菓子をどれだけおねだりしても買ってもらえずに駄々をこねた経験があるのではないでしょうか。あのときに感じた悔しさやみじめさは意外と心に残っているもので。大人になって、ほしいと思ったものをためらいなくポチッとした瞬間、いつも幼き日の自分を思い出します。

 もう何も我慢しなくていい。だって、このお金は自分で稼いだお金だから。大人になってからの浪費は、無力な子ども時代への報復と救済と言えるのかもしれません。だから、お金を使うのは気持ちがいい。

推しにお金を使うとき、僕はちょっぴり不良になれるのです

 あとは何より、バカなことがしたいという心理も働いている気がします。規範にのっとり、マナーを守って、清く正しく生きる日々。それは社会を構成する一員として当たり前といえば当たり前なんですけど、たまにそういう大人の常識みたいなのを全部吹っ飛ばして、しょうもないことしたい~~という欲望がせり上がってきます。

 ドカンとお金を使うことは、そんな欲望を解消する最高の手段。無駄なものにお金を使って……という周囲の目なんてどうでもよくて、むしろどっちかって言うと自分でも無駄だと思ってるんですけどね~~ぐらいのものにお金を使っちゃう方が、なんだか楽しくなる。そして、その対象が推しであるなら、こんな win‐win、他にはありません。

 ついテンションで買ってしまったピンバッジとか、特に使うあてのないコースターとか、あとあとになって引き出しの奥に眠る推しグッズを見ると、「あ……」と思わなくはありません。老後に2000万円の貯金がいると言われるこのご時世。セカンドライフを迎えたときに、あのときもっと貯めていればと後悔する気も余裕でします。でもそういう訪れてもいない未来への不安にがんじがらめになっているのも、またひとつの呪い。

 自慢ではないですが、学生時代から基本的には優等生でした。屋上でサボったり、校門を飛び越えて学校を抜け出したり、殴り合いの喧嘩をしたり、そういう悪そうなこととは一切無縁だった自分が、ほんのちょこっとだけ不良になれる時間。それが、推しにバカスカお金を使うことなんだなと、最近しみじみ実感しています。

<本稿は『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock

【著者】
横川良明(よこがわ・よしあき)
ライター

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