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自分より優秀な人を採用したほうがいいわけ

 自分の地位を脅かしそうな人を遠ざける人と取り立てる人。得をするのはどっち?

 これを解くカギが「社会的比較バイアス」と「ダニング=クルーガー効果」。スイスのベストセラー作家が「思考の誤り」についてまとめた『Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法』よりお届けします。

『Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法』

あなたは、「ライバル」を応援できますか?

 私の本がベストセラーリストの1位になっていたころ、私はその本を刊行した出版社からこんなことを頼まれた。ある作家の本があと少しでリストのトップテン入りできそうなので「推薦文」を書いてくれないかというのだ。

 出版社は、それでその本の売れゆきに勢いがつけられると考えたようだ。本の裏表紙に載せるための推薦文である。

 そうした推薦文が効力を発揮することにいつも驚かされる。本の裏表紙に載っているのは、その本に好意的なコメントばかりに決まっているではないか。理性的な読者なら、そうしたごますりは無視するか、少なくとも、その本を酷評するコメントとそれらを比較しようとするはずだ(痛烈な批評はどの本にもつきものだが、それが読めるのはその本以外のどこかだ)。それでも、出版社は好意的なコメントを寄せてほしいと言ってゆずらなかった。

 私は躊躇した。なぜ私は自分の損になることをしなければならないのだろう? ベストセラーの1位の座をめぐって争うことになるかもしれない誰かに、どうして手を貸さなくてはならないのだろう?

 本の推薦文を書いたことは何度もあるが、それらはどれも私の本のライバルになるようなジャンルのものではなかった。しかしこのときは、「社会的比較バイアス」が働いた。「社会的比較バイアス」とは、自分より優位に立つかもしれない人を推すのを嫌がる傾向のことである。能力のある人の後押しを拒んだところで、長い目で見れば得になることは何もないのだが。

 本の推薦文はたわいもない「社会的比較バイアス」の一例だが、この心理傾向は、学術界では有害といえる。

 というのも、研究者というのは誰もが、自分の専門分野の有名ジャーナルにできるだけ多くの論文を発表することを目標にしている。名前を知られるようになった研究者は、そのうちジャーナルの編集者から、ほかの研究者たちからの寄稿を評価してほしいという依頼を受けるようになる。

 多くの場合、論文を掲載するかどうかを決めるのはほんの2、3人の研究者たちだ。もし若い研究者が、その分野全体の常識をくつがえし、それまで王座にあった研究者たちの地位を失墜させるような世界を揺るがす論文を送ってきたとしたら、どんなことが起こるだろうか? 有名研究者たちは、その論文をことのほか激しく非難するだろう。「社会的比較バイアス」の影響である。

「Aクラス」の人は「Aプラス」の人を採用している

 心理学者のスティーヴン・ガルシアと共同研究者たちは、「あるノーベル賞受賞者が、自分が勤める大学のポストに将来性のある若い研究者が応募するのを阻害したケース」について記している。

 この行動は一見理解できるように思えるが、長い目で見れば逆効果だ。このノーベル賞受賞者は、若く才能のある人間がほかの研究グループに入り、彼の知性を別の研究のために活かす後押しをしたことになるのだから。

 ガルシアは、長期間継続して世界のトップにある研究グループがほとんど見られないのは、「社会的比較バイアス」が原因だろうと推測している。

「社会的比較バイアス」は、スタートアップ企業が犯しがちなミスのひとつでもある。

 アップルで4年間、チーフ・エバンジェリストを務め、現在はオンラインデザイン作成ツール「キャンバ」のチーフ・エバンジェリストであるガイ・カワサキは、こんなことを言っている。

「Aクラスの人は、Aプラスの人を採用するものだ。つまり、自分よりももっと優秀な人を雇おうとする。だがBクラスの人は、自分の部下としてCクラスの人を採用する。そのCクラスの人は自分の部下にDクラスの人を採用し、そのDクラスの人はまた自分の部下にEクラスの人を採用する。そうすると結局、その会社は数年後にはZクラスの社員ばかりになってしまう」

 だから、人を雇うときには、あなたより優秀な人を採用するようにしよう。そうでなければ、あなたの会社にはそのうち、能力の低い人しかいなくなってしまう。

 そのうえ、そうした人たちには「ダニング=クルーガー効果」も起きる。能力の低い人は、自分の能力の程度を認識できないという「思考の誤り」である。

「自分より優れた人」を支援したほうがいい理由

 25歳のアイザック・ニュートンが、自分が余暇を利用して行った研究を教授のアイザック・バローにすべて見せると(大学は、1666年から1667年にかけて流行したペストが原因で閉鎖されていた)、バローは自らの職を辞して、教え子であるニュートンを後任に指名した。それも即座に、躊躇することなく。

 あなたはほかに、自分より適任者がいたからという理由で、教授が進んで辞職したという話を聞いたことがあるだろうか? 2万人いる社員のなかに自分より経営の素質のある者を見つけたからといって、トップの座を明け渡したCEOの話を聞いたことがあるだろうか? そんなケースはひとつも思い出せない。

 結論。自分より優れた才能を持った人を支援しよう。

 その時点では自分の地位がおびやかされるように感じるかもしれないが、長い目で見ればプラスになる。優秀な人は、どのみちあなたを追い越していく。だからそれまでのあいだは、彼らとよい関係を築き、彼らから学んだほうがいい。

 私も結局は、本の推薦文を書くことに決めた。

<本稿は『Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock


【著者】
ロルフ・ドベリ
作家、実業家

【訳者】
安原実津(やすはら・みつ)

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