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転職8回、松本祐季シェフのゴールは?〜連載第2回〜

みなさん、こんにちは。
食のディレクター
山口繭子と申します。

『エル・グルメ』や『婦人画報』で
エディターとして働き、独立。

今は食にまつわるあれこれを
書いたり、編集したり、
企画したりしています。

この連載では
そんな仕事を通して私が出会った人々、
とりわけ
料理を通じて己を表現する人=シェフ
を毎回、紹介していきます。


満足しない人、「啓蟄」松本シェフ


前回、
「フランス料理のシェフだったのに
和食の料理人に転向しちゃった野田雄紀さん」
を紹介しました。

今回、私がお伝えするのは
8回(私調べ)も職場を変わっているのに
依然として現状に満足しないシェフ、
松本祐季さんです。

いや、ちょっと語弊がありますね……。
松本さんは飽き性かもしれませんが(本人談)
料理との向き合い方はブレていません。

悶々と悩み、世の中を眺めながらも
成功者の二番煎じを絶対にしない。

そんなことを感じたのは
松本さんの店「啓蟄(けいちつ)」で
料理をいただいた時でした。

静岡出身の37歳、松本祐季さん。「シェフは顔なんて売れなくていいです、それより僕の料理を知ってもらえたらそれで幸せ」とおっしゃっていたのですが、まぁ今回はそんなこと言わず。

隅から隅までズッキーニ!(な料理)


「啓蟄」の料理はコース仕立てです。

ディナーだと15品前後の
テイスティングコースで、
ランチであれば
ショートコースも楽しめます。

訪れたのは夏のはじめ。
「ズッキーニ」
という名が与えられた皿には
緑のグラデーションが印象的な
四角い料理がのっていました。

その名の通り「ズッキーニ」。1ミリほどの薄さに桂むきしたズッキーニを四角く形成しフライパンでソテーして。ズッキーニのピューレやアンチョビ、黒オリーブ、焦がしバ ターの泡ソースを添えて。一口ごとに「ほーら、これこそがズッキーニ!」と教えてくれるようなハーモニー。

ズッキーニの料理なら
「なぜズッキーニなのか」
をとことん考えます。

僕は「うまい!」って
誰もが思うような
そんな味を作りたいわけじゃなくて、
なぜ今この時期にこの調理法で
この料理を届けたかったかが
食べ手に伝わるような、
そんな料理に仕上がればいいなと思ってます。

もちろんまずいものを
作りたいとも思ってませんが。

例えば、
ズッキーニの料理では
最後に肉のソースかけたりすると、
もうそれだけで抜群に
うまい一皿になると思います。
でも、そんなんでいいなら
わざわざうちの店じゃなくても
いいわけじゃないですか。

啓蟄ならではの手法、
アプローチ、発想によって、
見慣れたはずのズッキーニが
こんな新たな表情を見せてくれるなんて!

……と思っていただけるようにするのが、
僕が料理人をしている理由なんです。

松本さん談

美しい一皿ながら
これでもかというほどに
旬の食材のパワーを
訴えてくる「ズッキーニ」。

単に味わいを伝える料理ではなく
なぜこの時期にこれを出す意味があるのか、
その解が皿の上にのっています。
それは彩りもしかりで、

ズッキーニは緑色だという人もいれば
この一皿に幾つもの緑を見出す人もいます

と言う松本さん。

ほかの色を添えるのを極力抑え、
ズッキーニが見せてくれる
緑のグラデーションが
食べ手の記憶に残るように
仕立てるのだそう。

カウンターのみのレストラン「啓蟄」。公園の横の古い一軒家は、外から見るととてもレストランには見えないのだけれど、中は意外に一人でも落ち着ける不思議な非日常空間が広がっている。

配役を決めるように皿に役を与える

うまいとおいしいは別、キレイと美しいは別。

そう言い切る松本さんは
「おいしくて美しい料理とは何か」
を模索し続けているといいます。

「うまい」
=誰もが直感で納得するど真ん中の味

であるなら、

「おいしい」
=作り手と食べ手が、
共に思考を重ねた結果にたどり着く味?

「キレイ」
=映えててキラキラしてて
華やかなビジュアル

であるなら、

「美しい」
=例え地味でもそっけなくても、
心の奥に届くパワーを持つ、
そんな姿がそこにある?

……私はそう考えますが、
どうなんでしょうね。
答えは簡単ではなさそうです。

松本さんがメニューを考える作業は
まるで舞台作家のようです。

コースに大きな流れを与えるために

・野菜のみを使う一皿
(ズッキーニはそれですね)
・あえて塩を効かせない一皿
・旨みを極力抑えた一皿
・強めに酸を効かせた一皿
・主役の一皿

などを考え、
役者に役をふるように
食材や味わいを
割り当てていくといいます。

その結果、
「啓蟄」の料理には
「うまい!キレイ!」という

ハリウッド映画のような
派手な満足感ではなく、

「途中、理解が難しいシーンもありつつ
あの展開には痺れたな……。
主役の女優、今まで気にしたことも
なかったのに見直した……。
今度もう一度見返してみよう」

というような
フランス映画っぽいニュアンスが漂います。

そう、
「おいしくて、じわり美しい」んです。

ちょい変わり者の(すみません)
松本さんですが
料理を知れば、
まるで作り手の鏡だなと感じます。

どんな道を歩んだら
こんな思考になるんだい?
と思わずにはいられません。
ですが、

これまでの人生も現状も
まったく安定してません
来年どうなるかもわからない

と、真顔で語る松本さん。

「啓蟄」のシェフに就任しないか
という話があった頃に
この場所をご紹介いただき、

古い一軒家であるとか
庭の木が見える窓があるとか
カウンターのみとか、
あとは厨房設備の限界もあり、
それらをすべて考慮して

今僕が作るべきは
「この空間に合う料理」
だと決めました。

長い間、いろんなタイプの
フランス料理店で働いたので、
いわゆる高級食材を扱うのも得意です。

ただ、ここでやるなら
他にないスタイルでやらないと
意味がないと思って。

食材に敬意を払う意味でも、
見慣れた料理や派手なことは、
ここでは絶対にやらないと決めました。

それは僕の主義ということではなくて、
場所・時代・コンセプト
を鑑みてのことなんです。

松本さん談

料理人としての自分の歩みを
まるでドローンで俯瞰するように
別方向から眺めている、
そんな印象を受けずにはいられません。

高校時代の文化祭で。自作のケーキとクッキーをかごに詰めて手に持つ松本さん。童顔を通り越した可愛らしさです(失礼)。しかもエプロン姿がまたキュート(失礼)。

より良い場所を求めて行動あるのみ


独自の時間軸、
独特の価値観を持つ松本さんは
静岡県沼津市の出身です。

3人兄弟の末っ子で、
特に料理人家系でもありません。

地元の高校時代も特に夢はなく
友人に誘われたのがきっかけで
ケーキやお菓子を焼くのが唯一の趣味。

進学か手に職をつけるかで
後者を選び、
東京の調理専門学校に入学しました。

フランス料理を学び
卒業後は都内の有名レストランに就職。
しかしそこからが
松本さんの放浪人生の始まりでした。

2016年、28歳で渡仏して、
北フランスの星付き料理店
「ラ・グルヌイエール」に入りましたが、

それまでの9年間で
5軒のレストラン・バーに勤めました。

今考えるとすべていい店です。

が、その時々で
何かしら事情があって
大体2年以内で辞めていました。

ポジティブな理由だったし
自分自身ではそれに対しての悔いはなく、

逆にそれぞれの場所で
得難い勉強ができたのでよかった
と思ってますが、

はたから眺めると
“なんだこいつ”って思われるかも。

でも、

一度はフランスで働く
いつかは自分の店を持つ

という譲れない目標があったので
そこに向かって日々を過ごしてきました。

松本さん談

松本さんの話からは
淡々とした印象を受けます。

ですが、
他にないアプローチが詰まった
独創的な料理を体験すると、

いや、やっぱりこの人、熱いんだわ

……と感じてしまうのです。

2016年、松本さんが渡仏した年に勤務店の「ラ・グルヌイエール」はミシュランガイドフランス版の二つ星に輝いた。中央の白シャツ姿の男性がオーナーシェフのアレクサンドル・ゴティエさん。その右奥でよそ見しているのが28歳の松本さん(どこ見てる?)。

ようやく渡仏のための貯金が出来、
ワーキングホリデー制度の
年齢制限ギリギリの29歳で
松本さんは北フランスの1つ星料理店
「ラ・グルヌイエール」に就職しました。

東京で日本を感じられないように
パリではフランスを感じられないのでは?

という考えから
あえて地方都市を志願したのだそう。
ところがこの店が、田舎どころか
キレキレの革新的ガストロノミーでした。

店はベルギーにほど近い海寄り、
モントルイユという街にありました。

「レ・ミゼラブル」の舞台として有名で、
地方都市によくあるのどかな街です。

僕が入った時にここは
ミシュラン一つ星店でしたが、

業界の方々からは
「三つ星よりも有名な一つ星店」
って言われていましたね。

というのも僕が入店した2016年、
この「ラ・グルヌイエール」の
アレクサンドル・ゴティエは、

フランスではミシュランと同様に有名な
レストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」で
「シェフ・オブ・ザ・イヤー」
に選ばれたりして。

父親から譲り受けたという話でしたが、
彼の代になって地元野菜を駆使した
独創的な料理に転向したんです。

厨房では常に料理人たちが
新しいアイデアを持ち寄って、
ああでもないこうでもないと協議して。

技術だけじゃついていくことはできないし、
すごく勉強になった4年間でした。

松本さん談
2019年2月、福井県「高村刃物」の高村さんが、「ラ・グルヌイエール」を訪ねた時の記念撮影。雪が積もったレストランの庭で、厨房スタッフたちと。右端が松本さん。

フランス語も話せない状態での渡仏ながら
とにもかくにも実力主義の厨房生活。

2年目で松本さんは
スーシェフ(副料理長)に抜擢されました。

さぞかしやり甲斐を感じたでしょうね
と言ったら

とんでもない。
勉強するために渡仏したのに
いつの間にか他のスタッフに
料理を教えるなんてことになってて。
3年目にはそろそろ辞めようと
思い始めていました。

……という話でした。
なんということでしょう。
ここでも満足できない松本さん。

しかしあとひとつ、
果たさなくてはならない目標が。
それは、シェフになることでした。

コロナ禍に帰国して


2020年3月に帰国。

コロナが猛威をふるい始めた頃でしたが
まさかその後3年も続くとは
誰も想像していませんでした。

中国地方にある
とあるローカルガストロノミーで
働くことが決まっていた
松本さんですが、
それも一旦は白紙に。

再び流浪の料理人となって
いくつかのレストランで
勤務していました。

渋谷区松濤にできる新店のシェフに
就任しないかという話が出たのは
2023年のことです。

「啓蟄」の前で。松本さんとソムリエの平野彩子さん。ふたりでこの風変わりなレストランを営むのだからさぞかし仲良しかと思いきや、「ぜんぜんそんなことありません(キッパリ)」と共に。けれど、シェフの厳しさを陽気な平野さんの雰囲気が和らげていて、いいバランスですよ!

落ち着かない人生が生む芯のある料理


前述しましたが、
長い料理人生活を経て
松本さんの頭にあったのは
意味のある料理を作りたい、届けたい
という思い。

旬に関連しない食材を用いるスペシャリテや
映え重視のキラキラした料理は
「啓蟄」にはありません。

また、8席だけのカウンター店ながら
一斉スタートというわけでも
ありません。

効率性を考えると厳しいですよね?
と聞いてみたら

でも、それがレストランだから

という答えでした。

僕がこの店で重んじているのは、
ここを単にうまくて
キレイな料理を出す場にしたくない
ということです。

シェフとして、
レストランとはこうあってほしいな
という思いがあります。

それを一つ一つ、
丁寧に体現することが今は大事だと。

おっしゃるように、
8席のカウンターフレンチなら
一晩2回転の一斉スタートにする方が
効率がいいし収益に繋がるかもしれません。

でも、お客様には
ご自身のリズムで好きなように
食事を召し上がっていただきたいんです。

そして内容ですが、
中には僕の料理を
「難解」
と思う方もいるかもしれません。

ですがどの料理にも
「あ、これって……!」
という鍵を散りばめていますし、
一皿を通じてのメッセージは
きっと届くと思っています。

松本さん談

この人にしてこの皿あり。「啓蟄」の場合

「鮎 猪血」と名付けられた一皿。カカオパウダーを混ぜて焼き上げたパイ生地の上に、こんがりと焼いた鮎をのせて。丸ごとの鮎と黒にんにくのパテに鹿の血のサバイヨンソースをひいた料理は、2年越しでようやく完成したもの。

昨今、フランス料理店でも
鮎、鱧、柚、わさびなど
和の食材を使うのは
珍しいことではありません。

けれど、
松本さんは少し手強い。

わざわざ鮎を使うなら
うちの料理が
一番おいしい鮎料理と
言えるくらいじゃないと
やる意味がないと思って

という理由で
昨年は鮎を使いませんでした。

以前、東京のフランス料理店で食べた
鮎のガトー仕立てが素晴らしく、
わざわざ啓蟄で出す意味が
見出せなかったといいます。

しかし、今年は常連客から
ぜひ啓蟄の鮎料理を
見せてほしいと言われ、
春から構想を練っていたそう。

なかなか考えがまとまらない時、
知人から新鮮な鹿の血を勧められ
そこから少しずつ形が生まれました。

ブーダンノワールにすると平凡だけど
鹿の血でソースを作ったら
まるでチョコレートクリームみたい。
友人のシェフが
焼いた秋刀魚と合いそう!
と話すのを聞き
あ、それなら鮎に合わせよう。

ようやく、
構想がまとまりました。

カカオパウダーを混ぜて
焼いたパイ生地は
香ばしく、食感はサクサク。

血の生臭さどころか
鮎の肝と鹿の血が
豊かな風味の
滋味深いクリームとなって
なめらかに絡んでいます。

間違いなく、
鮎の一皿はこの日のコースの
完全な主役でした。

頂上に立つより、そこに行ける力がほしい


食事の後、
松本さんの未来について、
あるいは「啓蟄」について

楽しみですね!
……と能天気に言えませんでした。

ご自身でも
「飽き性なんです」とおっしゃる。

「何かを完成させたい」
という目標ではないんだろうなと
自分でも思います。

ましてや、
完成させたものを継続したい
という思いではなくて。

例えば富士山に登ってて、
9合目あたりを超えて

「あぁ、もうこのまま頂上にいく。
自分には頂上に行ける力があるんだな、そっか」

と思ったら、もう次に登る山を
探してしまうんです。

頂上が見たいわけではなく、
頂上に行ける力が自分にあるかどうか
を知りたいんでしょうね。

松本さん談

松本シェフが目指す着地点は
どこにあるんだろうと思いつつ、
私はこれまで飲食業界の世界で
「成功」と定義されているものについて
改めて考えてしまいました。

商売繁盛か名声か、
未来の食環境の改善を目指すのか。
ずいぶん多彩になってきた感もありますが
松本さんは

作り手として
本質的なものを届けること、
食べ手としての責任
みたいなものの両方を
求めているように思います。

レストランとは、食べる意味を考える場所
松本シェフの料理には
そんな思いが見え隠れします。

店名の「啓蟄」という言葉が示す通り
土の中からいざ外に出ようとする
強い生命を
料理の中に見つけ出す体験を
また近いうちに味わいたいなと思いました。


啓蟄
東京都渋谷区松濤 2-13-12
電話:03-5738-8970
HP:https://www.ec-corp.jp/keichitsu

松本祐季さん
1987年静岡県沼津市出身。高校卒業後に東京の調理専門学校に進む。卒業後は広尾「アラジン」、学芸大学「ラ・プロヴァンス・グルマン・オリヴィエ」、中目黒のバー「OWL」、六本木「コジト」、文京区「フランス料理 ルヴェ ソン ヴェール本郷」を経て2016年渡仏。北フランスの2つ星「ラ・グルヌイエール」に入り、翌年にスーシェフ就任。2020年3月に帰国した後は箱根や白馬のホテル内レストランに勤務し、2023年5月、渋谷区松濤「啓蟄」のシェフに就任。


写真・文/山口繭子
神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)を経て独立。食や旅、ライフスタイルジャンルを中心にディレクションや執筆で活動。仕事ではファインダイニングから角打ち居酒屋まで食を愛し、酒が友達。最近はホテル業界にも進出願望。https://note.com/mayukoyamaguchi


◎連載第1回はこちら


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